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私は敵になりません!  作者: 奏多


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作戦立案

「その土人形に、君の師匠である魔術師の魂が入っているとは、アランやカインから報告を受けているよ。……初めまして、ホレス殿と名前を伺っておりますが」

「いかにも、わしの名はホレス。流浪の魔術師……まぁ魔術師なんてものは、流浪するか引きこもるかどちらかだがのぅ」

 さすが人生経験を積みまくった師匠。突然話の中心に投げ込まれても、堂々と受け答えた。


「しかも今は私の肉体もなく、弟子であるキアラの力をもらって動いている仮初の存在じゃがな、イッヒヒヒ」

 いつもの笑い声を漏らすと、土偶姿がさらに不気味さを醸し出す。


 辺境伯から同じような説明を聞いているだろう騎兵隊長や守備隊長、ベアトリス夫人もやや不安そうな顔になる。

 でもこういう人なんで、慣れてくれるとうれしいな。外見の不気味さは、私のせいだし……。


「さて、軍議を行うのであろう。弟子の補助としてわしもここで聞かせてもらうわい。イヒヒ」

 変な笑い方ではあるが、議事進行を促す師匠に、ヴェイン辺境伯がうなずく。


「経緯の確認をしよう」

 まずはヴェイン辺境伯側の状況が説明された。


 私達が出発後、ヴェイン辺境伯も城を出発。

 予定では進軍しながら分家や国境守備からの兵を合流させていくはずだった。

 けれど国境が一番早くルアイン軍の攻撃を受けてしまう。敵の数は多くなかったようだが、そちらへの対応で国境からの増援が200だけとなった。

 その後、斥候の報告がないまま至近の分家の増援と町や村からの義勇兵を合流させ、なんとか2000で布陣した。


 ここでようやく戻ることができた斥候から、敵は一万だと知らされる。

 手持ちの兵力とルアインの軍の数から、ヴェイン辺境伯もすぐに行動指針を変更した。

 城の前に布陣し直し、ルアイン軍を遠ざけるというものだ。


 けれど魔術師くずれによる不意打ちで、城の近くに布陣しなおすこともできなかった。

 結果、ある程度城まで近づけたものの、辺境伯は4分の3の兵を失う結果になったのだ。


 一人きりで無数の火球を放つような真似ができる人間相手では、うかつに近づけない。あげく魔術師くずれに手間取るうちに、四倍の敵に周囲を囲まれてしまったのだ。

 ……辺境伯が、私達が駆け付けるまで無事だったのが奇跡だ。


 私の心に、助けることができて良かった、という気持ちと、そのために土人形に踏み潰させた人の姿がよぎる。

 いいや、今は考えちゃだめだ。他の人の言葉が、頭の中に入って来なくなる。

 師匠にも「仲間に生きていてほしいんじゃろが」と言われた。

 大事なことを聞き逃して、私を守ったり仲良くしてくれた人が死ぬようなことになったら、本末転倒もいいところだ。


 次に守備隊長が城のことについて報告し始めていた。

 私は頭をしゃっきりさせようと、手の甲を自分でつねりながら耳を傾けた。


 さて城側の動きだ。

 昨夜から籠城する方向で準備をしていたため、ルアイン軍が来る前に、なんとか城下の人々を収容することができ、城の守りは間に合った。

 でも予想以上の敵軍の数に、辺境伯を救いに行くこともできずにいた。城門を開けたら敵がなだれ込んで来るからだ。


 また、実は城にも魔術師くずれの攻撃があったようだが、これは恐ろしく容赦のない攻撃をレジーが提案し、真っ先に倒したそうだ。

 城門を破ろうとしていたそうなので、対応としては間違っていない。

 けれど聞いた傍から忘れたい方法だったので、話を聞いただけの私も、戦いにおけるレジーの容赦のなさを実感させられた。

 レジーこわい……。


 私を気遣ってみたり、今も平然と報告に耳を傾けている姿からは、とてもそんなことをした人のようには思えない。

 さすがに何も感じないわけではないだろうけれど……彼が言うように、慣れているということなのだろうか。


 なんにせよ辺境伯のことは私やアラン達の動きで解決し、現在は交代で、敵の攻撃を警戒しているようだ。

 敵の動きが止まったままなので、今夜は監視だけで済みそうだとのこと。


 ルアイン軍が動かないのは、昼間のレジーによる煙を焚いての作戦と、私という魔術師がいること。何より私が敵軍の本陣を潰して……将軍格の人間を殺したので、敵も行動指針が定められずにいるのだろうという推測が、ヴェイン辺境伯から語られた。


