番外編 5:遠い記憶~カイン~
※茨姫が過去を変える前のお話から始まります。
レジーが死亡し、キアラも既にアランに殺された後です。
目を覚ました時、空気で感じ取った。
何もかもが終わったことを。
かといって、カイン自身が起き上れるわけでもない。
何度か、少し目覚めてはまた眠るというのを繰り返していた。
深い傷を負いすぎて、もう完全には起きて生活できないだろうことは、医者にも説明されていた。
行軍の途中、彼女を庇って負った怪我は、ゆるゆるとカインの命を削ってゆく。
アランには何度も「どうしてあんなやつを庇ったんだ」と詰られたが、その彼も遠い王都へと到着している頃だ。
そして、カインが感じる妙な静けさ。
死期が近づいてくると、そういう空気を、人の顔を見るでもなく察するようになってきていた。
だから暗い顔をした兵士がやってきて、カインにアランの死亡を伝えた時にも……「そうか」という言葉だけ口にした。
アランは、王妃と相打ちになったらしい。
どういう経緯なのかは、詳しくは伝わってきていないようだ。ただエヴラールへの連絡の中継点となったここに鳥がやってきて、その死だけが伝わったようだ。
カインは連絡を聞くと、また目を閉じた。
その知らせはもう、エヴラールへ向かっているだろう。
現状で最も王家の血を濃く引く人物、アランの母であるベアトリス夫人の元へ。
もう彼女を暫定的に女王として、国の建て直しを行うしかない。
けれど夫を亡くした上、子供まで亡くしたベアトリス夫人にその気力は残っているだろうか。
ずっと女傑として見ていた彼女でさえ、アランが出発する前にはかなり意気消沈して、暗い表情しか見せなくなっていたのだ。
周囲がどうにかするかもしれないが……。
聞く限りでは、彼女の気持ちを考慮する余裕があるかどうか怪しい。
それがわかっていても、カインにはもう何も手伝えないのだ。
アランが生きていてくれと懇願するから、なんとか命を繋ごうとしていた。けれど弟のような彼もいなくなったのなら、カインにはもう未練はそう残っていない。
そうして彼は、次目覚めるかわからない眠りに落ち……。
※※※
うたた寝をしていた彼は、目を覚ます。
軽い揺れとともに進む電車の中で、目をまたたいた。そして開いていたはずの隣に、いつの間にかサラリーマンが座っているのを見て、少なくとも数分は眠っていたことに気づいた。
「あー」
小さく呻いて、額を押さえる。
目を覚ましたとたんに遠ざかる夢の記憶を、どうにかして繋ぎ止めたい。
そうしてなんとか、重要なことだけは記憶に刻むことに成功した。
アランが死んだこと。エヴラールに連絡が飛ばされたこと。
それだけでも十分だ。
曖昧なまま、重いぐるしい気持ちだけ残るのは、どうももやもやとして気分が良くないものだから。
記憶に留められれば、原因がはっきりとした分だけすっきりと整理がつく。
昔からなんとなく空想していた物語のその後を、夢に見ただけだ、と。
「自分のことみたいに思う、なんていうのが、おかしいんだよな」
物語を読んでいる間は、自分のことのように思うのは普通だろうけれど、夢でまで自分が登場人物の一人だと思ってしまうのはよろしくない。
しかも、既に世に出してしまった代物だ。
考え事をしている間に、彼は降りる予定の駅に到着した。
今日は親戚の家に呼ばれているので、自宅の最寄りとは違う駅で降りた。
叔母の旦那さんが、持っていた原付をくれるらしいというので、取りにいくことになっていた。新品を買ってもいいけれど、買わずに済むならその方がいい。
駅を出て、すぐに広い道路から狭い路地へと入る。
大きな通り沿いを歩いて行くと遠回りになるので、雪哉はいつも、教えてもらった細い道を歩くのだ。
そうしてしばらく行くと、この道を教えた張本人の後ろ姿が見えた。
肩までの黒髪が、端っだけぴょんと跳ねた女の子。
もう中学生になったけれど、どこかまだ幼い感じのする従妹、千里だ。
あっちふらふら、こっちふらふらと変な歩き方をしている。
なぜかと思えば、少し先に野良猫が歩いていた。それに気をとられて、猫と一緒に右往左往しているのだろう。
昔からそうだが、どうもこの子は何かに集中していると周りが目に入らない。
雪哉は足を早めて追いつくと、十字路の手前で、千里のブレザーの襟を捕まえた。
「ひゃあっ!」
「危ないぞ千里ちゃん」
しかもちょうど、千里の足を止めさせたところで、十字路を車が過って行った。
振り返った千里も、さすがにちょっと驚いた表情になっていた。
「あ、ありがとう雪哉お兄ちゃん」
「お礼より、ちゃんと周りを見て歩くんだ。猫ばかりに気を取られるからそうなるんだぞ」
「でも猫可愛くて……。その、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げて謝る。反抗期だからか、一言よけいなものを付け加えるものの、あっさりと謝るところは素直でいい。
「次からは気をつけなさい」
「うん、雪哉さん」
もう許してくれたと思ったのだろう。千里が脱力しそうなほど、にへーっと笑う。
そんな千里の顔を見ていると、ふと心に過る気持ちがあった。
もし、自分の描いた物語にいた敵の少女が、こんなお気楽娘だったら……。
あっけらかんと逃げ出して、味方にしてとアランの元へ駆けこんだりするのだろうか。
いやいや、とそこで自分の考えを否定する。
「人を殺すような状況で、それはないか」
むしろ現代日本で育った千里がそんな目にあったら、泣いてしまうだけだろう。
そんな考えがつい口をついたせいだろう。
「雪哉さん、何か言いましたか?」
見上げる千里は、ぽやーっとした顔をしている。
けれどその顔に似合わず、可愛らしい洋服を着せ替えするゲームなんかには目もくれず、剣と魔法で敵を倒すゲームばかりしているのだ。
そこを考慮すると、案外いけるかもしれないな、と考えてしまう雪哉だった。




