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私は敵になりません!  作者: 奏多


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番外編3:戦いの後で隠すべきもの~アラン~

※トリスフィードでキアラがファルジア軍に戻った戦の直後です

 一つの戦いが終わって、無事に一夜が開けた。

 サレハルドとルアインの軍を退けるという目的。そしてキアラの奪還も達成したことで、軍内の雰囲気はかなり良かった。


 戦死した者もいた。

 負傷者だって沢山いる。

 それでも、勝てたことは人の心に余裕をもたらす。


 アランもほっとしていた。

 彼女を守り切れなかったと暗い顔をしていたウェントワースも、表面上は平静さを装っていても、触れると爆発しそうなレジーも落ち着いたから。


「本当に、とんでもない奴だよなキアラは」


 拾った時には、こんな風にレジー達に影響を与えるようになるとは思わなかった。


「いや、レジーは最初からか……」


 しみじみと思いながら、アランは砦の壁の上を歩いていた。

 完全に敵がいないことを自分の目で確認しないと、やっぱり安心できない。だからこうして高い場所に上がっていたのだ。

 そうしてアランは、ふと下を見下ろした時に、壁の外にいる人物を見つけた。


 エメラインだ

 敵がいなくなったとはいえ、ほんの三人ほどの部下が近くにいるだけというのは、不用心ではないだろうか。

 アランは注意をしに行くことにした。


 そうして砦の外へ出たところで、彼女が砦から一番近い木の側に、花を置いていたのを知った。

 花をたむけるといえば死者だ。

 でもデルフィオンの兵士の場合、遺体を領地へ送ったはずだ。

 対象がわからなかったが、花に隠れるように、鉱石がごろっといくつか置かれていたので、ようやくアランも察した。


 土ねずみだ。

 キアラを救うために、エメラインが繁殖させていたものを運んで来た。

 もちろん人の言葉を理解しないやつらだし、好き勝手動くので、綺麗に撤退させることもできない。

 だから数匹は犠牲になっただろう。


 アランは思わず、エメラインに近づいていた。

 十数歩離れた場所で、エメラインが人の足音に振り返って、目が合う。

 アランはそのまま、彼女の隣に並んで花を見下ろした。


「なんだ……その、可愛がってたのか?」


 それなのに利用して、殺させることになってしまった。それをアランは、申し訳ないと思ったのだった。

 エメラインは表情を変えることなく応える。


「それなりには。でも、人の命には代えられませんし、彼らじゃなければ今回のことも上手く行きませんでした。だから私は、後悔はしていません。キアラさんも無事に助けることができましたもの」


 あいかわらず、一本やたら太い筋が通っているような人物だと思う。キアラみたいに変で、でもやっぱりキアラとは違う。


「そうそう、土ねずみの末路は伝えないでくださいね。……でなければ、キアラはさんはまた気に病んでしまうでしょう。それは彼女の精神安定にも、今後戦うためにも良くありませんわ」


 エメラインは土ねずみが死んで悲しいと思っているだろうに、キアラのことを最優先にした言葉を口にする。

 でも彼女は無理をしているようでもない。真剣にそう考えているらしいことはわかるけど。


「お前、どうしてそんなにキアラに入れ込んでるんだ?」

「私の運命を変えてくれた人ですから」


 エメラインは微笑む。

 そしてアランはエメラインの言葉に、またかと思う。


 あいつは何人の人生を、変えさせているんだろう。

 もちろん、人が誰かと関わることで変わることなんてあるのはわかっている。けれどキアラは異質だ。

 あいつに出会った人間の何割かは、殴られたあげくに、気づいたら目の前に扉が出来ていたような、とんでもない体験をさせられる。


「あいつは、ただ必死なだけなんだろうけどな」


 ろくに横や後ろを見ちゃいない。

 危なっかしいけれど、その分だけ強い印象を残すんだろう。

 思わずつぶやいてしまったアランに、エメラインが同意してくれる。


「そうですね。ただ行動する度に、彼女を見た人は前に向かって走ることを思い出すのかもしれませんね」


 立ち止まっていた人間も。歩くしかなくなるくらいに。

 そうしてエメラインは、ぽつりぽつりと語り出す。


「私も、キアラさんがいなければ前に走ろうとは思いませんでした。たぶん土ねずみを飼おうとも思いませんでしたし、デルフィオンを生き延びさせるために策を弄することもなかった。

 軍を率いようとも思わなかったでしょう。でも、ただ助けてくれるのを待って泣いていただけじゃなく、はっきりと自分が選んだ道だから、失敗しても後悔しないでいられます」


 エメラインはアランを振り向く。


「貴方も、貴方の周囲の人も運命を変えられたのではありませんか?」


 そう言った彼女は、いつになく穏やかな表情をしていた。

 レジーと話していた時は、臣下のように緊張しながらもどこか腹に策を抱えてそうだった。でも今の彼女は、キアラと一緒にいる時のように、自然だ。

 だからアランも、素直に応じた。


「そうだな。あいつがいなかったら。僕の父も、レジーもどうなるかわからなかった。とても感謝してる」


 言ったのは、ただそれだけだ。

 他にはなにも気配すらさせていなかったのに。


「……キアラさんが、お好きですか?」


 唐突なエメラインの問いに、アランは苦笑いする。

 一体どこをどうしたら、そういう発想になるのかと。


「いや……。あいつは最初から、レジーの側にいるものだと思ってきたから。

 それに僕は一度、あいつに酷いことを言った。あいつは許してくれてるし、それについて恨みなんて一かけらも持ってないってわかってる。だけどやっぱり負い目に感じるんだよ。あいつは人を助けたくて、だから話してくれたのにって」


 だからエメラインの言葉に呆れていたのに、気づくと、ずいぶん素直に話していた。

 ずっと後悔をしていたこと。

 涙目で、心の底から叫ぶように打ち明けた言葉を、アランは信じなかった。

 ありえない。ふざけているのかと。


 でも少し考えれば、わかるはずだった。

 あのキアラに腹芸なんてものは不可能だ。

 レジーが振り回されているのは、キアラが策を弄したからじゃない。まっすぐにぶつかっていくから、レジーもまっすぐに対応するしかなかったからだ。


「キアラは僕が真っ直ぐな人間だって言う。でも僕よりあいつの方が真っ直ぐなんだよ。思い立ったらもうそれしか見ないんだからな」


 アランは自分のことを、けっこう回り道をしている人間だと思う。

 自分もレジーも、今まで蓄積した知識や感覚を頼りに先を予想して、考えた上で判断している。


 レジーはその判断が早い。

 アランは一度立ち止まって考えてしまいがちだ。

 キアラを助けることにしても、レジーは様々なものを考え合わせた上で、即安全な人間だと結論づけていた。アランはそう言われても、まだ少し警戒していた。

 警戒がほぐれたのは、キアラが想像以上に、うっかりで隠し事が苦手な人間だったからだ。


「まぁ、真っ直ぐな代わりによくあちこちで転んでるからな。レジーが横にいるくらいでちょうどいいんだろう」


 足すと丁度よく人並みになるだろう……キアラが。

 もしかするとレジーも。


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