エヴラール辺境伯領攻城戦 2
その時、ルアイン軍の兵士達は、不自然な地響きにうろたえた。
「な、何だ?」
「地震?」
ファルジア王国は地震の多い国ではない。けれども火山がある関係で、時折微動を感じる地域はあるし、十年に一度はやや揺れる程度の地震は起きる。
だからこそ地震かと思ったが、その揺れには地を穿つような音まで付随していた。
そして城へ向いている彼らにとって、右手側に、もうもうと舞い上がる土煙に気付いた次の瞬間、現れた奇怪な代物に誰もが悲鳴を上げた。
「何だあれは!?」
指をささずにはいられない。
なにせ自分達の何倍もの高さや幅のある、土色の巨人が走ってくるからだ。
その組成が土なのはわかる。所々に、黄色い野の花が咲く草やら、枯葉なんかが混じっているからだ。
それでも巨人が恐ろしくないわけではない四角い頭にある暗い闇がとどまったような眼窩を見た瞬間、一斉にその進路から逃げ出す。
「ぎゃあっ」
支え手を失った梯子の下敷きになった者が、さらに土の巨人に踏まれてその姿が土くれの中に埋まって消える。
草の根っこが飛び出す足に蹴られた者が、宙を舞った後で動かなくなる。
その光景に戦慄する者たちの前を、二十騎ほどの騎馬が土人形を追いかけるように駆け抜けた。
そのマントの色は青。ファルジアの騎士だ。
わかっても、誰もがすぐには動けない。こんな土人形と相対したことなどないのだ。もっと小さなサイズの魔獣が相手ならばまだ討伐の経験がある者がいただろうが。
動けないうちに、城から矢が降り注ぐ。
そちらへの注意を怠っていた者が、矢に倒れ、さらに軍が混乱する。
しかし果敢に土人形に立ち向かう者がいないわけでもない。
本陣から駆けてきたらしい騎士達が何人か、土人形に向かって剣を振りおろす。
けれど何の痛痒も感じさせることができない。
土と草が飛び散り、青いマントの集団が駆け抜ける。
ルアインの軍に、土人形の駆け抜けた痕が刻まれるように、一筋の人垣の道ができていった。
一方で、青いマントの集団である、私達も必死だった。
「まっ、まだ!?」
「もう少しだ! おい構うな走れ!」
遅れないように、馬に土人形を追いかけさせるアランと私を乗せたカインさん、そして騎士達。
早すぎれば土人形の足に蹴られそうになるし、遅ければ我に返った兵士や騎士の標的にされかねない。誰だって得たいの知れない、倒せるのかもわからない代物より、斬れば血が出るとわかっている人間を相手にしたいだろう。
けれど今の目的は、驚いている敵を倒すことじゃない。
まっすぐに戦場を突っ切りながら、敵兵の注意を城からこちらに向けさせるのだ。
行き先はルアイン軍の向こう、火花が散っていた、おそらくは友軍……もしくはヴェイン辺境伯がいるのではと思われる地点だ。
巨大土人形の走りは意外に早い。
一歩一歩が大きいので、もっと歩く程度だと思ったが、しっかりと腕を振って太腿を上げてのフォームにしてはとろいものの、馬で追いかけるのがぎりぎりの移動速度だ。
現在の私達は、移動することに全精力を傾けているので、戦いながら移動するよりもかなり早いはずだ。
それに対して、土人形を見たショックで1ターン消費するような有様の、敵の動きは鈍い。
まず一度土人形から逃げ、呆然としている間に私達は追いかけられない場所まで遠ざかるのだ。
けれど幻惑の魔法にも似た効果が影響を及ぼすのは初期だけ。遠くからでも土人形が見える以上、少しずつ皆、行動が早くなっていく。
その証拠にルアインの騎士達がやってきていた。けれど私としても、土人形を走らせる以上のことができそうにない。
「くっ……片手間に土の壁でも作れたらいいのに……」
「イッヒッヒ、欲張るな弟子よ。お前さんは魔術師になったばかりであろう」
小脇に抱えるわけにもいかず、背負った袋に入れたホレス師匠に笑われる。
私もそれは分かってる。いうなれば、まだ魔術師LV1の状態だ。それじゃあれこれと出来るはずがない。やりすぎれば、戦いが始まったばかりだというのに砂になって戦線離脱だ。それは嫌だ。
だからできる限りのところで、何もかもを満たそうとしているのだ。
手に余る部分を補うのは、カインさんやアラン達の努力だ。
私達を守る盾でもある土人形は走り続ける。必死についていくだけなのに、万の軍勢の中をたった20騎で横切ることが怖くて、早く早くと焦る。
時間が引きのばされたかのように長く感じた。
その合間に、巨人に蹴り飛ばされた死体。その前に矢で射られて捨て置かれた遺体を見かけて、思わず目を閉じそうになる。
肩をぎゅっと縮めてその光景がもたらす嫌悪感に耐える。
吐き気がする。怖い。
戦で死ぬ人の姿を、私は初めて目撃したのだ。
