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私は敵になりません!  作者: 奏多


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犯人は誰ですか?

「……え?」

 はっきりと覚醒したのは、窓から朝日が燦々と降り注ぐ頃だった。


 明るい部屋の中を、ぼんやりと眺める。

 さっきまで、真っ暗だった気がした……のは途中で起きたせいだろうか。

 それなら頭を撫でられたのも夢? 誰かが「おやすみ」って言ったのも? 今までそんな夢を見たこともなかったし……。


 思わず指先で自分の唇に触れる。

 なぞるように自分で触れた感覚が強すぎて、夢うつつの中で感じたものと同じかどうか、わからなくなってくる。いや、同じような感覚だった?

 でもなんで唇?

 まさか、私ってば誰かにキス……されたとか?

 そこで私はぞっとする。


「え、まさか不審者!?」

 だって私の部屋、熱を出したせいでマイヤさんとかが出入りしてて、鍵かけてなかっただろうし。不審人物だったのかな?


 でもすぐ近くに辺境伯夫妻の部屋とかある棟なのに、おいそれと夜間に近づけるわけもない。

 しかし凱旋直後で城内は騒然としている。既に城下の民は町へ帰しているとはいえ、こっそり残っている不心得な人間がいないとも限らない。盗みを働こうとして、領主の館に忍び込む人がいないとも言えないのだ。

 だけど館の前には見張りの人がいる。館の中にはレジーだって宿泊しているので、その護衛騎士の人だっているんだ。見つからないようにしのび込めるだろうか? むしろその中の誰かが……。


「いやいやちょっと待て自分。身内を疑っちゃいけない」

 思わず自分に突っ込みを入れる。

 そもそも、あれはキスだったのか? そこが変わるだけで大分推理にも影響が出るはずだ。キスじゃなくて、手が滑っただけかもしれないではないか。


「手が滑っただけ……ほんとにそうかも?」

 正直、前世も今も全く経験がないので、あれがキスの感触かどうかっていうのも私にはわからない。むしろ指で触ったのと同じような気がしないでもない。

 だとすると、熱を出した私の様子を見に来て、頭を撫でて帰る人間だけを推測したらいいのだ。

 ベアトリス夫人、レジー、マイヤさん、クラーラさん……。


「でも声が男の人だったような? だとしたらヴェイン様とか。アランは……来ないんじゃないかなぁ? カインさんなら心配して様子を見に来そうだけど」

 でも私の頭を撫でて「おやすみ」なんて言う人、そのくらいしか思い浮かばない。


 誰だろうと思いつつ、どうしても一番『ありそう』な人物の銀の髪が、脳裏をちらついて仕方ない。でもいつだって私をからかって、隠したいことを暴いていく人が該当者だった場合……手が当たっただけだとは思いにくいけど。


 でも、もし『そう』だったら、どうして……と思ってしまう。

 自分を自分で守らなければならなかった人間同士だからわかる。

 もしレジーがそんなことをしたとして、私が起きてしまったら。私がそれを受け入れても拒否しても、私、絶対何事もなかったかのようになんて過ごせない。


 折しも、間もなくルアインが王都を占拠するこの時期だ。王妃が王位を宣言したなら、彼は身を捨てる覚悟で戦うしかなくなる。れっきとした王子であるレジーが生きている以上、アランではなく彼が旗印となって戦わなくてはならないのだから。

 だというのに、私という戦の趨勢を決めかねない人間を、一時でも冷静でいられない状態に置くだろうか。


 じゃあ、別な人……?

 でも他の人が私にそんなことをする理由が浮かばない。


「いやいや、別に手があたっただけだとしたら、ほんとにマイヤさんの代わりに様子見てただけかもしれないから、疑い過ぎも良くないよね。あ、そうだ師匠に聞けば……って、あれ?」

 寝台脇のテーブルの上、水差しの隣に鎮座していた師匠の姿が見えない。

 なんだこれ。今度は土偶消失ミステリー?


