事情聴取されました
そうして私は、彼らに事情を話すことになった。
お金で買われて養女に入り、手紙に書いてある通り結婚させられそうになったが、相手の評判が悪すぎて逃げ出したことを。
やーそれしか言えないでしょう。
だって前世の記憶とか、ゲームの記憶がーなんて話せるわけもない。
むしろ不幸になる正夢を見ました! の方が信じてもらえそうだが、それは私の中に増えた前世の記憶が「頭オカシイって言われるのは嫌!」と拒否するので口をつぐんだ。
なので肝心要の「悪役になって死ぬとかカンベンして!」という話はできなかったのだが、養女として買われた身だという話だけで、彼らは私が強制的に結婚させられそうになった理由に納得してくれたようだ。
世の中に情を持たない親子は沢山いるだろうが、薬まで使って逃げ出さないようにするのは、なさぬ仲だと聞けば尚のこと理解しやすかったのだろう。
「しかし一人で家を飛び出して、どうする気だったんだ」
呆れたように言ったのは、私と対面するような位置にある寝台に腰掛けたアランだ。
彼は私より一つ年上の15歳。
どうりで教会学校で見かけたものの、よく知らなかったわけだ。
学校の授業はたいていが男女別、もしくは年齢別になっていて、ごくわずかな神学の時間だけが男女合同の授業だった。
男子の噂話もあまり入ってこないので、誰がいるのやら、よほど興味があって調べるのでなければ知りようがないので仕方ないと思う。
「いえ……路銀も一応あるし、どこか別な領地の片隅で、縫い子でもして暮らして行こうかと……」
「その前に、どこかの路上で人狩りに攫われるでしょう」
ぼそりと言ったのは、あの無表情な青年ウェントワースだ。
アランの護衛の騎士だという。
ウェントワースさんの言葉はまったくもって正論だが、私には他にも逃げねばならない理由があるわけで。しかも養女先にて、ある程度ではあっても短剣と毒の扱いを教えられていた私としては、まだ逃げた方が安全を確保できそうだったのだ。
……内緒にすることが多いって、あれこれと素直に話せないんで結構面倒だな。
誤魔化すために目をそらしていたら、レジーという名の、アランの従者が言った。
「結婚しても、誘拐されて買われたのと変わりない状況になっただろうけどね」
確かに、見知らぬ人に売られるか、噂を聞き知ってる身元の確かなトンデモ親父に売られるかの差でしかない。
「どっちへ転んでも、泥沼に落ちることになるだけには違いないですね」
レジーのおかげで、ウェントワースさんもそれ以上追及してくることなく、口を閉ざした。
よしよし、レジー君ありがとう。
それにしても彼は変な人だ。
従者だっていうのに、主であるアランにもへりくだった様子もないし、何か複雑な出自の末に貴族に仕えることになった人なんだろうか。
不思議には思ったが、彼らとはここまでの縁だ。追及すまい。
むしろ関わっちゃいけないのだと思っている。
なにせアランの名前だけではぱっと思い出せなかったのだが、私は彼の家名を聞いて悲鳴を上げそうになった。
アラン・エヴラール。エヴラール辺境伯の子息だという彼。
レジーのことも見覚えがあるなとは思ったのだが、それはアランも同じだった。
その原因は、教会学校で見たからというわけではなく、ゲームの主人公だったからだ。
……ゲームよりも幼い顔立ちなので、感じが違ったから、気付くのが遅れたんだよ。
開始時の彼は17歳だったはずなので、まだウェントワースさんの顎までしかない身長がもっと伸びて、顔立ちも今よりずっと大人びたものになるのだ。
男子の顔立ちって、中学生から高校生になったら、やたら大人っぽくというかごつい感じになってくるもんね。
それにゲームのアランはもっと影がある表情だったのだ。必死さと言うか、まっすぐ前しか見る気はない、みたいな感じの。
あともう一つ、アランって名前でぴんとこなかった理由がある。
アランという名前がそれほど特別な代物ではないのだ。教会学校で時々話をしたたご令嬢の兄弟の中にも、二人ぐらいアランという名前の人がいた。
おかげで「あー、この人もアランさんなんだ。生まれた当時流行してたのかなー」とか適当に考えてしまっていたわけである。
なんにせよ、王家の血縁者である彼が戦う話なわけで、まだ悪役にはなってないものの、一緒にいるのはなんか居心地が悪い。
だって順当に(?)進んでいたら、私を殺すはずだった相手なんだから。
それにゲームのようなしがらみはないとはいえ、無賃乗車した身だ。やっぱり身の置き所がないような気がして、私は再び別れを促した。
「あの、とりあえず勝手に乗って済みませんでした。身動きできないのも、そのうち治るでしょうし。ご予定があるでしょうから、どうぞ私を置いて出発なさって下さい」
私が眠りこけていたせいで、日は大分高い位置にある。もうすぐお昼じゃないかな。
予定に支障がでるだろうから先に行ってくれと申し出たのだが、なぜか彼らは受け入れてくれなかった。
