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私は敵になりません!  作者: 奏多


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SS 未知との遭遇~カイン・ウェントワースの場合~

エヴラール辺境伯領攻城戦 1の前後の話です。

 なぜ、これだったのか。


 カインはじっと目の前の物体を見つめる。

 素焼きの陶器のような赤茶けた色といい、土で人形を作って崩れないのか? と思っていたが、それは大丈夫そうだ。


 しかしこの大トンボかバッタのように大きな目。

 変なくびれがある、三頭身か四頭身かというような胴体のつくり。

 古代遺跡から出土したような、奇妙な模様はやや芸術的とも言えるが、とにかく奇妙な形の人形だった。

 せいぜい熊やウサギのようなものを作るか、老人の姿を模したようなものが出来上がると思っていたカインは、絶句するしかない。


 そうしてカインは思い出す。

 彼女の部屋を訪ねたことはある。戸口で応対するキアラの肩越しでしかないが、部屋の中にはこの土偶の気配を香らせるような代物は無かったように思う。

 ごく普通。

 というか、むしろ女性としては簡素すぎると思うくらいだった。


 年頃の女性の部屋ならば、ぬいぐるみや可愛らしい柄のカバーなどで彩られているものだが、キアラはとんとその方面には興味がないのだろうか。

 せいぜい出元が侍女のマイヤだとわかるような、フリルがついたクッションが目に入るぐらいだった。


 ……マイヤの趣味については、カインとしても理解しがたいものを感じている。

 一度彼女と付き合ったことのある騎士が、上着のほつれを直すというので彼女に預けたら、なぜか「時間があったので」と袖口にフリルを付けて返されたという話も聞いたことがある。

 マイヤの作ったベアトリス夫人のハンカチは全てフリル装備だったとか、いろいろ逸話がある上、実際それをカインも目撃しているからだ。


 とにかくそこから考えると、キアラはもしかして……センスがおかしいから、部屋を自分の好みで飾らないのだろうか?

 そして今回の人形は、彼女のセンスそのものの表れ、ということではないだろうか。

 術を終えたキアラも、自分が作りだした土人形を見てしばし呆然としていた。


「げ……」


 つぶやくような声でそんなことを言うのだから、彼女にとっても予想外の状況なのだろう。

 ……やっぱり、無意識で作ったんですね、キアラさん。


 カインがキアラのセンスに慄いている間に、もう口を動かさなくなった老人から、光が立ち上ったかと思うと赤い石の欠片のようなものが浮かび上がる。

 それが土人形の体に溶けるように消えた。


 幻想的……な光景のはずだ。

 魔術を見るのは初めてだったカインとしても、やや感動しかけたのだが、出元が奇妙な笑い方をする老人で、行き先が奇怪な人形だと、驚きも変な形にしぼんでいく。


「おお、これがわしの新しい身体か!」


 その人形がしゃべりはじめると、ますます奇怪さが増した。

 成功して良かったですね。

 そう言いたいのだが、口元がひきつって言葉が出てこない。


 他の騎士達も、アランも皆、このキアラの作った土人形には唖然としていた。

 彼らの顔を見て、ちょっとばかりほっとした。やっぱり自分の感覚は変じゃなかったと再確認できたので。

 そうして城へ帰る途中のことだ。


「なぁ、ウェントワース……」

 一時間ほど移動したところで休憩を入れた時、アランがこそこそと話しかけてきた。


「キアラはなんで、あんな奇怪な物を作ったんだ? あれに人の魂を入れるとか、どう考えても趣味が悪い」

「聞かれてしまいますよ」


 さすがに趣味が悪いと言われたら、わかっていても傷つくものだろう。だから注意したのだが、アランの口はそれでは止まらなかった。


「だって考えてもみろよ、夜中にあれが廊下を歩いてるところを! 子供じゃなくてもびびるぞ……。そんなことになったら、うちの城が幽霊城呼ばわりされかねないだろ」

「いえ……別にもう死人が出てる城ですから」


 何度も攻城戦を耐えてきた城だ。周囲に埋められた遺体も多く、城内で死んだ者だっている。

 幽霊など今更のことではないだろうかと、カインは思うのだ。


「まさかアラン様、幽霊が怖いのですか?」

「いや幽霊は別に怖くは……。見たことはないが曽々お祖父さまは、十年ぐらいさ迷い歩いてたとか、いやあれは見回りの習慣が死んでも忘れられなかったんだとか言われて、町民にまで笑われていたっていうからな。ちょっとそういう話は恥ずかしいだろ」

 怯えている様子はないので、これはアランの正直な気持ちだろう。


「だからな、あの人形が歩き回ってたり、そのうち慣れて普通にあの人形と話すようになったらだな、僕たち辺境伯家の人間があのセンスを受け入れてるということになるわけで……」

「ようはあのセンスを受け入れたくない、と」

「お前だってどうなんだよ。キアラは平気そうだし、あの人形をこれからもずっと連れ歩くんだろ? いつでも一緒なのはお前の方なんだぞ?」


 言われて、カインも思わず考えてしまう。

 どちらかというと、笑顔で駆け寄ってくるキアラが、あの人形を抱きしめている姿を。

 上手く微笑み返せるだろうか……頬がひきつりそうだ。


 もう一つ想像してしまう。

 逃げてくるキアラが、あの人形を持っていたら。

 抱きとめた後であの人形と目が合ったら、驚きで叫ぶのをこらえるのに苦労しそうだ。


 そんなことを考えていたカインだったが、城が近づいたところで、何もかもが頭から吹き飛んだ。

 まだ時間があるはずだった。

 なのにもう、城がルアイン軍に包囲されている。


 カインは昔、こうしてルアインが攻め込んできた時のことを思い出す。

 戦いに備えて母や弟の行方を探すこともできず、どうして騎士などになったのか。下っ端の兵士であれば、今すぐにでも家族の元へ走っていけるのにと、悔しくてたまらなかったことを。

 今度は家族はいないけれど、主として尊敬していた辺境伯夫妻を失うかもしれないのだ。

 もう一度、あんな目に遭うのかと奥歯を噛みしめていたカインだったが。


 キアラが魔術を使うと言う。

 けれどまだ魔術師になったばかりのキアラには、できることが限られるらしい。

 それでもできる限りの範囲で策を考え出し、キアラはそのために魔術を使って剣よりも強い兵器を作った。

 どんな者にも倒せそうにない、巨大な土の人形を。


「おい、ウェントワース」


 数秒ほど口を開けて巨大土人形(ゴーレム)を見上げていたアランが言った。


「さっきまでの暴言を撤回しようと思うんだ」


 暴言というのは、キアラの師匠ホレスが入っている人形についてのことだ。


「どんなに不格好だろうと、あの人形がいなければこれが出来なくて、だからこそ城を守れるかもしれないと思えば……どうでも良くなった」

 そんなアランに、カインはうなずいた。


「同感ですね。今なら崇めてもいいと思えます」

 そうして土人形(ゴーレム)を見上げる二人に「やったできたー!」と喜んでホレスを振り回していたキアラが声を掛けてくる。


「行きましょう!」


 そしてカインとアランは、同時にうなずいたのだった。

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