「師匠、どこです?」

「ここじゃここじゃ」

 返事はすぐに返ってきた。声が聞こえた方向を調べようと、私は寝台の上に起き上る。うー、まだちょっと熱が高いみたい。少しくらくらする。

 けれどそれぐらいじゃ師匠の姿は見当たらなかった。


 仕方ないので寝台から降りて立ち上がる。足がふらつくけれど、歩けないわけじゃない。

 そうして水差しが置かれたテーブルの向こう、ソファの上に籐編みのバスケットが置いてあるのを見つけた。

 そこにin土偶。しかもきっちりとそのサイズに作られた敷布と毛布に枕までセットされてあった。

 思わず目をこすった。それからじわじわとこみ上げてくる笑いに耐えきれず、ぷぷぷと笑ってしまう。


「なんじゃ。どうしてそんなに笑うんじゃ」

「や、ちょっと師匠……うぷぷぷ。お人形さんのベットに寝てるとか、うぷぷぷぷ」

「くっ……わしだってこの状況は大分不服なんじゃがの!」

「一体誰がこんな可愛いことしたんですか?」

「お前さんの看病しておった、マイヤとかいう侍女じゃ。……くっ」

 悔し気にホレス師匠が犯人の名前を上げる。


「あー、マイヤさんですか」

 確かあの人は布を扱う商家の娘さんだ。お裁縫も得意と聞いている。きっと城を留守にしていた間に作って待ってたんだろうな……うぷぷぷ。


「そうだ。ところで師匠、私が眠ってる間に、マイヤさん以外にこの部屋に出入りした人っています?」

 師匠は魂こそその場につなぎとめてるけれど、人間としては生きていない。睡眠も必要ないのだ。……だからこそお人形さんベッドが可笑しくてたまらないのだけど。

 尋ねられたホレス師匠は、首をかしげそうな感じで答えた。


「はて。わしも深淵なる思考に沈むことはあるからの。全てを見ているわけではないのじゃが。ただ……そうだな。王子が来てわしの姿に笑いを堪えておったが、あのけしからん侍女が満面の笑みで意見を期待していたので、心にもなく褒め、わしの抗議は無視して行きおった。あとはお前の護衛をしていたカインといったか。あやつと別な侍女、年かさの召使いと、あの領主夫妻も来ておったか」


 うん……多すぎる。

 でもなんとなく私が目を覚ましかけた理由は推測できた。

 頭撫でられたからってだけじゃないなこれ。ただでさえ何時間も眠ってたから夜中に眠りが浅くなってたんだろうし、いろんな人が出入りして、こそこそながらもしゃべったりしたことで、目を覚ましそうになったんだろう。


 面倒を見てくれてたマイヤさんだって休憩は必要だっただろうし、だからお見舞いに来たらしい人達の他に、召使いのおばさんとかが出入りしてたに違いない。

 そんな中の一人が頭を撫でていったわけだ。

 師匠の口振りから、レジーの時にはマイヤさんが同席してたみたいだし、他の人だってしのび込むような隙はなかっただろう。


 そもそも、師匠がいるんだからこっそり侵入なんて不可能だった。

 でもちょっとほっとした。不審者ではなく、これはたまたま指先が当たったかなんかしたんだろうって結論が、濃厚になったからだ。


 安心してきたら、なんか喉が乾いてきた。

 水差しの中の水をコップに注いで飲んだら、今度はおなかがすいてくる。

 マイヤさんを待つより、ちょっとだけだから何かもらいに行こうかな。

 立っているうちに少しふらつかなくなってきたし、私はマイヤさんたちが着替えさせてくれたのだろう寝間着の上から薄青のガウンを重ねて着て、部屋を出る。

 その時、ぼそぼそと師匠がつぶやいていた。


「……全く。最近の若い者の考えは理解できんのぅ」

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