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わずかな混乱をもたらす日

 そっか、王子様ってお嫁さん候補とかいるよねそりゃ。


 三秒後にそう思い、とりあえず私は会議室を出た。

 私もそこそこやることがある。国境に壁をちょいちょいと作る予定だったのだ。


 会議室のある主塔を出て厩舎へ向かう。

 そこでもはや専属の護衛となってしまっているカインさんを連れて……と思ったら、先に馬を用意したカインさんにひょいと脇から腕をまわされ、驚いて後ろに倒れそうになったところを、掬いあげるように持ち上げられた。


「ひょえっ!?」

 一体何が、と驚く。こんな持ち運び方を強引にされたのは、戦の最中、私を無理やり移動させる必要がある時だけだった。


 だからもしかして敵が!? と思ったのだが違う。

 ここはエヴラール城で厩舎の前で、つぶらな瞳のお馬さん達がじっとこっちを凝視してるだけ――いや違った。厩舎のおじさんが、通りがかった召使の女の子が、顔をそむけてしらんぷりしながらもこっちに目だけ向けてる!

 日常のさなかにお姫様だっこされて、それを『見なかったふり』されるのもすごい恥ずかしい。


「かかかカインさん。おろろろろおろ」

「何かあった時に、こっちの方がいいですから」

 カインさんはそう言って、自分の馬にひょいと私を横向きに乗せてしまう。そして厩舎のおじさんを呼ぶと、私が引きだしてしまった馬を戻させてしまった。


 ああハニ丸号が帰っちゃう……。

 せっかく外を走ることができる機会だったのに、お預けさせてごめんよとその背中に向かって心の中で詫びた。けど、なんだかため息つきそうな顔してるのは、気のせいだろうか。


 その間にカインさんが私の後ろに乗ってしまう。

 二人とも座れる鞍になっているのは、私の護衛を初めてからずっとのことだが、カインさんの胸に背中が当たると、いつもは鎖帷子の痛さとか頑丈さを感じたのに、今日は布越しの体温がじんわり感じられて、急に気まずくなる。


 なんかこう、男女がこんな近くに接してるのって良くないよねって言いたくなるような。ハニ丸号を全力で呼び戻したくなるけど、カインさんは親切でやってるわけで。異性だと意識するのって申し訳ないというか、ああどうしたら。


 てかなんで今日に限ってこんなに意識するのかと思った私は、忘れようとしていたキス未遂事件のことを思い出してしまう。

 するとカインさんが、私の前に手を回すようにして手綱を手にとりながら、ささやいてきた。


「守らせて下さい、キアラさん」

 吐息が頭のてっぺんに触れて、悲鳴を上げかけた。そして返事ができない。


「それが私の役目ですから」

 …………あ、うん。役目だよね。お仕事だもんね。

 続けられた言葉に、なんだか妙に落ち着いた。ヴェイン様から命じられた役目だし、私はおっちょこちょいだし。正直そんなに乗馬が上手いとはいえないので、何かあった時にに小脇に抱えて馬を走らせた方がいいと思ったのだろう。


「あ、はい。宜しくお願いします」

「…………では、参りましょう」

 素直にうなずくと、なんかカインさんの返事に妙な間があったんだけども。どうしてなんだろう。もっと大きく感謝を伝えるべきだったのだろうか。

 首をかしげていた私だが、馬は進み出す。


 そうして一時間ほどで国境まで到着したが、ここまでの間に私も多少冷静になれた。どきどきせずにカインさんの手を借りて馬から降りて、国境に作られた砦の前に立つ。


 国境は岩山をぐるりとめぐる川の傍にある。

 川を渡るための古い時代に作られた石橋があり、その先に国境の砦と壁と門が作られている。

 壁はそこそこ長く作られていて、過去に川が長い年月をかけて削り取ったのだろう河岸の崖があるおかげで、それほど高く作らなくともいいという場所だ。

 問題は石橋を壊しても、広くても浅い流れの川なので徒歩や馬で進む兵を止められないことだ。


 先だっての攻城戦時も、ルアイン兵が攻めてきていた。

 壁は健在だし、壁がない崖上には茨が繁茂しているのでめったなことでは越えて来られないというが、茨が焼き払われでもしたら乗り越えられる可能性がある。

 しかしルアイン軍を追いかけて大半の軍を出発させてしまったら、対応できるか不安が残るのだ。

 そこで私の登場だ。


「さー壁作るぞー」

 右腕をぶんぶん回して気合いを入れる。

 次に近くの大岩に両手で触れるのだから、回す意味は全くないのだが。

 土いじりは慣れてきたものの、岩というのを動かしたことはまだない。なので今のうちに練習を兼ねて岩にトライすることにしていた。


 岩の中にも、魔力を帯びた力が存在する。師匠曰く、これは世界にあるすべての物に含まれているらしい。てことは水が得意な人というのは、人間を干からびさせるとか、そういう魔術の使い方もできるわけで……こわいな。


