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私は敵になりません!  作者: 奏多


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歓迎できない訪問者

 結局、私の知恵熱が完全に下がるまで一週間かかりました。


 とはいえ風邪を引いたりした場合の、この世界の薬の効き具合とかからして、全快するまで一週間かかることなどめずらしくもないので、それほど長く病んでいたわけではない。


 その間にエヴラール側の状況も、だいぶん変わってきた。兵が集まり、サレハルドに近い地域の分家の人間や兵が逃げてきて合流してくる。

 彼らの情報によって、サレハルドの裏切り行為は確定した。


 ……情報がここまで上手く集まらなかったのは、私にも原因がある。

 丘陵地におけるルアイン軍を追い払う戦いの時、土人形で威圧して兵を引かせたため、情報源として役に立つ指揮官クラスの捕虜を捕えることができなかったのだ。

 兵力の消耗をしなかったことは良かったが、刃を交えないと情報源をひっとらえられないというのはなんともはや。

 お庭番みたいな人欲しいなとは思うが、魔術がありふれていないこの世界では、忍者みたいな驚きの動きができる人などいない。せいぜい紛れてスパイをするのが精いっぱいなようだ。


 とにかく分家の皆さまの情報により、サレハルドでも色々なお家事情があるようで、王位継承をめぐって弟と兄が争った結果、弟の方がルアインと手を組んで兄を幽閉。弟王子本人は割譲地のことや、そもそもが戦好きも相まって王都へ進軍する方に、サレハルドの少なくない軍と一緒に加わっているらしい。


 その話を私に教えてくれたのはアランとレジーだ。

 正直な私の感想といえば『中ボスがチェンジしたあげく、敵が増えてる……』というものだ。


 ゲームの時、サレハルドはこちらにもルアインにも与していない。制作者がそこまで設定しなかったからなのかはわからないが、とにかく関わっちゃいなかった。

 ルアインも国内に味方の魔術師を抱えていたし、エヴラールに侵入したのは普通に国境を越えてきたわけだ。サレハルドに取引を持ち掛ける必要がなかったのだろう。


 しかし今回はエヴラールも警戒していたので、国境をやぶってなだれ込む作戦が使えなかったのだろう。

 そこでサレハルドを勧誘したのだろうけど。正直、魔術師一人より、サレハルドの軍2万の方が怖いと思うんだ。

 なんだか状況がハードモードっぽい様相になってきて、私は怯えるしかなかった。


 これはなんとかレジーやヴェイン辺境伯様達の知恵に縋るしかない。

 頭が良くない私は、とりあえず土偶な師匠に祈っておいた。


「ああ、どうにかこぶし大の雹が降ったり、大雨で増水した水に流されたり、突如雷が落ちて司令官がいなくなって軍が離散しますように」

「他力本願すぎじゃな。熱で気が弱くなったのではないか? イヒヒヒ」

 呆れたように私を見ていた師匠は、あげく私の最も痛いところを突いて来る。


「おおかた、他に気になることがあるから、他の問題に意識が向けられんのだろうが。もっと自分の頭でなにができるか考えておけ、クックック」

 ……師匠の攻撃で、私は心に10のダメージを負った。

 真実って胸に痛いわ。


 でもね、戦いがひと段落したところで熱出して、他の情報がないから考え事するには最適な状況の中。あんなことされて気にならない人が居る!?


 特にカインさん……。犯人は間違いない。

 じゃなかったら、あのタイミングでわざわざ私のありもしないこぼした水をぬぐうために手を伸ばし、あろうことか指先で唇に触れていくとか……一瞬だけど、するわけないよね?

 しかもそんなことされたら気になるでしょう!? 気になるよね!


 状況から類推するに、たぶん以前のキス疑惑も、マイヤさんの目を盗んで指で触れただけだったのだと思う。キスじゃなかったぽいのでちょっと安心したけど……どうして、そんなことをする必要があるのか。


 普通は、気のない人にあんなことしないって私もわかる。罰ゲームでそんな真似するような子供じゃないし。

 でも同時に、何らかの思惑があればああいうことができるのも知ってる。でもカインさんが、私に対してわざとそんなことを仕掛ける人だとは思いたくない。

 かといって……。


「好きとか。そんな馬鹿な」

 一体どこに惚れるというのか。正直出会いの頃から、奇矯な行動しかとってない。しかも前世の話をするような電波。信じてはくれているけれど、それでも『私は神より夢で神託をたまわったのです!』と叫ぶ人並みに、ずっと一緒にいるのはちょっと避けたい人種のはず。


 理由がわからないので私は混乱しっぱなしだ。

 かといってバカ正直に尋ねて、もし本当に気があるといわれてしまったら。

 気になって戦えないよ。私はそんなに器用じゃない。これで二回か三回ぐらい誰かと付き合ったり別れたりした経験があれば、恋愛は恋愛、こっちはこっちって割り切れるのかもしれないけど。


 あと万が一だけど恋愛関係になったとして……自分がどういう行動に出るのかわからない。

 カインさんが怪我するのを見ていられなくて、護衛を任せられなくなるかもしれない。もしくは、私が全力で寄りかかって傍にいないとだめになってしまうとか。あり得ないかもしれないけど、いちゃつくことで頭がいっぱいになって、戦争どころじゃなくなるとか。

 そんな風に周囲にも迷惑になる可能性があるじゃない?

