雇用契約の変更
会議がある。来てほしい。
そう言われたのは、ひとしきりホレス師匠をいじって遊び、その後マイヤさんが持ってきてくれた食事を食べた後だ。
ついでに師匠は置物ではないことを説明しようとしたら、師匠が置き物のふりをしたために、マイヤさんに可哀想な子かもしれないと思われそうになって非情に焦ったりもした。
結局は師匠が魔法の産物で老人がインしていることを納得してもらったのだが……「魔術ってすごいのね」と感心しながら、マイヤさんが「でもデザインはキアラがしたんでしょ?」と爆弾を落としたことによって、私のセンスがオカシイという認識が確定したりもした。
その後、やっぱりおかしい外見なのかと騒ぐ師匠に、鏡を見せて愕然とさせてみたりもしたわけだ。
そんななごやかな場に、呼び出しが来たのだ。
今度は、召使のおばちゃんが呼びに来たわけではなかった。
辺境伯の騎士が、正式な呼び出しとして私の元へやってきたのだ。
……私は、自分の立場が変わったのを感じた。
たぶん辺境伯は、私が魔術師になったことで扱いを変えたのだろうと思う。
そして呼び出しを受けて、私は数秒だけぼんやりとしてしまった。
軍議に出る。再び敵を殺すための算段をすることになるのだ。
戦争がきれいごとじゃないのは思い知った。この期に及んでも、誰も殺したくないという気持ちがあったり、どうにかできないかと思ったりもする。
けれど思わず悩んで唇をかみしめた私に、師匠がささやくように言った言葉に、決心する。
「お前は、仲間に生きていてほしいんじゃろが?」
私が魔術師になろうとした理由。
砂になりはてるような、普通じゃない死に方になってしまうとしても、その最期を選んだ理由を、ホレス師匠に思い出させられたのだ。
召集に応じることにした私は、まず着替えなければならなかった。
失神している間に木綿の柔らかな寝衣を着せられていた私は、騎士さんに部屋の外で待ってもらうよう頼んだ上で、マイヤさんに手伝ってもらって衣服を改めた。
しかし服を選ぶのに、迷うことになる。
魔獣討伐時は、動きやすいので男物の小さな服を借りて着ていた。すぐに活動するのならそういうものの方が良いかもしれないと思ったが、マイヤさんはぜひこれを着ていけと、一着のドレスとマントを差し出してきた。
厚地でしっかりとした作りのドレスだけれど、私の持っていた物ではない。
色は派手ではなかった。むしろ私の目の色に近い、灰がかった深い緑。そしてマントは、ファルジア王国の軍のものである証の青い色だ。
「ベアトリス様が、キアラにこれを着せなさいって下さったのよ。あなたが魔術師として動かなければならなくなった時に、普通の軍衣ではだめだと言って」
ベアトリス夫人は、就職お祝い的な意味でこの装備を用意してくれていたようだ。しかも私が「魔術師に、俺は、なる!」みたいなことを言い始めた辺りから、作ってくれたという。
なんかお母さんみたいだ……。目からしょっぱい液体がにじんでくる。
しんみりしながらマイヤさんに押されるままに着てしまったが、そこでふと気付く。
あれ。これだと土人形に乗って突進とかできなくない?
さすがにLV1な私だと、触れていないと魔術が解けてしまうのだ。それでずっと傍にいるために、巨大ロボの肩に乗るような真似をしていたのだけど、スカートじゃ風でめくれたりして足が……。
「それも織り込み済みよ」
マイヤさんはにっこりと微笑む。
「こんなドレスを着ていたら、無茶な行動はできないでしょう? だからこれは、貴方への戒めよ」
ぐうの音も出ませんでした。ベアトリス夫人にもマイヤさんにも、私は無茶な子だと思われてしまったようだ。
スカートを着せておけば、裾がめくれてしまうのが嫌で、家の屋根から飛び降りたりしないだろうみたいな、そんな意味合いで服を選ばれるとは。
でも確かに。足を見せたくないのなら、抱き上げて運んでもらうか、かなり慎重に自分の保護について考えながら行動しなくてはならない。
ベアトリス様は策士でございました……。しかも同性視点なので、衣装と言う細かな代物で行動を縛ってくるとは。
敗北感を胸に、着替えの最中は恥ずかしいので毛布の中に突っ込んでいた師匠を取り出す。わたわた動いていた師匠が、ちょっとモグラみたいで面白かった。
その師匠は文句を言いながらも、テディベアのように私に抱えられて会議の場へ移動する。
移動中、すれ違った人達が、私の姿よりも師匠を抱きしめていることに、ぎょっとした顔をしていたが、気にしない。
会議室に到着すると、着替えの最中も扉の外でじっと待っていてくれた辺境伯の騎士さんが、扉を開けてくれる。
広い長卓が置かれた会議室にいたのは、昨日の会議とほぼ同じ人間だ。
レジーが一番上座に、その後ろにグロウルさんが立つ。
その両脇を固めるように辺境伯夫妻がいる。辺境伯も無傷ではいられなかったのだろう。憔悴した顔色で、袖口からちらりと包帯がのぞいていた。
ヴェイン辺境伯の隣にはアランが座っていた。さすが主人公というべきか、あの乱戦の中にいて、しかも私を助けてくれたりもしたのに無傷を通したようだ。リアルで考えるなら、今の彼の技量がLV的にどれくらいなのか気になる。
そして騎兵隊の隊長……が、かなり負傷している。生成りの包帯も、腕を吊って上着を羽織っているところなど痛々しい。辺境伯と共に出陣したので、たぶん残っていた人達の中に隊長もいたのだろう。守備隊長は城に詰めていたからか、大きな怪我はしていないけれど、難しい表情だ。