 私は自分がはっきりと『できる』と思っているせいか、土いじりに適しているらしい。頑張れば他の物も操れるかもしれないのだが、現時点で強化すべきはこっちだろう。


 私が触れている岩が、やがてぐにゃりと歪み始める。土よりあっさりといかないのは、やはり固いからだろうか。

 変な力が肩に入りながらも、なんとか大岩を人形っぽくして、歩かせる。

 このとき自分が触れながらついていかないことも練習のうちだ。

 視界にある岩人形が、そろそろとすり足で移動していくのは、もしかすると不安で地面に手を突いた状態で「動けー前進ー」と私が言っているせいかもしれない。


 やがて崖の縁にたどり着いた岩を、長方形に遠隔で変える……なんかいびつになって、撫でるとつるつるな表面にはならなかった。要修行だ。だけど遠隔でここまでできるなら進歩だ。

 それを何度か繰り返し、最初よりは上手く岩人形を動かせるようになったところで強制終了がかかった。


「そこまでですよ、キアラさん」

 結果的に納得いくところまで続けたら、さすがに疲れ果てて座り込んでしまったのだ。


 速やかにカインさんに回収され、馬に乗せられて撤収されたのだが、今度は考える余裕もないほどだったせいか、行きのようにあれこれと気にして頭が煮えることがなくて良かった。

 そして国境警備の兵士さん達にも、あっという間に壁が延長できたと大変喜んでもらえたので、万々歳である。


 その日の晩は部屋食になった。

 希少な魔術師になってしまったせいで、私は警戒するべきセシリア嬢一行との接触を控えるよう言われたため、みんなと一緒になるわけにはいかなかったのだ。

 でも運んでくれた召使のおばさんがおしゃべりしていってくれたので、寂しくはなかった。


 ただ召使のおばさんは、レジーの行動を詳しく私に教えて行った。

 時々しかお客が来ない土地なので、召使のおばさんは週刊誌大好きな前世のご婦人方よろしく、話題を提供して一緒に盛り上がってほしかったようだ。


 レジーは今日、セシリア嬢とお茶をしていたらしい。

 お茶の席にはベアトリス夫人もいたらしいが、どうもセシリア嬢は長旅をしてきたばかりだというのに、お茶なら私が入れましょうと席を立って、椅子に足をひっかけて転びそうになったらしい。


 なんか、想像するととても可哀想だ。

 剣を振るえない貴族令嬢の身では、人の好意にすがるしか生きていく術がない状況なので、居心地を良くするために、なんとかお世話になっている伯爵家とレジーの印象を上げたかったんだろうに。

 私も時々失敗する方なので、とても同情した。

 レジーはそんな彼女の失敗を、すぐに立ち上がって着席を促すことで、かばってあげたようだ。王子様だなレジー……。

 うん、おばさん。それ以上はレジー関係のこと私に教えようとしなくていいよ?


 食事が終わると、今度は部屋で一日放置していた師匠と、私の魔法の習熟度についての話し合いだ。


 ちなみに師匠にとって相性がいいものは風系であるらしい。

 そういえば魔獣も、風系統の種類多かったね。

 あれは契約の石を砂状にしたものを魔獣たちに摂取させ、同じ石の小さなかけらを師匠が取り入れることで操ることができていたようだ。


「契約の石は、普通の鉱物のような産出のされ方はしないのだ、イヒヒヒ」

「どっかからぽこっと生えてくるの?」

「岩の中から取り出すのは同じだがの。必ず指先ほどの大きさで、単体で掘りだされる。鉱脈に沿って延々と鉱物が含まれる、などということはないのだ」

 どうもあの石は、普通の石ではないらしい。


 鉱物って色んな物質がマグマの熱で溶けたり、土が堆積して地層をつくっていく過程で昔の物が圧縮されてできたりするんだよね?

 熱で溶けたらどろっとした形になりそうだし、圧縮されても一定の大きさになるのは難しそうだ。

 あ、でも形そのままで出てくるって化石みたいだ。

 そう話したら、師匠が「面白い発想じゃな、ウヒヒヒ」と喜んでいた。


 そんなこんなでしゃべってばかりいたら喉が乾いてしまった。

 夜も遅いのでもう誰かが来てくれる時刻ではない。体の調子も良くなっていたから、今回は怒られないだろうと思い、水差しを持って廊下に出たのだが。

 階段でレジーと顔を合わせてしまった。


「う……」

 しまった。誰か呼びなさいと怒られるだろうか。

 思わず身構えた私だったが、レジーはいつも通り微笑むだけだった。


「また喉が乾いたの?」

「えと、師匠と語り合いすぎて……」

「よかったら、私の所には人が常駐してくれているから、誰かにやってくれるよう頼んであげるよ?」

 言われて、前回のこともあるのでレジーに頼むことにした。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「うん。そしたらまた明日」

 レジーはあっさり手を振って自分の部屋に向かおうとする。

 私も自室に戻るべく後を降りかけていた階段を上ったのだが、上を向いた瞬間、二階へ上がったところに所在なさげに立っているセシリア嬢を見つけた。


 彼女は先に上がっていたレジーを見て、ややしばらく視線をさまよわせ、次に私を見て……なぜか走り去った。

 ちなみに彼女の部屋は三階だ。

 一体何だったのか。

 首を傾げた私だったが、部屋に戻ってから気付いて……ちょっともやっとした気持ちになる。


 もしかしてセシリア嬢は、結婚するかもしれなかったレジーと私が親し気に話していたのを見て、何か誤解をしたのかもしれない、と。

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