けれど心が揺らぐと土人形の動きも悪くなる。だから地上を見ないようにして、まっすぐ向こうを睨む。
そんな私を支えてくれている、カインさんの腕に少しだけ力がこもる。私の怯えに気付いてくれたのだろう。優しさに、私は優先させるべきことを再確認する。
そして、待ち望んだ時がやってきた。
土人形の前に人垣ができていく。その先に、炎が見えた。
「着いた!」
私は急いで土人形の足を止めさせる。
土煙を上げて立ち止まったその先に、人魂のように炎をいくつも発生させては、火薬のように破裂させてまき散らす人の姿があった。
かなり広範囲で爆発が起き、魔術師くずれだろう人物の向こうにいる兵士達の集団は、後退を余儀なくされている。
魔術師くずれの方は、黒っぽい皮鎧に、焼け焦げて煙を上げる黒いマントを羽織っていた。
それだけで、どういうことなのか私は察した。ルアインは魔術師くずれを作るため、兵士を一人犠牲にしたのだ。
「なんてむごい……」
前線に立って戦っても、待つのは死かもしれない。けれど抗う術はわずかながら残る。けれどこんな風になっては、もう苦しみながら死ぬ以外に何もないではないか。
助ける方法などない。近い手段は、たった一つだけだ。
それを土人形に命じようとする前に、私の横から飛び出す人がいた。
「せぇええっ!」
気合いとともに、飛び込んで行ったアランが剣を振りおろす。
馬上用の剣は長く重く、その刃の餌食になった魔術師くずれの頭から赤い血しぶきが上がった。
息をのんだ。
どっと倒れた魔術師くずれの兵士は、すぐにさらりと砂へ変じていく。赤い血までもが。
斬り捨てたアランは、その向こうにいる人々を見て、厳しい表情ながら目を輝かせた。
彼らは青いマントを身に着けていた。槍を構えた兵士の後ろに、騎馬がいる。中に青翠の房をなびかせた兜を被った人がいた。
「父上!」
アランが叫ぶ。相手は手を振る。青いマントの兵士達も嬉しそうに表情を緩め、手を振った。
間違いない、ヴェイン辺境伯だ。
よかったと思った瞬間、気が抜けそうになった。
「次の行動に移りましょう」
カインさんが声をかけてくれたおかげで、完全に油断することはなくなった。
馬が反転したおかげで、背後の人垣が閉じかけていることや、こちらを警戒しながらも、魔術師くずれに巻き込まれないようにしていた敵兵が、輪を狭めようとしてくるのを目にする。
まだ敵兵の混乱が続いている。けれどすぐに終わってしまうだろう。
私は二通り考えていたプランの内、一つを実行することにする。
「アラン、次の手に出るわ!」
私が促せば、ヴェイン辺境伯に駆け寄りかけたアランも表情を引き締める。
「大丈夫なのか?」
「私にしか、できないことだから」
お互いに短い言葉を交わし、そして動く。
アランはヴェイン辺境伯率いる兵500人ほどと、ここまでついてきた騎士達を固め、ヴェイン辺境伯にざっと予定を伝える。
すぐにこちらへ振り返って、うなずいた。
「カインさん、ここまでありがとう」
そう言って私が馬から降りる。ここからは私一人でやらなくてはならない。馬も邪魔になってしまうのだ。
しかしなぜか、カインさんもいっしょに降りた。
「え?」
驚く間に、カインさんは自分の馬を辺境伯が連れていた歩兵の一人に預けてしまう。
「な、何してるんですか!?」
「君について行くんだ」
そう言った彼は、ひょいと私を抱えてしまう。
「ちょっ、カインさん!?」
手足をばたつかせて暴れようにも、私はカインさんをけっ飛ばしたいわけでもないし、うっかり落ちて怪我をする余裕はない。困り果てた私に、カインさんが実に爽やかな笑みを見せる。
「さぁこれで私を連れていくしかなくなりましたね?」
「でもカインさん、ここからは都合があって私一人で……」
「邪魔はしないよ。でも君が力尽きそうになったら、抱えて逃げる人間も必要だろうと思いましたからね」
笑いながらも、間近で見るカインさんの目は笑っていない。
私はきゅっと唇を引き結んだ。
「もう大分、疲れているんでしょう?」
お見通しだとい言葉に、でもうなずくわけにはいかない。認めたら、そこから崩れていきそうで怖くて。
だって本当に、私の気力が何かに集中し続けているように疲弊してきて、それを支えるうちに吐き気までしてくるような状態だったから。
「ベアトリス夫人には、君を連れ出すにあたって私が守るからと約束しました。だから離れませんよ」
宣言され、私は観念してうなずく。
いずれにせよ、もう時間がない。敵兵の驚きを利用するにも、私の魔術を操れるだろう時間にも。
そして土人形に腕を伸ばさせ、その掌の上にカインさんに上がってもらった。