 前世だって今世だって、一度もおつきあいしたことがないから、想像つかないんだよね。


 それにレジー。

 カインさんのこと、じっと探るように見てた。その表情がなんか、すごく冷たくて。

 保護責任者として……厳しい目になってしまったんだろうか。


 私の方は、レジーにあの瞬間を見られたということが、とてつもなく不安をかきたてられて仕方なかった。彼はあの瞬間を目にして、どう思ったのか気になって気になって。

 それを考えると落ち着かなくて、レジーが今まで通りに話をしに来てくれたりするのに、私は変な緊張感を感じてしまっている。


 レジーとカインさんは、表面上こそ特に変わった様子はない。けれど、時々お互いに相手を意識しているような節がある。

 時々それを察してしまったアランが、困惑した表情になるのが気の毒だ……。けど、本当にそれが私のことがきっかけなのかもわからないので、何も言えない。


 それ以外はカインさんも今までと変わらずだ。そして警戒していたが、あれ以来は全く私に手を伸ばしたりしてこない。


 結局考えてもわからないし、二人のどっちにも『なんで?』と聞くのは怖いしで、私はとりあえず何もなかったことにした。

 忘れろ忘れろと思いながら過ごしている。


 さてルアイン軍の話に戻ろう。

 私が回復して城の外の遺体埋葬をこっそり終えた頃――城に帰って二週間が経った頃だったろうか。西のトリスフィード伯爵領が落とされ、デルフィオン男爵領がルアイン軍を受け入れた報が届いている。


 そんな風にルアイン軍に味方する領地があるため、ルアイン軍はエヴラールが援軍を通さないようにがんばっても、兵力も物資も補充できる。

 しかもサレハルドに接した別な小領地が占拠されてしまい、補給路も確保できてしまっているようだ。


 このままでは、王領地ともう一つ別な侯爵領を越えたら、ルアインは王都へ到達してしまう。ファルジア国王はルアインを撃破せよと軍を召集したものの、人前には姿を現さないという噂も届く。


 とはいえ、エヴラールの軍としてもそうそう動けない。

 まずゲームじゃないので、戦場が変わると同時にみんなのHPがマックスまで回復というわけにはいかない。ヴェイン辺境伯の怪我も完全回復はしていないし、負傷者は王都まで遠征になるというのに連れて行けない。


 そして二家にレジーが頼んで寄越してもらった応援。彼らも一度領地へ戻った上で、今後王都へ進軍する場合に備えて軍を再編してくれるらしい。

 が、パトリシエール伯爵やらの兵力を吸収して膨れ上がっているルアイン軍に対するには、こちらの戦力が小さすぎる。

 辺境伯とレジーは、王都へ参集するにはルアインに阻まれて身動きしにくい領地へ対して、協力を要請する使者を出していた。


 現在のところ、それ以上はやりようがない。

 そして兵力が集まり次第、エヴラール軍はレジーを旗印にしてルアイン軍と寝返った領地を制圧するために出発するのだ。

 だから皆、遠征になると思って準備を進めていた。


 そんな最中のこと。

 少数の騎馬に守られて城へとやってきた人物がいた。

 ややくすんだ金の髪。それでも綺麗に梳られて丁寧に扱われていたのだろう長い髪は、燦々と降り注ぐ太陽の光の下で、彼女の存在を明るく彩る。

 善良そうな可憐な造作の顔立ちも、透き通るような翠の瞳も、旅のためにまとった枯草色の大きなマントに包まれたか細い体も全てが、彼女は深窓のお姫様だということを表しているようだった。


 私より1つ2つは年上だろう女性は、旅の疲れが残っていても可愛らしい顔に、涙を浮かべながら城門前まで出てきたヴェイン辺境伯とレジーに挨拶していた。


「わわわ、私、トリスフィード伯爵の娘、セシリアと申しますっ」

 その名前を聞いた瞬間、


「厄介な……」

 一緒に少し離れた場所から彼女を見ていたカインさんが、小さくつぶやいたのが耳に届いた。

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