私なりの区切り方
睨み合いが続いた三日目。ルアイン軍が動いた。
城へ戻る方向ではない。北西へ向かっていくので、おそらく王都へ直進している軍に合流するのだろうと推測された。
「……終わり?」
ゲームみたいに音楽が流れるわけじゃない。
これが転換点だという劇的なこともなく、遠ざかる人の姿を見送るのは、終わったようなまだ終わらないような変な気分にさせられた。
その後敵が視界から去り、斥候に出た者が半日をかけて追跡した結果、ようやくエヴラールの軍は城へと帰還することを決めた。
その間に行ったのは、戦死した味方の遺品の回収だ。
遺品を集めた後は、遺体を運ぶわけにもいかない。なのでまず焼くことで土に還りやすくした上で、埋めるのだ。ただ、これも相当に労力が必要な代物だ。
「それでも魔術師様がいたから、埋めてやる奴が少なくて助かったなぁ」
「俺たちも、お仲間になるところだったからな」
なごやかに会話している兵士達の目の前には大きな窪みがあり、そこには枯草や枯れ木がくべられ、遺体が焼かれていた。
木の燃える臭いが強すぎてむせそうなおかげなのか、どこかで噂に聞いた悪臭はあまり気付かなかったのは幸いだ。
そんなことを考えながら、私は兵士達から少し離れた場所を歩く。
草むらに埋もれるように倒れたままの黒いマントの兵士を見つけて立ち止まり、次にまた見つけた遺体の傍に、三日放置したために醸成された腐敗臭に吐き気をもよおしながら、近くに小さな銅貨を一つ落とす。
「う……」
口を左手で覆いなら、また次の放置されている遺体を探して歩き、地面に銅貨を落とす作業を続けていた。
「我慢できんのなら、一度離れるがいいぞ弟子よ、ウヒヒヒ」
相変わらず腰に革ひもで括り付けている師匠が、そう促してくれる。なので一度作業を中断して、誰もいないだろう場所を求めて、近くの林に入った。
草いきれと木立を抜けてくる新鮮な風に、ほっと息をついた。
「軟弱だのぉ」
「だってこういうの……慣れてないし」
現世で馴染みがない上、前世など事件事故に出くわさない限り、ご遺体と遭遇するのは近親縁者のお葬式だけだ。
とにかく作業はまだ半ばなのに、吐き気がもうどうしようもないレベルになっていた。
「うぇぇぇぇ」
誰もいないと思って、木に腕をついて下を向く。吐くわけじゃないけど、声に出すだけでちょっと気分が良くなるわ。
なんにしても、カインさんが傍に居なくて良かった。こんな有様、なんか完璧っぽいお兄様なカインさんに見せられないわ。美貌もなんにもない私だけども、こんな姿晒すのは女子としてマズイと思うし。
カインさんが張り付いていないのは、ルアインの軍が撤退して行き、周囲に味方しかいないからである。もう一つ言うと、女子が私しか居なさそうに見えるが、敵が引いたことで環境が変わったというのもある。
近くの町の人がやってきて、ここぞとばかりに鍛冶師が悪くなった剣の代わりを売り、日用品を売る商人の他に、食料を売りに来る人などで女性も出入りしているのだ。
あげくにしゃべる土偶を連れてる怪しげな魔術師ならば、皆滅多なことでは近づかない。
カインさんも用事があるようで、私に『何かあれば魔術で排除していいですよ』と言って離れているのだ。
おかげで自由に、私がしたいことはできているのだが。
「うう、しんど……」
思った以上にしんどい。けどやめる気はなかった。
――敵兵の遺体を埋葬する。それがあちこちをうろうろしていた理由だ。
敵兵の遺体は放置することが決定されている。労力がかかるので、明日には城へ移動する都合上、長々と作業するわけにもいかないというのが建前。本音としては、突然侵略され、仲間が殺された恨みも重なっていることが考慮されてのことだ。
だから兵士達が剣などの装備や持ち物を取り上げた後は、野ざらしになっている。
それを懇切丁寧に埋めると知られたら、まぁ……兵士の皆さま方には賛成してはもらえないだろう。
一応理由は考えている。近くの町の皆さんに、腐敗臭でご迷惑になるからということと、疫病を予防するためだ。
