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私は敵になりません!  作者: 奏多


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謝罪と御礼は危険です

 会議が終わった。

 騎兵隊長と守備隊長が人員について打ち合わせをしながら立ち去り、父である辺境伯は母上に気遣われながら自室へ向かった。


 自分が発言したことに緊張と興奮のせいだろう、やや落ち着きのない様子のキアラが、師匠の魂を封じた変な土人形を抱えて立ち上がった。

 その時に、キアラはレジーの方を見た。レジーも表情を消したままキアラと視線を合わせていた。

 時間としては、ほんの一秒くらいだったと思う。それで何を伝えあったのか……僕にはよくわからない。


 そもそも今回のレジーの行動が、僕には信じられないものだった。

 レジーは初めて臣下扱いをして、キアラに協力要請をしたのだ。

 さっきまで、キアラを戦闘から外す方法を考えていると言っていたのに。……いや、レジーのことだから、彼女を使う策を考えた上で、キアラ無しで実行する策を立てようとしていたのかもしれない。


 でもキアラは魔術師として席についた。

 彼女は戦いから逃げるつもりはないということだ。

 だったらレジーは、あくまでキアラを遠ざけるかと思ったら、戦場に立たせることにしたのだ。今までだったら、絶対になかったことだ。


 ……あいつ、キアラの足晒し事件だけでも、あんなに不機嫌だったってのに。

 今回もウェントワースがいなかったら、危なかっただろう。なのにまた同じことさせるのか? と僕は首を傾げたのだ。

 風狼の一件だって、せっかくみんなで口裏合わせて隠してたってのに、ウェントワースの様子がオカシイとか。城内の騎士が妙にキアラに親切だとか言って、問い詰めたんだよ。

 いや、親切はいいことだろ? うちの騎士に年下の女の子をいじめるアホがいたら、情けなくて涙が出るって。

 だから変なところでピンとくるなよって言ったら、


「君、自分の母親がそんなことをしたらどう? ヴェイン辺境伯がそれを知ったら、きっと見た全員に「記憶を失え」と言い出すだろうって、思わないかい?」と返された。

 僕はすぐにレジーに謝った。ごめん……。父上が乱心するだろうってのはわかる。ただ母親と父親のいちゃつきを想像するのは、ちょっと……精神的ダメージがきついって……。


 本当にレジーは恐ろしい奴だ。

 なのに、許可したのだ。


「まさか、巣立ち?」

 はっと気づき、小さく言葉が漏れる。

 親元を飛び出そうとするひな鳥がキアラで、巣立ちの時期が来たと思ったレジーが、それなら自分一人でやってみせろと言い渡すようなものか?

 納得できるようなできないような変な表現だな……。


 どっちにしろ、戦うことを決めたんだったら、これはキアラにとっては本望のはずの状況だ。なのにキアラは、どうしてそんなにも責めるような目をレジーに向けたのか。

 二人の様子に、僕は思わず言いたくなる。見つめ合ってないで、普通に話せばいいだろ……と。親子だって話し合わなきゃ理解できないんだぞ?


 そう思うくらい、この二人は異常なのだ。

 最初から、なぜかお互いに理解し合っているような変な雰囲気をつくっていた。これが普通の恋愛感情だったら、僕もこんなに混乱はしない。


 でも周囲は完全にそう思っているだろう。

 数時間前に城に帰り着いた時、キアラを奪うように抱きしめる姿だけを見たら、恋愛感情があるのだとしか思わないだろう。

 ウェントワースも目を丸くしてたんだぞ……。

 でもレジーも、何分の一かはわざとだったはずだ。

 王子の保護下にいると喧伝する行動だ。出発前にキアラのスカートの件にこだわっていたことが尾を引いて、虫がつかないよう見せつけたのかもしれない。


 とにかく複雑そうな二人のことを見ていてもしょうがない。ウェントワースを連れて部屋を出ることにする。


「行くぞ」

 しかし時を同じくして、キアラも部屋を出るべく動きだしてしまった。


「あ、カインさんとアランも。明日のことで相談したいんだけど」

 一緒についてくるキアラに、内心でげっと思ったが、ちらりとレジーを振り返れば、彼は後ろに控えていたグロウルと話し始めていた。

 ちょっとほっとしつつ、会議室を出て三人で中庭に出る。


「それで、相談したいことっていうのは?」

「えっとここじゃちょっと……」

 キアラが周囲に目を向ける。城下の市民を避難させているため、中庭には即席のテントが立ち、人がひっきりなしに行きかったり、集まっている人達が不安そうな表情で兵士や自分達を見ている。