「でも、眠り薬まで使って学校から連れて行く予定だったんだよね? ちょっと逃げたぐらいで、君の養父は諦めてくれるのかな?」
不穏な言葉を口にするレジーに、アランが渋い表情をする。
「ただでさえ教会学校を出入りする者なんて少ないんだ。女の足で行ける場所を探しても見つからなかったら、あの日出発した僕達にも接触してくるだろう。おまけにあっちは使った薬の効果は良くわかってるはずだ。まだ効果が切れてない以上、道端に倒れていないのなら、宿に泊まっていないかしらみつぶしに探すだろう。お前、ここにいるとすぐ見つかるぞ?」
「う……」
アランの言う通りだ。
眠らせたところを連れて行くつもりなら、昨日のうちにパトリシエール伯爵は迎えを寄越しているだろう。すぐに私が居ないことはわかってしまっただろうし、学校に近い町を探すのなど、それほど時間がかかるものではない。
あげく、急いで私を確保するため、アランの後を追う者と、町を探す者とに手分けして探していたとしたら。もうこの近くまで迫ってきていてもおかしくない。
宿にいたら、すぐに捕まるだろう。とはいえまだ動けない。
進退窮まった。
どうしようかと頭を悩ませる私の耳に、ため息が聞こえた。
「正直、訳あってこちらも不審者を抱えたくはないんだが……」
アランがちらとレジーに視線を向ける。
「私はいいと思うよ。それに君は優しいからね。足が動かずに狩られるのを待つだけの子羊を、見て見ぬ振りなんてし難いだろう?」
誉め言葉なのだが、それを聞いたアランが顔をしかめた。
「お人好しだと言いたいんだろう。だが、それを薦めるお前も、相当なお人好しだと思うぞ」
「そう?」
レジーはけろっとした表情で返した。
「だって、彼女を抱えることになるのはアラン、君のエヴラール辺境伯家だからね」
「ふん」
アランは何か言いたそうにしながらも、レジーの言葉を否定も肯定もせず、私に向き直る。
その頃には、私もさすがに察していた。
どうやらアランが、私になんらかの手をさしのべてくれる気でいるらしい。
遠くの町まで馬車に乗せて行ってくれるんだろうか。
じっとアランを見つめると、彼も私が期待でいっぱいになっているのがわかったのだろう。
「そう喜ぶな。お前にとってはあまり歓迎できない話かもしれないぞ」
「でも、聞いてみないとわからないですし!」
だから早く話して下さいな。そう言うと、レジーが「薬を盛られたりしたはずなのに、なんか前向きな人だなぁ」と感心したようにつぶやいた。
だって落ち込んでなんていられない。逃げるのが先で、泣くのは後だ!
そう心の中で答えながら待っていると、アランがため息交じりに告げた。
「……お前の逃亡に手を貸してやらなくもない。お前が望むのなら、僕の家で雇ってやる。適当な町で放り出しても、身を持ち崩すのが関の山だろう。寝覚めが悪くなるぐらいなら、連れて行った方がマシだからな」
雇う? てことは、主人公側の人間になるってことだ。なら、悪役になる可能性も低いと判断した私は、即答した。
「もちろん良いです! ぜひよろしく!」
「話を最後まで聞け」
勢い込んで返事をすると、アランにストップをかけられた。
「今はこれ以上良い選択肢がないからお前も乗り気だろうが、うちで働く場合、パトリシエール伯爵といざこざを起こさないよう、お前の身分も家名も伏せてもらわなければならない。しかも良い仕事が空いてなければ、平民の仕事をさせるしかなくなるだろう。それが嫌になっても、養子先へ帰ることも領地から出ることも許さない。うちにもいろいろ事情があるから、城で雇う場合は情報を漏らさないようにさせてもらう。決まりを破ったら、即牢屋行きだ」
それでもこの話を受けるか?
念を押されたが、私にとっては願ってもない内容だ。
もしこの前世の記憶が本当だったら、アランの領地から出なければ敵役になる可能性はぐんと下がるだろう。
それに領地から出さないというのなら、もしかすると誘拐されそうになっても、誰か監視していて私を追いかけてきてくれるかもしれないではないか。
何より、だ。
馬車に無断で乗った女を、アラン達は寝台で眠らせてくれたあげく、今まで無体なことなどしなかった。きっとエヴラールの人々は紳士が多いのだろう。
まぁゲームの主人公だもんね。品行方正に決まってる。
しかも家で雇うということは、町でお針子仕事をもらって生活するよりも実入りが多いだろう。こんな好条件で安全な勤め先は他にない。
「問題ありません! ぜひエヴラール家に就職させてください! あ、平民扱いってことは家名は邪魔ですよね、ぽいっとします! ただのキアラと呼んで下さいませ! 名前も変えた方が良いですかね? ご要望があったらそうしますよ!」
満面の笑みでそう言えば、アランは毒気を抜かれたように呆然とした表情で「本気か……」とつぶやき、ウェントワースは無表情ながらも目を丸くした。
そしてレジーは、またしてもお腹を抱えて苦しそうに肩を震わせていたのだった。