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逃亡します!

「うそうそ……悪役とか何なの……。いや絶対夢。夢よ」


 誰だって悪役になんてなりたくないだろう。

 そもそもゲームと同じ世界って何ですかそれ?

 思わず口から乾いた笑いが漏れる。

 きっと夢を見てる時に、脳がなんか変な妄想を作り上げただけ……と思ったところで、気づく。


 ――この世界らしい考え方でいくならば、鮮明でしっかりと記憶に残る夢って、正夢って認定されてしまうってことを。


「教会の修道士達の仕事の一つが、夢解きじゃないのよー!」


 近隣の王国に至るまで、ほとんどの人達が信仰しているエレミア聖教。

 その教えは清く正しく生きましょうという、よくある代物。

 だけど夢占いみたいなのが、オカルトではなく神からの恩寵と位置づけられている。


 例えば「昨日、なんかすごく鮮明にあこがれのカレに告白される夢みちゃった! きっとカレも私のこと好きなのよ!」と言うと、前世の日本では「夢と現実の区別ついてない変な奴だ」と思われる。

 しかしこっちの世界で修道士のみなさんに夢の内容を話すと、夢解きの解説書をめくりつつ、


「それは相手があなたを思っているからかもしれませんね」

 とか


「残念ながらこれは逆夢と言いまして、むしろあなたが恋慕うあまりに見たものでしょう」

 とか大真面目に解説されるわけだ。


 誰も彼女の夢が現実と関わりがあることを否定しない。

 この常識に当てはめるのなら、私は未来を夢に見たことになってしまう。

 むしろ脳内妄想だと片付けたいこの気持ちの根拠は、前世の記憶にある『正夢なんてあるわけない』という考え方なのだ。


 八方塞がりな状況に絶望しそうになりながら 正夢じゃない可能性を探して、脳内に唐突に増えた記憶を検証してみる。


「そうだ、そもそもゲームのキアラは魔術が仕えたはずだけど、私まだ使えないし。それに、周りで使ってる人も見たことないんだけど」


 魔法がこの世界にあることは知っている。

 王宮お抱え魔術師なんてのもいて、戦場ではかなり良い戦力になるので国が保護するらしい。

 が、魔術師は希少なのだ。

 どうやってなるのかは門外不出で、魔術師からその弟子へと伝えられていくようだ。ただ、悪魔と契約するのだとかまことしやかに噂されている。


 なら、これが前世の記憶だとして、ここがゲームとそっくり同じ世界だとしたら、近い将来、私は悪魔と契約させられるということになるのではないのか?


「やだよ悪魔と契約なんて。清く正しく生きていきたいんだけど私」


 家族にも恵まれず。結婚でも恵まれないことは決定している。

 その上ファウストみたいな真似させられるかもしれないだなんて、人生ハードすぎないか?


 他に否定材料はないかと探すが、王妃の名前も一致。

 主人公の家であるエヴラール辺境伯家というのも聞いた事がある。

 隣国の名前も一致。

 ……もう詰んだとしか思えない。


 しかも敵役だ。

 ゲームで王妃の引き入れた隣国の軍が駐留する砦や町に戦いをしかけると、何回かに一度、キアラが敵として参戦してくる。

 後半までは、攻撃できない場所で巨大土人形を作成して戦う相手を増やす、面倒な敵だ。

 その後王城の近くでの戦いにて、ようやくキアラは離脱することなくフィールドに留まっているので、主人公と仲間たちが倒すことができるようになるのだ。


 土人形を呼び出して使役するキアラの場合、自分を守る壁役の土人形を倒されると、ストーリーシーンに切り替わり、誰かの剣で刺し貫かれる様子がアニメーションで表示される。


