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私は敵になりません!  作者: 奏多


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運命は背中を追いかけてくる

 昨日、セシリア嬢から直々に接近禁止令を出された。


 そんなわけで、出陣するまでの間はレジーと離れていようと私は考えていた。幸いなことに、探せばやることが色々あるのだ。昨日の壁をさらに強化してみたりとか。

 なにより先の一戦の後、未だに殺した敵には恨まれてるんでるだろうなとか考えてしまうというのに、さらに人から恨み買うのは御免こうむりたい。精神的ダメージが蓄積されすぎる。


「女の嫉妬は怖いからのぅ。キシシシシ」

 相談したホレス師匠は、そう言って私の考えにうなずいてくれた。


「しかしあれではないのか、キアラよ。お前さんは、女の戦いをする気はないのか? 応援してやってもいいぞ? イッヒヒヒ」

 完全に見せ物として期待してるらしい師匠の言葉に、私は困ってしまう。


「私、セシリアさんと争うつもりはないんだけど……」

「ほぅ? あれだけわしの前でいちゃついておきながらか?」

「いちゃ!? いや、なんていうか。うーん」

 レジーが誰かと結婚すると聞けば、それなりに衝撃は受けた。それは友達から「結婚相手に考えてた人がいるんだ」と言われて驚く以上には。

 だからといって、恋愛感情と思えないんだよね、これ。


 普通、好きになったら四六時中その人のことが気になるんじゃないのかな。

 確かにレジーがふざけて足を掴んだ時も、レジーが異性だから恥ずかしいと思ったわけで。それだけなら、16歳過ぎてたら兄弟相手でもそう思うよね?


 レジーのことは思い出すとほっこりと安心するし、居なくなると思った時には寂しくなる。そして王子妃候補の話を聞いて思ったのは、友達が別の友達に取られてしまうような、そのせいで自分が取り残されるような気持ちだ。


 置いて行かれるのが怖い。だから行かないでほしい、と。

 それってなんだか……ちょっと違うような気がする。上手く説明できないけれど。

 とりあえず私は師匠を連れて外へ出ようとした――のだが。


「レジー。どうして私が鍛錬の見物までしなくちゃいけないの?」

 部屋からでて間もなく、レジーに会ったとたんに居残り組となるヴェイン様との、物資関連の確認に付き合わされた。次に護衛との打ち合わせにも付き合わされ、その後の筋力を落とさないための鍛錬にまで付き合わされた。