 多少、無茶をしてでも敵の本陣を攻撃しておいて良かった。なにより、意気地なしの私の代わりにカインさんが見届けてくれたおかげで、敵将の状況を把握できているのだ。

 アランの後ろにいるカインさんをちらりと振り返ると、彼は目を細めて小さく口の端を上げてくれる。

 後で御礼を言ったり、謝ったりしておかなければ。今回は、本当にカインさん無くしては何もできなかったし、最後には意識もうろうの私を抱えて戦うという無茶まで強いてしまったのだから。


「さて、ここからが問題だ」

 ヴェイン辺境伯がやや渋い表情になる。


「敵将を倒したことで、敵が引いてくれればいい。けれども数時間経った今もその様子はない。こちらとしても敵が遠ざからなければ、新たに民兵を召集することもできない。兵力がなければ、領地から追い出すことすら敵わん」

 そこで初めてレジーが口を開いた。


「おそらく、ルアイン側は次の指揮官を決めかねているだけでしょう。キアラ殿の攻撃で、代理になりそうな人間までがいなくなったのだと思います。明日にはそれも終わって、新たな指揮系統を構築して、再び攻撃をしかけてくる可能性が高いのでは?」

 レジーの静かな声で『キアラ殿』と名を呼ばれ、私は胃が締まるような気がする。今は仲の良い友達みたいに接する場ではない。だからそんな呼称を使ったのだと思うけれど、今更ながらにレジーと自分の遠さを感じる。



「他の分家が、兵を集めて威圧するなど、独自に動いてくれたらいいのだが……」

 守備隊長の言葉には、ホレス師匠が応じた。


「無理じゃろうな。北側は引きこもっていられたら御の字じゃろ、イヒヒヒ。進路におったら蹂躙されておるだろうからな」

「そう言えばルアインは北から進軍してきたわけですが……ご老体、ルアインの侵攻ルートをご存じなので?」

 ヴェイン辺境伯の尋ねに、ホレス師匠は笑う。


「わしとて、しかと作戦を聞いたわけじゃないがのぅケケケ。わしに今回のことを依頼した男の元に、サレハルドの人間が出入りしておってな。あそこの国はルアインと手を結んだのだろうと思っておったら、北から進軍するから同時に城を攻撃しろと言われて、これは間違いないだろうと思っておったのよ。……万の数の人間を通過させたのじゃから、ルアインに与するのはサレハルドの総意と思って間違いあるまい」

「二国間で示し合わせたのなら、こちらが動きを察知しずらくても当然、ということか。サレハルドの兵が混じっていたのは、それゆえだったと……」

 騎兵隊長が眉間に縦じわを刻んで呻く。


 これから同じ被害を受けたから相談しようね、と話していた相手が裏切ったのだ。サレハルドの魔獣被害も嘘に違いない。

 ヴェイン辺境伯も魔獣討伐のためにサレハルドが軍を動かしていたことは察知していたようだが、それもルアインの軍の偽装だったのだろうと結論付けていた。


「そこまで協力しているんだ。領土の割譲について、既に話がついているんだろうね」

 レジーが言えば、ベアトリス夫人も嘆息する。


「下手をすると、今回の交渉についてやり取りしていた使者……ファルジア側の者も、ルアインの息がかかっていたのかもしれませんわね。会談の予定そのものが幻で、騙されていたという可能性もあるかと」

「中枢はルアイン側に傾倒している者ばかりなのですか?」

 アランの問いに、ベアトリスは「正確なところはわからないわね」と答えた。


「そもそも、王妃が輿入れしてから年数が経っているとはいえ、ルアインに近しくなる貴族が多すぎるのも、おかしいことなのよ。クレディアス子爵もパトリシエール伯爵もルアインと縁があるから仕方ないとして、他の者には一体どんな手を使ったのか……」

