番外編6:王妃は遠征に行きたいんです! 4
※時系列について、表記が曖昧だったので番外編6の1に追記と変更を行いました。
※戦争終了時が冬近く。結婚が次の年の春(4月)で、番外編6は結婚後の夏(8月)スタートです。
遠征出発が9月。戦時ではないので、エヴラールまでは三週間弱の時間で移動しています。
エヴラールに来た頃、おおよそ10月くらいと考えていただければと。
婚約式から三日後、私達はエヴラールを出発した。
もう10月に入る頃だ。
兵力はエヴラールで合流した人達を合わせると、全部で一万になる。
前回の戦争で日和見を決めて、派兵しなかった貴族達が張り切ったようだ。
「でも、今回はそれほど戦闘はないだろうからね。簡単には戦功は上げられない」
そう言ってレジーが笑った通り、ルアインからの旅は恐ろしく順調だった。
ヴェイン辺境伯が事前にルアインに兵を潜入させていたこともあって、安全を確認するのはとても早かったのだ。
またルアイン側も、辺境地は抵抗できるだけの兵力を置いていないようだった。
むしろルアインに踏みこんで数日で、領地を治める貴族が早々に降伏の使者を送ってくる。
それは、ルアインで急速に農作物の生産力が落ちているからだった。
このままルアインに所属していると、王家に自領の農産物を送らなければならなくなる。それでは領民が飢える人数が増えるので、エヴラールの一部になってしまいたいらしい。
レジーはそれならと受け入れたものの、出した条件は甘くはなかった。
辺境地を治める伯爵がその地位を返上すること。
私兵達の武装解除を要求した。
なにせずっと、エヴラールとことを構えてきた土地だ。領民にも反感を持つ者もいるだろう。
なのに一番上の人間を野放しにしていては、従うのはエヴラールだという意識が弱くなる、ということをレジーは危惧したらしい。
むしろこの要求を飲めるのなら、後々、所領の半分は戻してもいいと思っていたようだ。
結果、ルアインの伯爵は自分の地位を守るために剣を抜いた。
でもレジーに斬りかかろうとした私兵ともども、倒されたらしい。
……ということを、私は後で聞かされた。
今回はものすごくレジーが私を表に出すことを警戒していて、後方に控えているように言い、エメラインさんとデルフィオン軍で囲んでしまっていたのだ。
私が大人しく従ってしまったのも、理由がある。
もう隠すのが難しい状態になっていたからだ。
遠征についてきた私専属らしい医師には、あまり暴れないようにと言われ……。
ついに、つわりではないかと疑われ始めた。
「そうそう、大人しくしてなさい。大人しくね……」
エメラインさんが持っている茨姫はそう私に囁きつづける。もう完全に隠しきれていない。なにせこの件については先輩だし……。
「そろそろ限界じゃろうけどなぁ。ヒッヒッヒ」
ひとしきり笑った師匠が、今なら私の諦めがつくと考えたんだろう。ゆっくりとした口調で諭して来た。
「もうわかっておるんじゃろ? ここが潮時だってことはな」
「うん……」
王都にいた時は、全くわからなかった。
私もそっち方面の知識が、沢山あるわけじゃないし。
ただ、こういう時どうなるのか、気にはなっていたし、少しは聞いている。
なのに気づかなかったのは、気づきたくなかった面もあったんだと思う。
だけど結婚後すぐに、方々からお世継ぎの話をされて、一月後には落胆されたりしているうちに、夏頃には少し鬱々とした気持ちになっていた。
だから、王妃業も忙しいので考えないようにしていたとたんのことだった。
でもエヴラールまで移動してきた三週間で、驚くほど体調が変わったせいで、さすがにわかった。
でもルアインへ着いてきてしまった。
師匠が言った通り、そろそろきちんと決めなくちゃいけないとは思う。
「でも心配で……。レジーはずっと、死にそうな状況ばかり続いていた人だから。せめて守りやすくなるように、戦争ぐらいは楽に終われるようにしたくて……」
すると側にいたカインさんが私の肩を叩く。
「大丈夫ですよ。ご心配でしょうけれど、万が一の人員はおりますから」
「万が一?」
首をかしげたら、エメラインさんが軍の後方から誰かを呼ばせた。
フードを目深に被った、男物の聖職者のようなローブ姿の人。
その人は、エメラインさんの隣に立ってからフードをずらして顔を見せた。髪は『染めたような』黒。けれどその顔は間違いない。
「エイダさ……」
「というわけで、大丈夫です。魔術師は今回緊急処置ということで、用意したわ。デルフィオンが雇ったということにしてあるし、髪の色も変えて、大規模な戦闘にならない限りは表に出さないので、彼女の身も安全です」
でも、とカインさんがその続きを引き継いだ。
「キアラさんは彼女がいるだけで、十分安心できるでしょう?」
「はい……」
エイダさんなら、大丈夫。
かつては憧れてくれたレジーのことも、見離したりせずに助けてくれる。
「お任せ下さい王妃様。必ず任務はやり遂げます。これも魔術師を雇ったデルフィオンの加点になりますし、ひいてはルシールお嬢様達のためになりますので」
びしっと言い切るエイダさんが頼もしい。
だからこそむしろ、すっきりとした気持ちで行軍から離れる決心がついた。
「宜しくお願いします、エイダさん」
ほっとすると、なんだか涙が出てきてしまった。
決心がついたところで、まずはレジーに報告した。
私は戦闘がもう発生しないということで、既に天幕を張った場所で休ませてもらっていたのだけど。
レジーは忙しいだろうに「こっちが最優先事項に決まっているだろう?」と言って、呼んだらすぐに来てくれた。
そうしてなんの用なのか予想がついていながら、私の口から言って欲しいと促してくる。
そうだよね、自分の口から言うべきだよね。
「あの……妊娠したみたいで」
言ったとたんに、レジーに抱きしめられた。
ぎゅっと力強く腕に閉じ込められて、私はほっとする。喜んでくれているってわかるから。でも聞いてしまう。
「嬉しい?」
「嬉しいよ。だってキアラをもっと自分のものにできたんだなって思うからね」
「え、そこ?」
子供が嬉しいのかと思ったら、ちょっと予想外の言葉が来た。いや、十分に恥ずかしい台詞なんだけど。それを堂々と言われて、喜んでいるのはわかるんだけど。
「子供がいたら、絶対に君が私から離れられなくなるだろうし」
「えええ? そういう意味なの!?」
なんだかものすごい執着っぽい言葉が聞こえたけど、なんか気にするべきはそこじゃない気がするんだ。こっちは頭の中が子供のことで一杯だったんだもの!