 確かにあれこれと話すには場所が悪い。


 だから領主館の居間の一つを陣取った。ソファに僕と一緒にウェントワースも座らせたのだが、キアラは重いのか、師匠である土人形だけを卓の上に起き「すぐ済む話だから」と首を横に振った。


「レジーが矢で狙われたり、もしくは潜入した敵兵に襲われたりしないように、気を付けてほしいの」

 彼女の話に、すぐにピンときた。


「それは例の前世の記憶の話か?」

 最初は荒唐無稽としか思えなかった話だ。けれど言う通り、彼女は魔術師になって『あらかじめわかっていた』素質を証明した。しかもルアインはレジーが交渉に来た時に攻めてきた。交渉相手もサレハルドだった。


 ……正直、僕はキアラに畏怖を感じた。

 未来を知る者など、夢物語の預言者しかいないと思っていた。いたら便利だろうとは思ったが、実際に目の前にすると、全てが同じではなくとも、誰も知ることなどできないことを見通す者を畏れずにはいられない。

 キアラが僕の問いにうなずいた。


「私が前世のことそのまま話した相手は二人だけだから、相談できるのもアランとカインさんだけなの」

「レジー様には、夢だと説明したのでしたよね?」

「そうです。あの人は、何も追及せずに私の話を聞いてくれたので……。だからまだ、前世の話はしないままになってるんです」

 ……嫌われたくないのだろうな、最大の保護者であるレジーに。そしてレジーの方は、隠しながら話しているとわかっていて、全て信用したのだ。根拠を求めずに。


「レジーにも、矢で射られる話はしてあります。けれども城の中でと伝えていたので、外なら安全だろうと、さっきみたいな案を出したんだと思うんです」

 本当はレジーの作戦に異を唱えたかったようだ。けれど作戦の立案など、今まで侍女として暮らしていたキアラの手に余るので、口を出しにくかったらしい。


 まぁ、これについてはキアラもそこそこ『できる』と思うんだが。城へ帰還する際の、父上を救ったあげく敵に打撃を与える作戦は、確かに魔術師がいてこその反則技かもしれないが、妥当な作戦だったのだから。

 そう考えると、キアラはレジーの作戦に口を出せなかったのではなく、レジーの作戦を『良い』と思ってしまって、どこもつつけなかったのだろう。

 だからレジーの傍にいるだろう僕やウェントワースに頼むのだ。


「でも今回の経過からして、私が知ってた通りの状況になってるわけじゃないのよ。ルアインは国境を越えてきてたし、サレハルドと手を組んだりはしてなかった。だからレジーに矢だけを警戒させたらいいのかもわからなくて……」

「わかった。そのあたりは僕から父上にも進言しておく。レジーも備えるだろうが、旗印になる人間を守るのに、手は多いほどいいだろう」

「ありがとう、アラン」

 少しほっとしたようにキアラが微笑む。


「私はそれに関しては何もできそうにないようですね。貴方に付くつもりですので。辺境伯閣下からも再度そのように指示を受けてますので」

 ウェントワースの言葉にキアラが目も眉尻も下がって、困った表情になる。


「そんな申し訳ないです」

「でもキアラさん、魔力が切れてしまってはご自身ではどうしようもないでしょう?」

「仰るとおりでございます……」

 キアラとしても、城へ突入する際に倒れたことを反省はしているようだ。確かにカインが無理やりついていかなかったら、どうなっていたか。

 カインの方も長いことキアラについて回っていたせいか、彼女の行動を読んで言いくるめる方法も鮮やかだ。

 と、そこで僕は思い出した。そもそもカインがキアラに付き従うようになった理由と、その結果を。


「そういえばキアラ。お前、謝罪の内容を決めたか? 欲しいものがあれば言うといい。俺にできる限りのことはする」

 魔術師になって自分の言葉を証明してみせたキアラ。確実に魔術師を見つけるところからも、半信半疑にはなっていた僕だったが……。

 後から、土人形の中にいるホレスという魔術師は、体が砂になって朽ちたと聞く。それを見てわかっていながらやり通したキアラに、僕はなおさら全面的に降伏する気持ちになっていた。だからちょっと厄介な頼み事でも受けるつもりだったのだが。


