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私は敵になりません!  作者: 奏多


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私の師匠を紹介します

 まぁ、ホレス師匠の外見はとにかく、確認したいことはいくつかある。


「えっとホレス師匠?」

「師匠? ウッヒッヒッヒ」

 師と呼ばれたのがうれしいのか、赤茶けた土の色をした遮光器土偶が身をよじらせる。

 一応、肩と首と大腿部と腰が動かせるようだ。そんなつもりで作ったわけじゃないが、可動域の広いプラモデルみたいなことになってる。

 そして恥ずかしがる土偶はなんかキモいです。


「あの、この術ってどれくらい持つんでしょ? 私初めてでよくわからないんですけれど、師匠の新しい体っていうか、この出した人形っていつまで持つんでしょ?」

「ヒッヒッヒ、若い娘の初めてを、わしが奪ってしまったとはのぅ」

 ホレス師匠の返事に、慌てたようにカインさんが私の耳をふさごうとしてくる。きっと女の子に下ネタを聞かせちゃいけないと思ったのだろう。


 しかし隠喩がわからなければわからない程度だし、私は前世にて鍛えられた素地がある。……ほら、中学生男子とかって下ネタ好きだから。耳に入っちゃうんだよね。だから心配しないでとカインさんに言おうと思った私は、ふと気付く。

 この土偶師匠、やっぱり私と一緒に移動するんだよね? てことは、レジーやアランのみならず、辺境伯夫妻の前でもいろいろ口から駄々漏れる可能性がある。

 よし、今から注意しておこうと考えた私は、下ネタをほざく土偶に、淡々とデコピンの刑を執行した。


「おうっ、痛くはないが何か衝撃だけは来るな」

「なんだ痛くないんですか……まぁ、次はこれでは済まないかもしれませんよ? 私は流せますけどね? 周りの人がうっかりこの新しい体を踏み潰して壊すかもしれませんし、自由すぎる発言はなさらない方がいいのでは?」

「ちっ、やっぱり普通じゃない弟子では、恥ずかしがりもしないか。面白くないのぅ」

 やれやれといったジェスチャーをした土偶は、諦めたように答えた。


「わしの体は、お前さんが力を注ぎ忘れない限り持つじゃろうな。通常の人形なら時間が来ればそれで終わりだろうが。通常は命を吹き込むといっても、術者の魔力が吹きこまれているだけだが、これはわしが入ってるからの」

 ホレス師匠の魂が入っている分、耐久時間が増すようだ。


「まぁ、補給無しでも三日ぐらいはなんとかなりそうな感じかのぅ」

「距離とかは別に関係ないわけで?」

「魔力さえ切れなければ問題ないじゃろ」

 そう言われて連想したのは、電池式のおもちゃだ。

 電池が切れたらとたんに動かなくなる。けれど電池がある限りは、持ち主が旅行に行ったって平気、みたいな。


「どちらにせよ、わしの魂が有り続けるためには、おまえさんと一緒にいなければならんだろう」

「うん、まぁそんな気はしてました」

「え、連れて行くんですか!?」

 ぎょっとしたようにカインさんが叫ぶ。

 今まで静かだったのは、やたら奇矯な造形の土人形を私が作ってしまったり、あまつさえその人形がしゃべりだすのについていけなかっただけだろう。


「魂を生き延びさせる……っていうと変な表現ですけど、それと引き換えに魔術師になる手伝いをさせたんですから、そのつもりでしたよ。あとここで放置したら、恨みごとを叫びながら砂になっていく土偶の話が、数日後に近辺で広まって、たぶん恨みごとの中には私の名前とかあったりすると思うんで、変な噂が立つと思うんです。それは勘弁してほしいです」