 今日のレジーは忙しい合間に私を連れ歩こうとする。どうしたらいいんですかねこれ。


「ホレス師の話を参考にさせてほしくてね」

 と言うが、それなら別に私がくっついていなくてもいいはずだ。

 アランとの打ち合いを終えたレジーに、この後はこの土偶様を連れて行ってほしいと差し出した。


「貸してあげるから、持っていって! ね!?」

「おい、わしは貸し借りする代物では……」

「ホレス師は自由に動けないんだから、キアラが連れて歩いてくれると助かるんだけど」

「師匠は一日ぐらい一人でも大丈夫だから! それにここに括り付けちゃえば、誰かが持たなくてもいいし!」

 受け取ってくれないので、私は師匠をレジーの腰に括り付けようとした。


「キアラ、だめだよ」

「ええいダメじゃない! ほらこうして剣のベルトにくっつければ大丈夫!」

 逃げ腰のレジーを捕まえて師匠の取り付け紐を結ぼうとしていたら、地面の上に一度放置した師匠が言った。


「わしはどっちでもええがのぅ。それより弟子よ、その体勢はとてもマズイのではないのかのぅ、キシシシ」

「え?」

 思わず振り返った私は、今の自分の状況に気がついた。

 レジーの腰のベルトを、ちょっと屈んだ状態で両手で掴む私、そんな私の肩に手を置くレジー。

 これはもしかして、青年と言っていい体格になったレジーに、成人女性間近の女がしがみついているように見える……のでは。


 視線を外に向けると、レジーの護衛騎士であるグロウルさんはやや斜め横を見ているし、他の若い騎士などは顔を背けたり、口元を手で覆って笑いそうになっている人までいた。

 止めに、近くにいたアランがぼそりとつぶやいた。


「……安定の考え無しだな」

「うああああっ、ごめんなさいぃぃぃ!」

 私はレジーから離れてその場にしゃがみこんだ。ちょっと大きい土偶を押し付けるだけで、他の人からどう見えるのかとか、全く考えなかったのだ。


 頭を抱えて苦悩し、どうにかこの恥ずかしい現場から走り去る算段をしていた私は、両腕を掴まれて顔を上げる。

 レジーが傍に膝をついていた。


「私は別に問題ないけどね? そんなに一緒にいることに慣れてくれてたのなら、ますます一緒にいてあげよう」

「はぁっ!?」

 レジーの謎理論に頭の中が混乱した私は、立ち上がったレジーに腕を掴まれ、再びその場から連れ去られる。


 やってきたのはレジーの部屋の控室。

 レジーが着替えている間に、侍女代わりをしていた召使のおばさんと、従軍する侍従の少年とのレジーに関する打ち合わせに巻き込まれた。

 いつもレジーの面倒をみているメイベルさんは、今回は戦があるかもしれないと王都へ置いてきたらしい。

 でもこの子鹿色の髪の侍従君だって王宮でもレジーの下で働いていたので、私が何か助言をする必要はないと思うのだけど。


 打ち合わせが終わる頃、衣服を内向きのものに整えたレジーが、更に私をけん引していく。

 セシリア嬢と会う時間になったらしいが、そこへ私を連れて行こうとしているのだ。


「いやいやいやいや、だってレジーも昨日聞いたでしょ。遠慮したいんだけど」

「聞いたけどあくまでお願いだし、彼女の言葉に私が従う必要はないんだよ」

 笑顔で王子様らしく他者の要求をシカト宣言したレジーは、さらに「他にも理由はあるけどね」とつぶやく。


「え、何? まだあるわけ!?」

「沢山あるけれど?」

 しれっとレジーが答えた頃には、セシリア嬢が待っている館の居間へ到着していた。

 レジーが護衛の騎士に、キアラも一緒にいてもらうからと念を押したため、結局レジーに続いて入室することになってしまう。騎士さん達が私の背後に壁のように後ろに立ったので、逃げだせなかった……。


 でも、入ってすぐに私は胸がどきっとする。セシリア嬢の表情がおかしかったのだ。

 なんでそんなに……怯えてるの?

 とても恋敵がやってきた! という態度ではない。普通なら青ざめるよりも、嫌そうな顔をしそうな気がするんだけども。

 彼女の応対を一手に引き受けているベアトリス様もその場にいたのだけど、困惑したような顔をしていた。ということは、今までは怯えた様子はなかったのだろう。


 それからのセシリア嬢は、目も当てられない有様だった。

 お茶は彼女が注ぎたいと言っていたようで、召使が茶器や湯を運んできたのだが、触れようとする前から指先が震えていた。

 みんなが思わず彼女を見つめて黙り込んでしまったせいで、カタカタと鳴る茶器の音が、やたらと大きく響く。

 なんだか動作の一つ一つが危なっかしくて、手伝いたくてたまらない。その時には、彼女が近づかないで発言をしたことなど、私の頭の中から吹っ飛んでいた。

 そして決定的な瞬間がやってくる。


「あっ!」

 ぶるぶると震えていたセシリア嬢の手が滑り、湯が入っていたポットが落ちた。

 陶器の割れる音にびくりとしてしまう。けれどすぐ、お湯の傍にいたセシリア嬢が気になって席を立った。駆け寄ったのは私が一番早かった。セシリア嬢が私の近くで作業をしていたからだ。


「やけどは!?」

 まず足元を見て、ドレスが床につきそうな長さだったことが幸いして、足にはかかっていないだろうと判断。次に手を確認しようと指を伸ばしたら、セシリア嬢の方から握りしめてきた。


「た、助けて……」

 かすれた、本当に小さな声は、最初私から離れたくて言ったものかと思った。

 けれどセシリア嬢は、まっすぐ私を見つめていた。

 ……まさか私に、助けてと言っているの?