そして何よりも変わった部分は、私の席が用意されていたことだ。
アランの隣、騎兵隊の隊長との間にある空席。そこにヴェイン辺境伯の騎士が案内してくれて、私に座るよう促す。
魔術師として、戦に参加せよということだ。
緊張で唾をのみこむ。足が震えて、上手く綺麗に座れるのか不安になったが、よろめいたりせずになんとか着席できた。
全員が揃ったので、ヴェイン辺境伯が口を開く。
「まずは自らも指揮を担って下さった殿下に謝意を。そして今回尽力してくれた皆に敬意と、命をかけた者への哀悼を捧げる」
辺境伯の言葉に、全員が小さく首を垂れて黙とうする。
ややあって、震える声で騎兵隊長が悔恨を口にした。
「敵の動きを知るのが遅く、みすみす閣下の兵を無駄死にさせることになってしまいました……」
「それは私も同じことだよ、トリメイン。よもやサレハルドが裏切っていたとは」
前回の会議よりは、状況が明らかになったものがあるようだ。どうやらサレハルドが裏切っていたらしい。敵軍にサレハルドの人間がいたようだ。
「だが、彼女が助けてくれた」
ヴェイン辺境伯の目がこちらに向く。同時に、みんなの視線が一気に集まった。
うっ……怖い。
思わず腕の中の師匠土偶をぎゅっと抱きしめてしまう。
「うろたえるな弟子よ」
ホレス師匠がささやいてくれる。
「この程度の賞賛の視線でひるんでどうする。お前は万の軍を相手に、勝利を得たいのだろうがイヒヒッ。戦場に立てば殺意に満ちた視線にさらされるじゃろうな。しかも数時間前には一度それに耐えたのだから、これくらい軽いもんじゃろ」
「う……はい」
ホレス師匠の言う通りではある。ついさっき、万の兵に大注目されながら、とんでもないお立ち台に上って走り回っていたのだ。
ただあの時は必死だったんですよ……。
周りの事だって、人を殺したショックを考えないようにするだけで精いっぱいで。
でもホレス師匠の言葉で、少し勇気が湧いた。
ぎゅっと目を閉じてからヴェイン辺境伯を見返すと微笑んでくれる。
「ありがとうキアラ。君が身に負うものを覚悟した上で力を手に入れてくれたこと、それで私達を助けてくれたことに礼を言う」
「え、その……なんとか少しでも助けることができて、私もうれしいです」
緊張で心臓がばくばく言っているが、なんとか無難な返事を返せた。
やっぱり「うれしい」と言うのは、少し抵抗があったけれども……。
「ついては、私を救ってくれた魔術師であり、敵の主要陣を討った策を考え付いた君を、侍女という立場ではなく、正式に魔術師として遇したい。受けてくれるだろうか」
「ぐ、ぐうす……」
騎士を士官させるように、私を魔術師として召し抱えたいということだ。
侍女生活に慣れてきていたので、そんな滅相もないと言いそうになって口を一度つぐむ。
だめだめ。これは受け入れないと話にならない。
魔術師じゃなくて侍女のままでいい、なんて言ったら私の処遇にみんなが困るだろう。
この返事だと、私が魔術師として公にされたくない、と言ってることになってしまう。ヴェイン辺境伯達は、そのために対策を練ってくれるだろう。さっき暴れた私のことは死んだことにでもして伏せるという、余計な仕事も増やしてしまうことになる。
あげく、軍議に侍女でしかない私を毎回参加させることなどできない。でも魔術師として協力してもらいたいなら、私に作戦を知らせるため、同席させるための面倒な言い訳を探したり、誰かに伝言を託してみたりと煩雑な手順をヴェイン辺境伯達に踏ませることになるのだ。
うぉぉ、すごい面倒そうな奴じゃないか。だから受けるべき、と小市民根性で逃げ出したい自分を叱咤して返事をした。
「あ、ありがとうございます」
私の回答に、ヴェイン辺境伯達がほっとした表情になる。
――一人だけ、固い表情を崩さない人もいたけどね。もちろんレジーだ。
私が魔術師として活動することで、傷つくのではないかと心配してくれているのだろうと思う。
だけど……後戻りはしない。状況が変動してわけがわからなくなってるのに、大っぴらに従軍できない立場じゃアランやレジーを守れないかもしれない。
まだ人を殺すことへの踏ん切りなんてついてない。
全部レジーに背負わせるつもりもない。
だから今は、味方が死なないように。みんなが生きて切り抜けることだけを考えて、また苦しめばいいと決めたのだ。
とはいっても気が大きくない私なので、ついつい私の保護者に参入したばかりの人に、話をぶんなげた。
「それもこれも、私を弟子にしてくれた師匠のおかげで。まだ師匠がいないと、右も左もわからないんです」
師匠がいたからこそ! と強調した。
あの土人形でダッシュ作戦も、一体しか操れないだろうという師匠に、どこまでの範囲なら私にもできるか、教えてもらった上で実行したのだ。
話の中心に投げ込まれた土偶が、カチャっと動揺したように身じろぎした。
そしてヴェイン辺境伯達の視線も、抱きしめていたホレス師匠に移ったようなので、私はその背後に隠れる気持ちで机の上に師匠を鎮座させた。
さぁ行け師匠。弟子を守ってくださいな。
心の中でエールを送ると、師匠がちらりと私を振り返る。遮光器土偶の宇宙人みたいな目が、なんだかじとーっと私を見ている気がしたが、気付かなかったことにした。