 この戦で生き残っても、変な評判がある子になってしまっては、やっぱりエヴラール領に居辛くなってしまう。それは嫌だ。


「……いや、まぁ……そうか」

 私の説得に、カインさんはなんだか苦悩するような表情でうなずいた。

 ややあって、先ほどホレス師匠を射た男を探しに行った騎士達が戻ってきた。逃げ足が速く、捕まえられなかったようだ。


「でも大丈夫。師匠の魂は捕獲しましたし、後できりきり吐かせますから問題ありません」

「捕獲とか、物騒な表現を使う娘だのぅ。まぁ、わしの弟子になるような人間ならばそんなものか、イヒヒッ」

 証言者は確保してるので、落ち込まないでも大丈夫ですよと言ったのだが、騎士達はぎょっとしたように土偶な師匠を凝視していた。


「え……これ」

「ちょっと待て。今確かにしゃべったよな?」

「空耳じゃない……だと?」

 突然の師匠のメタモルフォーゼについていけないようなので、彼らのことは一度置いておくことにした。


 私は師匠の砂になった体と衣服を、街道脇の林に埋める。今の私には、スコップも必要ない。ただ土を掘り起こすイメージを、大地に散在する魔術の力に伝えるだけだ。

 このとき魔術に驚いた騎士達に、カインさんが訳を説明してくれていた。代わりに事情を話してくれてありがとう。


 埋め終えると、師匠が持っていくべき&できればとっておいてくれという代物を、師匠の背負い袋に入れて持つ。

 魔獣対策は終わったのだ。早く城に帰らねばならない。

 小脇にホレス師匠を抱えた私は、またカインさんの馬に乗せてもらった。


 カインさんはやっぱりまだ複雑そうな表情をしており、彼についていくように自分の馬に跨った騎士達も、困惑顔でちらちらと土偶を見ている。

 慣れるのにはしばらく時間がかかるかもしれないな……。

 そんなことを考えながら、私はホレス師匠の魔術的な拘束が途切れ、魔獣たちが三々五々に散って静かになった崖の上まで戻った。


「アラン!」

 手を振ると、真剣な表情のアランが馬を駆けさせて近づいてきた。


「おいキアラ、お前倒れていたみたいだが、無事……のわぁっ!? 何を持ってるんだお前!」

 私の腕を掴もうとしたアランは、その小脇に抱えていた師匠な土偶を見て、思わず手をひっこめていた。


「初めまして、これが私の魔術の師匠になったホレスさんです」

 アランに紹介せねばならないと考えた私は、はいこんにちわーと、私は土偶師匠の両脇を支え、お人形のようにお辞儀させてみた。


「おい弟子よ。わしゃぬいぐるみとは違うんだがの?」

「わかってますよ。だから初めましての挨拶は必要だと思ってやったんですが」

「しゃべって……る……」

 どういうことだ? と困惑した表情のアランは、助けを求めるように私の後ろにいるカインさんに視線を向けた。が、カインさんはゆっくりと首を横に振る。その後目を向けられた騎士達も、何かを悟ったような表情で首を横に振った。


「アラン様、やはり魔術師というのはこちらの想定を超える存在なのかもしれません……」

「むしろ想定外な考え方をするからこそ、キアラ嬢は魔術師になれたのではと」

 騎士達の言葉にアランが首を傾げ、それから目を瞬いて私に向き直る。


「お前、本当に魔術師に……なったのか?」

 遠くから見ただけでは、何をしているのかよくわからなかったのだろう。私がうなずくと、アランがほっとしたような、困ったような表情になる。


「そうか……じゃあ、お前が言ったことは、本当に……」

 つぶやいたアランは、おもむろに馬から降りた。

 彼を追ってきた騎士も慌てて下馬し、アランの馬の手綱を掴む。

 その間に私の足元まで来たアランは、うつむいたまま膝をついた。


「え、なんで!?」

「必要だからだ」

 アランは淡々と告げる。


「僕はお前に謝罪しなければならない」

 顔を上げたアランは、心細そうな目をしていた。

 私はとっさに小脇に抱えた土偶をカインさんに渡し、馬から滑り降りる。

 土偶を押し付けられたカインさんが慌てた声を出す。薄気味悪そうな顔をしながらも、落とさないでいてくれる。


「あの、謝罪ってまさか……」

「君を嘘つき呼ばわりしたことだ、キアラ」

 一か月ほど前のあの日。私が前世のことを、アランに叫んだ時のことだ。


 アランは信じてはくれなかった。ただカインさんの説得にうなずけるものを感じて、黙って私のすることを見ていた。そして昨日からは、本当にルアインがエヴラールを攻めてくるとわかった上、私は言ったとおりに魔術師になった。

 私の話が嘘ではなかったのだと疑いようもない事態になって、アランは謝罪しなければならないと思ったのだろう。


 律儀な人だ。

 でもこんな風にみんなが見ている場所で、主家の人間が使用人に膝をついちゃいけない。だから私は止めようとしたのだ。


「ま、まぁ、それはいいから……」

「いや、よくない。けじめはつけるべきだ……僕はお前を傷つけたんだから」

 しかし馬から降りたのは更に失敗だったかもしれない。

 立ち上がってほしくてアランの肩に手を伸ばしたら、その手が掴まれた。


「え……と、ちょっ!」

 次の瞬間には、私の指先に額を触れさせる――それは、尊敬すべき女性にする仕草だ。


「キアラ・コルディエに謝罪をささげる。これで許してくれるとは思っていない。後でもかまわないから、謝罪を受け入れるために何をすべきか僕に教えてほしい」

 慌てる私をよそに、アランは謝罪を終えてしまう。


「何をするべきかって、えっと」

 正直、こんな大公開状態で公式に謝罪されたら、人の注目を浴びてしまってどうしたらいいのかわからなくなる。


「ほんとは、こっそりと、にしてほしかった……」

 すると謝罪をしてすっきりしたのか、アランは笑顔で立ち上がる。


「うやむやにしたくなかったからな。その要求はもう呑めないから、別なことを考えておいてくれ」

 そうしてアランは再び騎乗し、騎士や兵士達に帰還すると告げる。

 呆然としてしまった私は、カインさんに笑われて我に返り、仕方なくカインさんにまた同乗させてもらう。


「アラン様にしてやられましたね」

「本当ですよもう……。カインさんはアランと付き合いが長いんですから、止めて下さっても良かったのに」

「基本的には、思い立ったら即行動の人ですからね。今のは私も止める間もありませんでしたし、区切りがついてキアラさんも少しはすっきりしたでしょう?」

 そう言われると、もう疑われていないとわかって、私も心が軽くはなっている。けれど素直にうなずきたくない。


「若いっていうのは、いいことだのぅ」

 のんびりとそんなことを言う土偶の首を絞めてみたが、なにせ相手は無生物。苦しがりもしなかったので、ちょっと悔しい。


 そして移動を始めた私達は、約2時間後にはエヴラール城に近い場所まで戻って来ることができた。

 行きのようにホレス師匠の居る方向を探りながらではないので、半分以下の時間で戻れたようだ。

 そこで私達が目にしたのは――エヴラール城へと迫っている軍勢と、ルアインの旗だった。

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