「ヒヒヒッ。脅されたか、なんぞ魅力的な土産を渡されたのじゃろ。しょせんは人の子。己が一番可愛いものよ」

 サレハルドがこちらを裏切ったという話で、状況はさらに厳しいことを再確認してしまったせいか、皆表情が暗い。

 レジーが口にした言葉は、そんな空気を更に重くした。


「リメリック侯爵とレインスター子爵の援軍は、異変があれば進軍するよう依頼をしています。既に狼煙も上げたので、おそらくここから二日ほどの地点には近づいているでしょう。ただルアイン側もこちらが援軍を用意していることに、気付く頃です。短期決戦でまた魔術師くずれなどを使って、門を破ろうとしてくることも考えられます」

「援軍がいなければ我々は動けず、援軍に気付かれれば明日が決戦となる可能性もある、ということですか」

 まとめたヴェイン辺境伯の言葉に、レジーがうなずいた。


「他に、サレハルドが裏切っていたと分かった以上、たった1万の兵で辺境を侵略するためだけに軍を進めたとは考えられないでしょう。別な軍が、既に王都へ進軍しているとも考えられます」

 レジーの予測に、再び皆が沈黙する。


 打開策を考えているのだろう。その策の中には、おそらく私を使うことも含まれているはずだ。

 けれど私にできることといったら、土人形(ゴーレム)を一体走り回らせることだ。しかも時間制限アリである。それではルアインの軍を打ち破るのは難しい。


 でも、と私は思う。

 ルアインの軍をある程度城から引き離せればいいのだ。そしてこちらの攻略をあきらめさせる。


「勝利条件は、撤退させること……」

 つぶやいてしまった私は、しまったと思った。

 勝利条件とか、完全にゲームな考え方だ。でも分かりやすかったのかもしれない。ヴェイン辺境伯がそれに応じた。


「勝利条件か。確かに守り切れば我々にとっては勝利したことになるだろうな」

「撤退させることは確かに重要だ。兵力を増強するにも、遠ざけなければ話にならない」

 応じた騎兵隊長の言葉に、アラン達もうなずく。

 受け入れてくれた空気に押されるように、私は思いきって言ってみることにした。


「あの、王国への侵攻を止めるのは、兵力のことから考えても現時点では不可能です。だからまずそれは考えない方がいいと思うんです。そしておそらく明日になっても、兵は引かないと思うんです。目的がレジナルド王子殿下の殺害ですから」

 ゲームのオープニングで、敵の主力部隊がエヴラール領から早々に出ていったのは、レジーの殺害と辺境伯の城を落とし、王位継承者がいなくなったと思ったからだ。


「そうだね」

 私の意見に、レジーが賛同してくれた。


「ルアインはファルジア王国を乗っ取るために侵攻してきた。なら、今の状況で得られる最上の勝利は、王位継承者である私が生きてること。たとえ王都を占領しても、こちらは王妃よりも継承順位が高い。併合を行おうとしても、他国は黙認できなくなるだろう。他国の簒奪を見逃せば、自国でもそれがまかり通ることになるからだ」


 どの国の王も、武力による下剋上は望んでいない。

 そう語ったレジーはしばし瞑目し、目を開いた時には何かを決めた表情に変わっていた。


「ルアインが他国から合意を得られなくなる状況になる、というのは先方もわかっているだろう。それでもなお、こちらの攻略を保留したくなるようにするしかない」


 彼が続けて語ったのは、援軍要請をしていた他領の軍を使う策だった。

 兵力をエヴラールの潜在兵力と合わせたら、1万五千にはなる。そして魔術師を擁するエヴラール領の軍とことを構えるのは、魔術師くずれを作りだせるルアインとしても避けたいだろう。


「ルアインは今のところ、魔術師くずれを二人しか出していない。それは、大量に作りだすことができない、ということだ。だからこそこちらに魔術師がいることを印象付けるため……協力してもらいたい、キアラ殿」

 更に、レジーが初めて私の力を積極的に使おうとしてくれた。


 その表情はいっそ冷たいと思えるほどだけど、理性的に私が必要だと判断してくれた上でのチャンスだ。

 だからうなずいた。


「承知いたしました」

 その策が、どうしようもなく私を守るものだとわかっていても。

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