「えっ、謝罪!? あ……」

 キアラはすっかりこのことを忘れていたようだ。僕に言われて戸惑っている。だからまたの機会でもいいかと思ったのだが、ややあってキアラは何かを思いついたらしい。


「じゃあこうしましょう!」

 キアラが両手を打って満面の笑みで言った。


「ちょうど私、カインさんに助けて下さった御礼をしたいと思っていたんです。だからカインさんがしてほしいことを、アランにお願いして、アランがそれをかなえるのが私への謝罪の証ってことにしましょ!」

 ね! と言われた僕とウェントワースは、顔を見合わせる。困ったような顔のウェントワースを見て、たぶん僕も同じ表情をしているのではないかと思った。


「とりあえず聞く。お前、キアラにどんな御礼をしてほしいんだ?」

「キアラさんに、と限定するのは危険だと思いますよ。アラン様に本当にしなくてはならなくなります」

「だよな」

 品行方正なウェントワースのことだ。キアラが御礼をしたいと言えば、無理難題にならない範囲を考えた末に、貴族令嬢に願うごとく「祝福を」と願うだろう。

 ようは、ウェントワースの頬に口づけをという程度なのだが……キアラ、お前それを僕に振るのか? 変な意味で恐ろしいな。


 とはいえ視覚の暴力としかいえない光景になるだろうし、僕としても男に女みたいな祝福をするのは御免だ。

 キアラが持っている師匠人形も、声をひそめながらくつくつと笑ってる。僕等と同じ考えに至ったのだろう。

 するとウェントワースが提案してくる。


「なら、やはり当初の通り、アラン様が謝罪を、私に感謝を贈っていただく方がいいのでは?」

「ああそうだな。いいだろう。じゃあキアラ」

 僕は彼女の前で、剣を床に置いて跪く。良く分かっていないのか、キアラがやたらと動揺した。


「えっ!? なんで?」

「僕はどちらかというと謝罪だろう? なら、お前が許すと言うまでこうするのが筋だろう」

「だって別に謝罪してほしいわけじゃないから……。もうアランは謝ったじゃない?」

 どうやら跪かれるのが困るらしい。だからとりあえず立ち上がったのだが、そこにウェントワースが、珍しく楽し気に割って入ってきた。


「では私も、キアラさんから感謝の証を頂きたいと思います」

「うう……」

 キアラが戸惑って目を泳がせている。なにせ自分から頬に口づけをするのだ。二の足を踏んでいるのだろう。


「では、女性同士の感謝の表し方の方が宜しいので?」

 キアラの様子を見越していたウェントワースが、笑顔で提案した。


「あ、それぐらい気軽だと……って、それってまさか!?」

「おいウェントワー……」

 キアラは伯爵令嬢をやってた時期もあったはずなのに、すぐに考えが及ばなかったようだ。そして僕が止める間もなかった。


 さっと立ち上がった彼は、キアラを引き寄せ頬に口づけしてしまう。

 ウェントワースが離れてしまうと、右の頬を押さえてキアラは顔を真っ赤にしていた。

 一方のウェントワースは、目を細めてそんな彼女を見ていた。


 そんな様子に、僕は思わず瞬きをした。

 ウェントワースは、こんなことをするような人間だっただろうか。女性にはわりと淡泊で、それなりに付き合いがあるのは見聞きしていたが……年下の女の子をからかうような姿は見たことが無い。


「私への御礼はこれで十分です。アラン様の謝罪はどういたしますか?」

 飄々と言ってのけるウェントワースは、知らない人間のようで、少し……不安にさせられる。


 キアラも「あの、また今度で……」と蚊の鳴くような声で答えたので、その場では無しになったのだった。

 ちなみに後日、僕はキアラには謝罪代わりとして魔術の媒介になりそうなものを贈っておいた。

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