前世では戦争による疫病のことなど考えたこともなかった。けど、災害による疫病の発生、という単語を何度か見たことがある。ハエなんかが媒介するんだよね。だから早く埋めるのは味方のためでもある、と理論武装した上で、でもそれをみんなが理解してくれるか不安なので、こっそりと行動しているのだ。
「うう、でもまだ終わってない。おひさまが出てるうちじゃないとわかんなくなっちゃう」
既に日は傾き始めていた。でもあと少し休みたい。
そう思って木を背にして座り込んでいると、
「キアラか……?」
左手の木の影に、青い顔をして座り込んだアランがいた。
「……アラン?」
なんでそこにいるのか。
「具合悪いの?」
風邪かと思ったが、アランは言いにくそうに顔を背ける。一体なんだと思ったら、師匠が「キシシシ」と笑った。
「お前さん、さっきまで死体運びの手伝いをしておったな。部下に任せておけばいいものを、余力がある時には手伝うなどと見栄を張ったはいいが、具合を悪くしたのだろうイヒヒヒ」
「うぐ……」
師匠の読みが当たったようだ。アランが恨めしそうに師匠を見ている。
「なんで言うんだよ恰好悪ぃだろ」
「外面を繕えるのは、余裕がある人間だけよウヒョヒョヒョ」
師匠に言い返されたアランは、精根尽き果てていたのかそれ以上反論しなかった。そうか私と同じなのかと思うと、ちょっと安心した。
「で、お前は仲間なのか? 吐き気をもよおしているように見えたが」
むしろ分が悪いので標的を変えたようだ。ていうか、やっぱ見てたか……。
私は観念してアランに返事をする。
「アランと同じ。ご遺体の臭いが予想以上で」
「でもなんでだ? お前は別に死体運びもさせてなかったが……」
と、そこでアランは気付いてしまう。
「……そうか、敵兵の死体か?」
とっさに返事ができなかった。そうだと認めたら、ヴェイン辺境伯様が怪我を負わされているアランなら――ゲームでいつも厳しい表情を崩さず、お父さんや他の人を失った悔しさを語っていたアランを思い出すとなおさら、理解してはくれないかもしれないと思ったから。
ややあって、アランはため息とともに木を仰ぎ見る。
「そりゃ、誰だって死体なんざ見たくないだろうな。放置されてるのを見れば、いつか自分もこうなるんじゃないかって気になってくる。こんな酷い姿をさらして朽ちていくのは嫌だ、そう思ってる奴も兵士の中にはいるだろう」
意外なことに、否定する言葉ではなかった。私は驚いてまじまじとアランの顔を見てしまう。
これはもしかして、辺境伯様が死ななかったからなのだろうか。友達を失わず、城までも蹂躙されるという憂き目に遭わなければ、アランはこんなにも穏やかに死んだ敵のことを語れる人だったのかもしれない。
……少し、私は自分が頑張った証を新たに手に入れられた気がした。
「あとは、お前が……敵であっても殺したくないって泣いてたってレジーが言ってたからな」
予想外の言葉に、私は目を丸くする。
「え、レジーが……? しゃべっちゃったの!?」
恥ずかしくてなんだか顔が熱くなる。なんでそんなこと教えちゃうかなもう。せめて泣いてたとか言わないでくれたらよかったのに。
顔をあわせ辛くなってうつむくと、アランが慌てたように弁解してきた。
「あ、もちろんレジーだって考えがあってのことでだな、お前が……戦うのを拒否した時のために、レジー一人だけで強行に反対しても難しいだろうから、俺にも手を貸してほしかったんだろうと……」
「そ……そっか」
私が魔術師として人を殺したくないと言った時のため、根回しをしていたのだといわれては、納得するしかない。確かに迷惑をかけたのは私の方なのだから。
すると、アランがゆっくりと立ち上がった。
「じゃ、手伝ってやるよ」
「え?」
「まだ終わってないんだろ、敵兵を埋める……埋めてるわけじゃないよな? 何やってたんだ?」
「うんと、印つけ。みんながあまり気付かないうちに、夜ささっと埋めちゃおうと思って。ホレス師匠に土に関する魔法の助けになる媒介を教えてもらったから、いっぱい両替してもらってきたの」