「私じゃなくて、子供についての感想をください」
なので単刀直入に催促してみた。
「うん、ありがとう。そっちも嬉しい。いずれはと思っていたから」
笑顔でそう言ったレジーにほっとする。
けど、レジーは少しだけ不安そうな様子を見せた。
「ただ私がこんな人間だからね。まともな父親になれるかどうかの方が心配というか。普通の子供がどう育つのか、知識ではわかっていても想像しきれない感じだよ」
それを聞いて、レジーが喜んでいるけれど未来のことを考えて、戸惑っているのだとわかった。
レジーの生育過程がちょっと特殊だったからだろう。
普通に父母の元で養育されていなかったレジー。しかも周囲が敵だらけだったせいで、カインさん曰く「ものすごく無感動な子供」になっていたらしいし。
だからレジーは、子供に与える環境について、理想が思いつけないのかもしれない。
私はレジーの手を握って言う。
「大丈夫。私やレジーが少しばかり親として足りなくても、メイベルさんとお義母様と師匠がいれば、なんとかしてもらえるから」
私はもう、最初からみんなに手を貸してもらう気満々だ。
それにみんながいれば、マズイところがあった時には、教えてくれると思う。それで手が足りなかったら、メイベルさんもプロ集団を集めてくれるだろう。
他力本願だけど、新米お母さんなので、大目にみてもらおう。
「……そういえば国王と王妃だったね。乳母も雇うことになるだろうし、最初から周りを宛てにしていくべきだね」
「でしょうでしょう? だから大丈夫」
念押しするようにそう言った私に、レジーも微笑んでくれた。
さて、すぐにエヴラールに戻った私。
安定期まではエヴラールに滞在することになった。
そこであらためてお医者さんに診てもらい、問診などの状態を考慮した結果、予定日についても聞かされることになった。
来年の五月くらいだとか。
そこから考えると、今は妊娠二か月目後半。
つわりって思ったより早く始まるんだなと思いながら、ベアトリス様の元でゆっくりと一月ほど過ごした。
その一か月で、レジーはルアインの王都まで順調に到着し、無事に国王のすげ替えが行われたらしい。
けれど後の処理や、一緒に立ち会ったサレハルドやエイルレーンとの話し合いのこともあって、すぐには戻って来られないようだ。
なので、私はカインさんやベアトリス様に守られるようにして、王都へ戻った。
王宮へ帰ってきた頃には、外の風が冷たくなってきていた。
私の侍女さんやメイベルさん達は、既に報告を受けていたけれど、ひとしきり大喜びした上で、ゆったりと過ごせるようにしてくれた。
というか、あまりにゆっくりしてばかりいるので、太らないか心配になってきたぐらいだ。
結局、レジーが帰って来たのは冬に足を踏みこんだ頃だった。
そして春、予定からあまりずれることなく、私は無事に王子を出産した。
名づけたのは、もちろんレジーだ。
でも彼だって名前をつけるというのは、悩ましい事柄だったらしい。
お義母様と師匠やメイベルさん、アランやカインさんたちと頭をつき合わせた上で、ようやく決めたというのだから、その苦悩のほどがわかる。
いつもはぱぱっと自分で決めてしまう人だもの。
最終的に過去にならって、過去の国王から名前を拝借したらしい。
そうして私は、今日も隣で眠る小さな我が子にささやく。
「クリスティアン、元気に育ってね」
ぐっすり眠っている真っ最中のクリスティアンは、すーすーと寝息をたてている。
面立ちがレジーにそっくりなクリスティアンのふくふくとした柔らかい頬を、窓から入る風が撫でて行った。