 どうして、と考え始めた時には、既にセシリア嬢は彼女の騎士に引き寄せられていた。


「怪我をしたようです。申し訳ありませんが、この場を辞去させて頂きたく」

 昨日私を睨んでいた茶の髪の騎士は、ベアトリス様とレジーにそう頼み、退出の許可を得てセシリア嬢を連れ出してしまった。


「…………」

 私は、今感じていた違和感を誰かに相談したかった。けれどその場には、まだセシリア嬢が連れてきた騎士もいて、割れたポットとお湯をかたずけるために召使達も複数人やってきていた。

 とても内密の話ができる状況ではない。


 間の悪いことに私はベアトリス様に連れていかれ、旅装束の衣装合わせなどをさせられることになってしまい、レジーに相談することもできなかった。

 ベアトリス様は有り難くも自分の旅装束を供出し、それをマイヤさんが私に合うように直したらしい。どうりでマイヤさんの裁縫熱が、師匠の寝具だけで留まっていたわけだ。他にぶつける対象があったからだったようだ。

 ただこの時、ベアトリス様にはセシリア嬢の様子を話すことはできた。


「……助けて?」

 私がうなずくと、ベアトリス様は難しい表情になる。


「トリスフィードからまっすぐこの領地に来たことを疑ってはいたけど……。護衛の騎士にルアインの者が紛れているのか。他に監視がいるのか……。そうね、ヴェイン様にお話ししてみましょう」

「お願いします」

 ベアトリス様にこの件を預けた私は、ひとまず安心した。


 ――けれどそれすらも遅かったのだ。


 その日は、物資を運ぶ商人が馬車でひっきりなしに出入りしていた。明後日の出発に向けて最後の搬入を受け入れていたからだ。


 馬車には、一人の雇われた少年が乗っていたという。

 北側の分家が収める町から逃げてきたという少年は、商人になんでもするからと頼みこみ、下働きとして働き始めたばかりだった。


 けれど城の中に入った少年は、疲れ果ててへたりこんでいたところで、城の中にいた兵士らしき人物から飲み物を分けてもらった。それを渡した者のことも、少年が疑いもせず飲んだ瞬間も、誰も見ていない。


 けれど数分後、城の一画で少年は変貌を遂げた。

 少年の体から噴きだす炎。

 近くにあった馬車は、繋がれていた馬が暴れて横転し、ふらついた少年が触れたために炎上した。

 商人たちが悲鳴を上げて逃げ、代わりに城内警備の兵が駆け付ける。

 喧騒に気付いた私が館の外へ出た時、崩れていく人の姿がそのまま炎となって、蛇のように四方八方へ頭を伸ばす光景が広がっていた。


 火傷を負って逃げる者。

 魔術師くずれだと叫ぶ声。

 それを聞きつけて館から外に飛び出した私は、炎を避けて建物に隠れながら、地面に手をついた。


「キアラ」

 ホレス師匠にうなずき、私はすぐさま遠くから土を操った。

 大地の中の魔力が、既に半分崩れたその姿を覆うように周囲の土を盛り上がらせ、本人の足下の地面を抉る。

 あの様子ではもう、生きてはいられない。だから閉じ込めて他への被害を軽減しようとしたのだ。


 私は無事にそれらをやりおおせ、炎は土の壁の中に閉じ込められた。

 城内にほっとした空気が流れる。

 すぐさま兵士達は負傷者を運び出し始めたり、恐怖でうずくまっていた商人たちが荷物を確認したり怪我人を知らせたりと、別な喧騒が生まれる。


「まだ近づかないで」

 兵士達の一部が、土壁にふれそうなほど近づこうとしていた。私は彼らを止めるために中庭をよぎって走って――その途中のことだった。


「キアラ!」

 誰かの叫び声に振り返った私の目に、飛来する矢が見えた。

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