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私は敵になりません!  作者: 奏多


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手がかりと協力者

「でも本当に起こるかもしれないの……」

 訴えても、アランの表情は変わらない。


「お前はそもそも、エレミヤ聖教をまじめに信仰しちゃいないだろう。お前をここに連れてくる道中、食事時の祈りの文句はわりとおざなりだった。今の話以外に、夢占の話だってしたことがない。聖日の祈りだって、母上と一緒になって教会に行くのはすっぽかす。それで夢で見たことだけは信じるとかないだろう? お前と同じような程度しかエレミヤ聖教を信じてない僕なら、夢で何をみたところで現実とは違うと考えるだろう。本当になると信じて、危険を触れ回るようなことなんて思いつかない」

 アランの言葉は正論すぎた。

 普段の私は、とても信仰心が薄そうな態度だった。辺境伯家の人々もあまり熱心ではないので、ほっとしていたぐらいなのだ。


「むしろ僕は、お前がパトリシエール伯爵とまだ繋がりをもっていると言われた方が納得がいく。それなら、我が辺境伯家の人間に恐怖心を蔓延させようとしている方が、現実味があるからな」

 疑うのはもっともだ。

 でも違う。私は王妃の元へ行くことや、パトリシエール伯爵の命令から逃げてきたのだ。それだけは信じてほしい。

 でも敵ではないと、どうやって証明したらいい?


「お願いだから信じて」

 でも私は頭が良くないから、上手い言い方が思い浮かばない。

 黙り込むしかない私に、アランがため息をつく。


「話にならないのは自分でもわかってるだろう、キアラ。まぁ、何が情報源であっても、不穏な状況には変わらない。一応父上にも、お前がそう言っていたと伝えて……」

 私は息を飲んだ。

 そんなことを言われたら、きっと私の今までの話は信じてくれなくなる。

 それじゃレジーがルアインの動きについて話したことも、私と仲良くしていたせいで、変な事を吹き込まれたのだろうと、疑われてしまう。

 それじゃレジーを守ってもらえない。

 辺境伯も、何の警戒もしてくれなくて、殺されてしまう。

 もうどうしたらいいのかわからなくて、私は泣きたい気持ちで叫んだ。


「だって、信じないでしょう!? 前世の話なんて!」

「前世?」

 アランが不審そうな表情になる。

 でも、もうアランは私の言葉を疑ってかかってるのだ。これ以上頭がおかしいと思われたところで、気にならない。だからぶちまけてしまった。


「そうよ前世よ! 生まれる前にも一回別な人生送ってたのよ! その時遊んでたゲームと同じ名前と顔の人達がこの世界に生きてるって、思い出しちゃったのよ! このままじゃエヴラール城はルアインに占拠されて、王国が侵略されてしまうのよ! 私だって学校からすぐに逃げなかったら、魔術師にされて王妃の仲間にされて、戦場でアラン達に殺されるはずだった!」

 叫ぶように吐き出せば、アランは呆然とした顔をしていた。


「どうよ、こっちの方が荒唐無稽でしょ! 頭オカシイって思ったでしょう!? だから言いたくなかったのに!」

 私はもういたたまれなくて、その場を逃げ出した。あてもなく城塞塔から駆け下りて、とにかく一人になれる場所を探す。


 でも城壁の上だって歩哨がいる。

 塔の上にだって見張りはいる。当然だ、居ないと困る。だって辺境を守備する場所なんだから。

 探し回った末に、私は城壁のすぐ下、居館から少し離れた茂みに座り込んだ。

 とりあえず人が来ないところで、じっと立てた膝に自分の額をおしつける。


 今更ながらに後悔が押し寄せてきた。

 あんなことを言ったら、アランは益々私を警戒するだろう。ここを出て行くしかなくなるだろうか? でもそれだと、レジーとの約束を破ることになる。

 けど、辺境伯だってアランの話を聞いたら、私をスパイだと疑うかもしれない。きっとレジーに事情を書いた手紙でも送って、私を拘束するか、温情があったら放逐するかもしれない。


 あげく、今までどうにかレジーが上手く誘導してくれていたルアインの動向へ注意を払うことだって、私の流言飛語だと思われて、必要ないと断じられるようになるんじゃないか。

 それじゃ、レジーやみんなが危険すぎる。


「……内側から、壊すしか」

 もうパトリシエール伯爵の所に戻って、人生投げ捨てるつもりで子爵と結婚させられて、魔術師になるしかない。

 このまま待っていられないのだ。茨姫は大丈夫だと言うけれど、それじゃ遅いかもしれない。

 思わず首から提げていた石を服の上から握りしめる。


「どうして、茨姫は正解をくれないんだろう」

 今すぐ魔術師になる方法が知りたいのに。そうしたら、もっと別な方法で説得できるし、信じてもらえなくても、守ることだってできるのに――。

 そこで、ふと変なことに気付いた。


「え?」

 私は手の中の石を見下ろす。

 石は何の変化もない。けれど握りしめて目を閉じると、何かを感じる。

 自分から広がっていく波。どこまでもどこまでもそれが広がって、それがふいに左斜め方向で何かにぶつかるような気がした。


「これは……何?」

 視覚じゃないから上手く表現できないけど、なんとなくレーダー装置が頭の中にあるような感覚だ。そして自分から広がる波がどこかにひっかかると、心臓が強く動く気がした。

 今までなんの変化もなかったし使い方も全く分からなかったけど、まさかと思うけど、これは。


「まさか、魔術?」

 使えはしなくても、今まで風狼や魔術師くずれの人々への異常を感じていた。

 小さくても、その感覚に似ているということは。


「この方向に行ったら、もしかして魔術師が見つかる?」

 思いついた私は、すぐに侍女として与えられていた個室に戻った。

 騎乗しやすい服に着替えて、短い書き置きを残した……もう、戻れないかもしれないから。

 何の力もない身で突撃するなんて、あまりにも一か八かなので、十中八九は死んでしまうだろう。だから死んだと思って探さないで下さいと書いた字は、震えて今まで一番みっともない字になった。


