番外編:4 戦いの後で隠すべきもの~アラン~2
※トリスフィードでキアラがファルジア軍に戻った戦の直後からの出来事です
「いいですわね……。もう相手がいるっていうのは」
話を聞いていたエメラインが、しみじみとつぶやく。
「なんだお前、婚約者が決まっていないのか?」
この年頃の令嬢なら、婚約者がいてもおかしくはないはずだ。
「わたし、自分で追い払ったんです。あまりにも微妙で、領地の役にも立ちそうになくって」
「お、おう……。珍しいな、そういう理由で断るってのは」
父親が、領地に有利になる人物だから選ぶ、というのならわかる。けれど結婚する娘の方が、役に立ちそうにないから追い払うとは。
「さすがキアラと仲がいいだけあるな」
「ええ、キアラさんは私の指標ですもの。ただ結婚については、わたしとキアラさんでは事情が違いますから。それに父が男爵位につきましたでしょう? そうすると結婚相手の選ぶ基準が変わってしまって……」
「ああ、わかる。分家からってわけにはいかなくなるだろ」
「そうなのです。せめて同じ家格の貴族家以上が望ましいのです」
分家の娘なら、分家同士とか、下手をすると領地の大商人を婿に迎えるという方法もある。
でもエメラインは正式な男爵令嬢になったのだ。
跡取り娘として、他の貴族との社交のことも考えると、やはり相手はそれなりの家格がある貴族を選ぶべきだろう。
そんな話を聞いたら、アランは自分のこともふと考えてしまう。
「俺も、この戦が終わったら、釣り書きだけの見合いが来そうだな」
「辺境伯の跡継ぎでいらっしゃいますものね。それどころか、戦争に勝ったら殿下の右腕として、周囲の方から降るように縁談の申し込みがあるでしょう」
「うげ……」
恋に夢見る令嬢みたいなことを言うつもりはない。必要があると思えば結婚はするつもりだ。
しかし戦後に舞い込む縁談の申し込みということは、ろくに戦に貢献してこなかった貴族家とか、そういった面倒な相手もいるはずだ。
変に王族の傍系だったりすると、断りにくい。
レジーの力を借りて断ってもいいが、レジーにいらない負担をかけることになるだろう。
それにあんな両親を見て育ったせいなのか、できれば見知っている相手と結婚したいという希望はあった。
「釣り書きで判断して婚姻、というのは、アラン様も好みではいらっしゃらないので?」
「好みというかだな、辺境はなかなか環境が過酷だろ。ルアインを潰すことができたとして、エイルレーンが絶対に豹変しないとも言えない。サレハルドだってどうなるかわからないだろ。
正直、母上のような好戦的な人間か、じっと耐え忍べるような女性じゃないと……」
たぶん、面倒なことになる。
怖がって泣き出すような令嬢は厄介だ。命を守ることと天秤にかけたら、なだめている時間が惜しくなるだろう。
そもそも今の国際情勢が、予断も許されない辺境伯領に慣れる時間を与えてくれない。か弱い令嬢が戦で荒れている上に、自力で頑張れと放置して耐えられるだろうか。
最悪、実家に逃げ帰られて、離縁ということも考えられる。
その手続きやらも面倒だ。
「私の方は、逆に戦争が終わったら……こちらが申し出ても受けてくれない可能性がありますけれど」
「なんでだ? 一度ルアインに与したからか?」
エメラインは首を横に振る。
「私が、こうして戦に出て来てしまっているからです」
「……あー」
すっかり忘れていた。
貴族令嬢は、戦に出てこないものだ。
ましてや自分で剣や弓を操って、将軍位を得て戦うだなんてありえない。
たぶんキアラに毒されていたのだろう。
「お互い、面倒なことになりそうだな……」
「はい」
二人でなんとなくうなだれる。
結婚。貴族として、領地を保つためにも必要だとわかっているが、激しく面倒だ。
と、そこで「あれ?」とアランは思いつく。
エメラインは戦場に出てくるような、奇矯な令嬢だ。そのせいで結婚が難しくなっている。一応、本人が望んだことなので、覚悟の上なのだろうけど。
そしてアランは、戦争に巻き込まれたら卒倒しそうな令嬢と結婚させられる可能性がある。今後のことを考えると、相手が慣れるまで補助するだけの余裕が自分にも領地にもなさそうで、今から憂鬱だ。
しかし今目の前にいるのは、自分の母のように、自ら戦場に飛び出すような令嬢だ。
正式に男爵令嬢になったのだから、問題あるまい。
この時、アランはすごい解決法を思いついたような気がして、つい口に出してしまった。
「……僕とかはどうだ?」
「はい?」
「結婚相手。お前なら、他の国が攻め込んできたところで怯えることはないだろ?」
「なるほど……」