 まぁ、倒す相手の絵なんて出せないだろう。

 主人公側パーティの誰でもキアラを殺せるわけで、人数分なんて用意してられないのは当然だ。ラスボスでもないしね。

 あと、主人公側も魔術師を仲間にすることができるのだが、その魔術師が魔法でキアラを倒したとしても、同じように剣で刺されるアニメーションが出る。

 「一つでいいや」という製作者側の決定によるものだろう。

 そのたった一つの殺害シーンを思い出した私は、自分のことだと思うと鳥肌が立ってきた。


「うう、若い身空で死にたくない……ってそうだ。結婚しなきゃいいんじゃない?」


 キアラ・クレディアスにならなければいい。


 今現在魔法は使えないのだから、結婚後に悪魔と契約させられるのだろう。

 魔術が使えない今ならば一般人として生きていけるのではないだろうか。しかも戦争に駆り出されることもない。

 これで前世の記憶どおりに状況が進んでも、生きて行ける。


 ――よし、逃げよう。


 決めると、私はまず寄宿舎に入る時に持ってきたトランクを寝台の下から引き出し、鍵を開けて財布を取り出す。

 たいていの物は養女先から送られてくるのだが、時折小金が必要になる時というのはある。例えば寄宿舎の寮母をしている修道女に、何か便宜をはからってもらう時とか。部屋の掃除をしてほしい時とか。

 そういう目的で持たされていたお金が、10万シエントほど。

 金貨8枚と銀貨19枚に銅貨10枚が入っていた。

 それが残っているのは、部屋の掃除を決して他に頼まず自分でやっていたからだ。


 なにせ私は毒物を所持している。

 養女先のパトリシエール伯爵が、持たせたのだ。

 万が一のためにとか言ってたけど、私になにをさせる気だったんだ……。幸いにも、なにも指示とかされなかったけど。


 捨てようにも、庭の花とか木とか枯れないか心配だったので捨てられなかった。人が死ぬ量だけは教えられたけど、成分とかまったくわからなくてお手上げだったので。

 ……そうか。毒を持たせるような養女先のことだ。結婚した私に悪魔と契約させる可能性って、すごい高いじゃないか。


 今更そんなことに気付き、自分に呆れながら、私は財布を着ていた黒のスカートのポケットにねじ込む。

 そして誰もいない部屋の中だからと、スカートを上げて、太腿に大ぶりのナイフと毒薬の瓶を特製の革ベルトで括り付けた。


 ナイフでの戦い方は、伯爵家に養子になった直後に教えられた。……護身のためとか言ってたけど、筋肉痛になるまでとか、毎日一時間訓練とか、今考えると護身が目的とは思えない。

 毒をもたせたり刃物で戦えるようにしたり、パトリシエール伯爵は私を暗殺者にでもしたかったのだろうか。


 しかしこれからは身一つで生きていかなければならない。

 結構物騒なこの世界で、武器も無しに生きていける気がしない。そこに関しては、毒の扱いとナイフの扱いを教えられたことに感謝しよう。


 さて準備はこれでいい。

 荷物は他に持たなかった。誰かに寄宿舎から出るのを見られても、これなら「教科書を忘れて、授業棟へ取りに行くの」とか誤魔化せるからだ。


 誰かを頼ろうとは思わなかった。

 浅く付き合う友達はいても、彼女達は生粋の貴族のご令嬢。親に逆らって一人で生きる! と話したところで、驚かせ、戸惑わせるだけだ。下手をすると親切心から親元に連絡してくれようとするかもしれない。なのでうかつに話すわけにはいかなかった。


 部屋を出た私は、なるべく落ち着いた足取りで寄宿舎を後にする。

 そこから人に見られないルートを通って、教会学校の敷地の端まで移動した。

 生け垣と学校の石壁の間に隠れ、少しほっとする。

 後はここから出るのみ。


 教会学校のある丘から一番近い町までは、目と鼻の先だ。人ごみに紛れて衣服を取りかえてしまえば、教会学校から逃げてきたことを、少しでも隠せるだろう。

 その後は、養女先が追いかけてくるかもしれないので、最速でこの領地から外へ出よう。

 できれば他国へ行きたいが、この国はそこそこ広い。有名な都市へ行かなければ見つかりにくいだろう。貴族令嬢として育てたはずの娘が、どこかの貧しい町で生活できるとは思うまい。


「田舎よ。田舎に行こう。でもちょっとは裕福な商人とかが暮らしてるぐらいのちょっと大きな町がいいわ」


 そういう所なら、ちょっとお嬢様っぽい行動をしてしまっても奇異には見られないだろう。そして仕事もそこそこありそうだ。


 大まかな方針を決めた私は、夕暮れを待たずに教会学校の壁が崩れた場所から抜け出した。

 学校の周囲は、丈高い木の林に囲まれている。

 そこをつっきろうと足を動かしかけたその時、ふいに馬のいななきが聞こえた。二頭…四頭はいるだろうか。


「……?」


 門の近くだ。

 普段は、司祭が出入りする時と、食料を運ぶ馬車が朝やってくる以外には教会学校に訪れる者はほとんどいない。

 後は学期の終わりや始まりに、帰る生徒を迎えに来たり、入学する生徒を送ってくる時にだけ馬がやってくるのだ。


 急遽、家に帰る必要が発生した生徒がいるのだろうか。それともパトリシエール伯爵が、すぐにでも私を連れ戻そうと、手紙と同時に馬車も寄越していたとか?