 それからいつも使わせてもらっている馬を厩舎から引き出して騎乗した。自分の足で探し回ってはいくらがんばっても追いつけないだろうから。

 顔見知りになっていた門番は、緊急の用だと言えば通してくれる。


 そうして夜の闇に沈む道の中、馬を走らせた。

 夜道は静かで、城下を抜けると夜目の効く鳥の鳴き声しか聞こえない。

 時々立ち止まって、方向を確認しながら馬を走らせる。けれどなかなかたどり着けない。


 一度川岸で馬に水を飲ませ、近くの木につないだ。

 自分も休むべく、その場に座り込もうとしたのだが、不意に腕を掴まれて飛び上がりそうなほど驚く。


「ひゃっ!」

 まさか物盗り!? 女一人でふらついてたから? と思った私だったが。


「私ですよ、キアラさん」

 冷静な声に闇になれた目を向ければ、側に立っていたのはウェントワースさんだった。

 黒髪や暗い色の衣服が闇にとけこんでいるが、少し日に焼けた顔と淡い茶色の瞳が見える。


 私は別な意味で緊張した。

 雇われる時に、逃げたらスパイだと判断するかもしれないと言われていたのだ。まさか、疑った末にこのまま始末されるんじゃないだろうか?

 するとウェントワースさんがため息をついた。


「多分、私はあなたが不安に思っていることがわかっています。脱走だなんて疑っていませんよ。むしろ、心配はしています。いたたまれなくて家出したのではないかと」

「いえ、で……」

 心配が杞憂だとわかったとたん、私はその場に座り込んでしまう。

 腕を掴んでいたウェントワースさんが慌てた。


「怪我でも?」

「いえ、まだしてません」

「? とにかく戻りましょう」

 そう言ってくれるウェントワースさんに、私は首を横に振った。


「……帰れません。たぶん、アランも辺境伯夫妻も今頃は、私が帰ってくることを喜んではくれなくなってるはずです」

 荒唐無稽な虚言を吐く、スパイ疑惑のある娘。

 そんな人間は戻ってくるより、どこか遠くに行ってくれた方がいいはず。だから私は、もう信じてもらうためには魔術師になる方法を探すしかないと飛び出したのだ。

 ウェントワースさんは「なぜ」と尋ねてくると思った。けれど、


「アラン様とのお話は、聞かせていただきました」

「え?」

 予想外な言葉はまだ続く。


「その上で、アラン様には他の誰かに不用意に内容を告げないように言ってあります。そしてキアラさんが、敵ではないと説得しておきましたので、大丈夫です」

「……どうして、です?」

 あの話を聞いたら、誰だって私を疑うはずなのに。

 しかしウェントワースさんは、泣いている子供を見て苦笑う親のような表情をした。彼のそんな表情の変化が珍しくて、私は驚いてしまう。

 するとウェントワースさんが言った。


「乙女の恥を捨ててまで仲間を助けようとした人を、疑えるわけがありません。あのままでは重傷者が出たでしょう。ありがとうございます」

 うれしい言葉だった。

 ありがとうと言われて、目に涙がにじみそうになる。

 だけどちょっと待って。


「あの、ウェントワースさん。お願いですから乙女の恥のことは忘れて下さい……」

 目の端をぬぐいながら言えば、ウェントワースさんがくくっと低く笑う。どこか落ち着きを感じさせるレジーとも、まっすぐに感情を表に出すアランとも違う声音だ。


「もちろんわかってますよ。でもあなたは不思議な人ですね。わき目も振らずに戦場を走る英雄みたいなことをしたかと思えば、年頃の女の子みたいなことを言う」

 そんな感想を言われたものの……どんな反応をしたらいいのやら。


「いやまぁ、年頃ですし……もう成人しましたし」

 16歳になったんだもの。前世の記憶も14歳までしかどうしても思い出せなくて、それ以上の年齢になってからは、一歩未来に踏みだすような気持ちになっていた。それに結婚してもいい年齢になんだから、お年頃で間違いないもんね。


「そうでしたね。ああ、ウェントワースと家名を呼ばれるのもなんですから、カインと呼んで下さい」とウェントワースさんには軽く流されたけれど。


 あれ、そういえばウェントワースさんて、カインって名前なの? みんなそれで呼んでるし他の人は名前呼びだから、それが名前なんだとばかり。


「私が仕える時に、同じカインという名前の人がいましてね。区別するためにそのまま家名で呼ばれ続けているわけで」

「はぁなるほど」

 同名さんがいたのなら、なるほど納得。そういえば『アランさん』だって複数人いるんだし、そういうこともままあるだろう。


「ではキアラさん、城へ戻りましょう。領内をくまなく警備できるわけではありませんから、ここのように街道から外れた場所はなおさら危険です」

「はい、そういうころならば戻りたいとは思います。アランも黙っていてくれるみたいですし……。だけどもう少し探させて下さい」

「探す?」

 ウェントワース改めカインさんに、私はうなずいた。


「魔術師を、探します」

 もうそれしか、迫る戦火の中でみんなを守る方法が思いつけない。今見つけられなくても、何日かかっても魔術師に接触するんだ。

 まっすぐにカインさんを見上げて宣言した私は、心の中でレジーに謝った。


 ……約束、守れなくてごめんね。

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