エメラインが、さっと真剣な表情に変わってうなずく。
「わたしとしても、アラン様でしたらかなり良い条件の方です。ぜひお願いしたいところですが、一つ問題が」
「問題?」
「辺境伯家に嫁入りは難しいんですよ。ただでさえ私、基本的には一人娘ですし。ルシールに家督を継がせるには、色々と時間が必要でしょう。むしろ、そこさえクリアできれば、最高の相手だと思います」
「確かにな……」
淡々としたエメラインの問題指摘に、アランは納得する。
と同時に、こうして理性的に重要な点を話し合える相手というのは、なかなか楽なのではないかと感じた。
きっとエメラインなら、戦場での判断でも感情に左右されすぎることはないだろう。
うっかり口にしたことだが、案外一番いい方法かもしれないと、アランはとても乗り気になった。
何より彼女の扱いについては、キアラみたいに気楽にしても全く嫌がられないので、気を遣わなくていいのでほっとする。
「私としても、この好機を逃したくないと思うのです。むしろ先に、アラン様を私が口説くべきだったと後悔しているぐらいです」
しかもエメラインなりに、素直なのかどうかわからない表現で、アランの申し出を喜んでいるらしいことがわかる。
「それなら、話を詰めておきたい。問題の解決法を考えてしまえば、お互いの結婚問題もこの場で解決するからな」
「そうですね」
およそ結婚問題を論じているとは思えない話し方で、アランとエメラインは話を詰めて行く。
「辺境伯家も子息は僕一人だからな。文句をつけられなくするためには、男だったら戦功があればなんとでもなるんだが」
「戦功?」
そこでエメラインがぽんと手を叩く。
「ようは将軍格を討ち取れば宜しい?」
「そういうこと、だよな。っていうかやる気か?」
「結婚問題が早いうちにかたずけられるのでしたら、ぜひに。
男爵家の領地も荒れましたから、面倒なことを考える暇があったら、そちらの対策に全力を注ぎませんと。エヴラールもそうではありませんか?」
「まったくだ。……ということはエメラインが戦功を得る。それで結婚を勝ち取れば、双方の領地については後でうやむやにできそうだな」
「ですわね。結婚さえしてしまえば、あとは時間が経てばなんとかできると思います。
元はルシールが正式な男爵令嬢ですから、私が睨みをきかせられるようになれば、あの子がそのまま婿をとっても良くなると思うのです。それで不足があれば、心優しいというか、お人よしなキアラさんを味方につけたら、まず殿下は味方につけたも同然ですし、そうしたら口さがない方の口は封じることができますし」
「お前結構あくどいよな」
キアラを尊敬しながらも利用しようという姿勢に、アランは目をまたたく。
ただ嫌ではない。
エメラインが利用したいのは、自分の地位向上のためではないし、ルシールを守るため、そしてキアラを陥れるためではないからだろう。
しかもあくどいと言われたエメラインは、楽し気に笑う。
「あら。このあくどさがあっても領地が守りきれませんでしたのよ? もっとあくどい女にしなければならないのでは? もしわたしに、辺境伯領を守らせたいのなら」
「辺境伯領を守る気があるなら、十分だ。後は戦功で、周囲を黙らせるだけだな」
「ええ、頑張りますわ。その暁には、宜しくお願いします」
「わかった」
そう言って、二人は固く握手したのだった。
アランはこんなに早く面倒な問題が片づいて、心底ほっとしたのだった。
後日、王都での戦いで、エメラインはきっちりと将軍の一人を矢で射抜いて戦功を挙げた。
そうして結婚するという話を、キアラに聞かせたところ、目を丸くして驚いた。
あげく、なれそめ話を聞いてキアラは叫んだのだった。
「私より絶対二人の方がおかしいから! どこの恋人同士が、花嫁候補に戦功を要求するっていうの!?そして婿候補が乗り気ってどういうこと!」
言われてみればその通りなのだが、それで丸く収まりそうなので、いいではないかとアランは思ったものだ。
ただアランは、やたらとあっさりと結婚相手を理性的に決めたせいで……後で苦労することになる。
母である辺境伯夫人ベアトリスから、せめてもう少し恋人らしいことをして! それから改めて決めなさい、と言われたからだ。
この時になって、握手以外で手を握っていないことに、アランもエメラインも気づいたわけだが。
側でキアラとレジーが聞いていたため、二人には、めちゃくちゃ笑われた。
でもその時にキアラが言ったのだ。
「その真っ直ぐさが、アランとエメラインさんらしいなって、今ものすごく思った」
ああ、似た者同士だから、あんなに意気投合したのかと、アランは妙に納得したのだった。