 様子をうかがいに行った私は、乗り込もうとしている人物を見てほっとする。

 自分と同じくらいの年齢の男子生徒が一人いた。

 どこかで見たことがあるような気がする人だ。

 この教会学校には貴族やその親族だけが入学しているので、彼も貴族だろう。ということは領地で何か起きて、親から呼び戻されたのかもしれない。


 自分と関係ないのがわかって、気持ちに余裕ができたせいだろうか。

 荷物を積んだもう一つの馬車に目が行った。

 幌がかかって中にどれだけの荷物があるのかはわからないが、そこに潜り込めないだろうか?

 馬車に乗れば、早く遠くまで逃げることができる。養女先が追いかけて来たとしても、姿をくらましやすい。

 こっそり便乗して、教会学校の王領外へ出たところですぐ降りたら、相手にもそう迷惑はかからないだろう。


 これは良い思い付きだと思い隙をうかがっていると、乗り込もうとした子息が学校内へ反転した。なにやら忘れ物をしたようだ。従者らしき銀の髪の少年も後に続く。

 護衛についてきたのだろう、馬上の騎士達5名もそちらに気を取られた。


 ――女神が笛を吹いた。


 思いがけない好機がやってきたとき、人はそう言う。美しい女神の笛の音に引き寄せられるように、奇跡がやってきたのだと。


 その時の私にも、笛の音が聞こえた気がした。

 とたん、私は衝動的に走り出し、幌付きの荷馬車に乗り込んでいた。

 女神の奇跡のおかげか、誰も私に気づかなかったようだ。ややしばらくして、馬車は何事もなかったかのようにゆっくりと動き出す。


 ガタゴトと荷物が音を立てて揺れ出してから、私は馬車の奥へと移動した。

 これなら物音を立てても見つかりにくいからだ。

 大小さまざまな箱が詰まれた荷馬車の上は、足の踏み場もなかったが、大きな箱の中に布で撒いた小さな棚が入っていたので、それを取り出して転がり落ちない場所へ置き、代わりに自分が入る。


 閉ざされた空間の、しかも見つかりにくい場所を見つけた私は一息ついた。

 すると緊張の糸がほぐれたのか、急に眠くなってくる。

 うとうとしていた私だったが……外から聞こえた声で検問を通りがかったことに気づいて息を詰めた。


「検問?」

「なんでも風狼の集団が現れるのと同時に、盗難事件が起きたそうです。風狼を操る盗賊だった場合はやっかいですからね。盗品を持って移動する盗賊の仲間がいないか、調べているそうです」

「まぁ、うちは通過するだけで済むだろうが……急ぎなんだがな」


 幌馬車の近くに、護衛の騎士達がいたようだ。荷馬車の御者と会話している。

 内容から、盗賊を捕まえるための検問らしい。

 間違っても貴族の荷を改めることはないだろうと思い、私も彼らと同じく時間の方を気にしていた。


 なるべく学校から早く遠ざかりたかったのだ。

 さっきまでは素晴らしい案だと思ったのだが、他人の馬車に潜り込んで逃げるというのは、見つかりやすい方法だったのではないかと思い直したのだ。

 滅多に馬車など来ない教会学校。

 逃げ出そうとした女生徒が、歩くより速いと馬車に便乗している可能性に、だれでも気付いてしまうだろう。


「うかつだったかな……」


 そうは思ったが今更だ。

 本当にあの時は、女神の笛の音が聞こえたように思ったのだから。

 ただひたすら祈るしかないのだが、さすが貴族の馬車。検問でも優先されたらしく、ややあってがらがらと車輪が回り出す。


 よし、これなら早々に検問を通過して、今日中にもっと遠くにまで行けるだろう。

 安心したら、さらに眠くなってきた。

 再び動き出した馬車の中、私は箱の内部にぶつかって多少痛むことも気にせず、いつのまにか眠り込んでしまったのだった。

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