ざらっと見せたのは、小さな1シエント銅貨だ。10枚で大銅貨1枚分。100枚で小銀貨1枚と等価になるもっとも小さな硬貨だ。
流晶鉱のように、銅は魔術の媒介になる。
それなら銅貨を使えばいいじゃないかと思い、町からやってきた商人さんに、限界まで両替してもらったのだ。これで全員ではないだろうけれど、魔術を使って私でも大量の人数を埋葬できるはずだ。
「じゃ、少し貸せ。俺も多少は持ってるが、そこまで大量じゃないからな」
「うんいいけど……ほんとに、手伝ってくれるの?」
尋ねると、アランは笑った。
「俺だって野ざらしの死体が腐ってくのを見ていたいわけじゃない。……死んでしまえば敵も味方もないんだからな」
アランの言葉に私は息をのむ。
それに、と彼は続けた。
「お前は人を殺したくないって気持ちを、これで決着つけることにしたんだろ? お前なりのやり方がこれだっていうなら、手をかしてやる」
殺したくない。でも戦争で、戦わないと殺される。
そんな中で自分の中で折り合いを付けようと思った末に、私はとにかく死んだ人だけでも同じように眠らせてあげたいと思った。死んでしまったのなら、もう敵にはならない。なら、同じように扱ってもいいだろうと考えたから。
だからアランが『死んでしまえば敵も味方もない』と言った時、まるで自分の気持ちを代弁されたように感じて、驚いた。そしてアランは、私が埋葬にこだわる理由をわかってくれた。
……うれしい。
同じ考えを持ってる人がいる。そう思うと、もっと頑張ろうと思えてくる。
「レジーも表立っては言えないだろうけど、たぶんお前の意見には賛同してくれるだろうさ。ただなぁ、王子が敵兵に手厚くするってのは兵の士気にかかわるだろうから、あいつにはさせられないからな」
「それ、私もどうしようかと思って。だけど一応言い訳は考えたの。腐敗したものから疫病を虫が媒介するから……って」
「げ、そんなのがあるのかよ」
「知らなかった?」
そんな話をしながら、私はアランと一緒に硬貨が尽きるまで戦場を歩き続けたのだった。
そして夜。
みんなが寝静まってからではなく、食事が済んで気が緩み、敵がいないことで談笑することに気が向いている間に、私は敵兵の埋葬を実行した。
真っ暗な中でこそこそ行動してたら、さすがに今度ばかりはカインさんに見つかって、彼もついてきた。そしてアランから聞いたのか、目立つ銀髪をフードで隠したレジーも。
みんなが見ている前で、ホレス師匠の指導の元で、私は離れた場所の土を操る。
暗くてよく見えないけれど、銅貨の在り処は感じられた。
最初に、カインさんが持つ明かりの近くにあった遺体が、陥没した地面に吸い込まれるように消え、上に土が盛られる。草原にぽつんとむき出しの地面が現れたような状態になった。
順番に作業を続けていったが、皆同じようになったのだと思う。終わった頃にはさすがに疲労困憊してその場に座り込んでしまった。
「お疲れ様」
優しい声でねぎらってくれたレジーが、軽く頭を撫でてくれる。心地よくて、つい目を閉じてしまいそうだ。
でもここで眠っちゃだめだ。
最後に、私は葬送の聖句をつぶやく。全ての者の眠りを守る神よ、と。
本来は教父や司祭が葬儀を執り行う時に、歌いあげるように朗々と詠唱するものだが、ひそやかな埋葬なのでつぶやくくらいでもいいだろう。
すると教会学校で同じように習い覚えたアラン、知っていたらしいレジーが合わせてくれた。
翌日、当然ながら敵兵の遺体が埋まっていることに気付かれてしまった。
後の祭りなので、文句を言われももう遅いし、誰ももう一度掘りだせとは言えないだろう。
だが、兵士達の反応は賛否両論だった。
もっと反対が大勢を占めるかもしれないと思っていたので、ちょっと意外だった。
反対者も、レジーによる近隣への臭いによる害や疫病の問題から、埋める方針を取ったと発表されると大人しく受け入れてくれた。
さすがに、埋めないことで病気が蔓延するのはたまらないと思ったのだろう。
でも、レジーの指示によって私が力をふるったということになってしまった。
またレジーに庇われたことに、私はちょっと後ろめたくなったのだった。




