番外編1:土偶センパイと後輩ハニワ1
8/25に完結巻が発売されることとなりました。お祝いと感謝を込めて、番外編をいくつか掲載します。
※今回は、王妃との戦闘後の、リネーゼの話です。
ふわふわとした気分だった。
腕も、体も、砂になっていくのは不思議と痛くは無かった。
怪我ではないから?
でも魔術師くずれになったり、魔術師になる時にはあんなに苦しんだというのに、それもない。
ただ静かに、受け入れる気持ちで……リネーゼという名の人物は死んだはずだった。
けれど呼ばれた気がして気付いたら。
「え?」
目の前に、キアラ達が見える。レジーも。
結局、息子として話しかけることができたのは、最後の一瞬だけだったから、私の未練がこんな夢を見せたのかと思いそうになったけど。
小さな「ウッシシシ」という笑い声を聞き、キアラが紙のように白い顔で、笑った顔を見た瞬間にわかった。
私、生き返らされたんだ!
「ちょっとおおおおおおお!?」
嘘でしょお!?
私思いっきり「みんな元気でね!」とかいう調子で別れの言葉を言ったのに、その現場に忘れ物して戻って来たみたいじゃないの。かっこ悪い! 恥ずかしい! 逃げたい!
「うそおおおおおおお!」
でも絶叫しながら自分の体がなんだかおかしいことに気づく。
待って。普通の人の体じゃないよねこれ?
腕を上げ下げしてると、変な音がするのよ。カチャカチャカチャって。
こんな状態の人を一人、知っていた。
思わずその人物の方を向けば、騎士に抱えられたそいつが「ヒッヒヒヒヒ」と笑う。
「おお、いい姿じゃのう。とうとうわしの仲間が増えたか」
「なか、ま……」
私は周囲を見回した。
視線が、いつもよりかなり上を向かないと、レジー達の顔が見えない。
そしてまっすぐに向いたところで、気絶したキアラの背中あたりが見えることに、床からの私の今の身長を察する。
小さい……っ、あの変な人形じいさんみたいに!
キアラになんとかしてほしくても、どうにもならない。
一命をとりとめて、こんこんと眠る人を叩き起こすことはできないし。
「うそ……」
私はその場に転がった。
気絶したい。だけど人形じゃ気絶もできない。
そんな私だったが、じいさん人形を抱えた兵士が命じられて、その腕に拾い上げられてしまう。
くぅぅ。こんないじわるじいさんと一緒に扱われるだなんて……。
「殿下、まずは王妃を討ち取ったことを知らせて、戦を終わらせましょう。王宮内も掃討しなければ、彼女を眠らせておくこともできませんよ」
言われて呆然としていたレジーも動き出す。
「そうだね……カイン、頼むよ」
「承知いたしました」
レジーが支えていたキアラを、側にいたカインが抱え上げる。
私がいなくなった後、うちのレジーにとても良くしてくれた騎士だと聞いている。そしてキアラの専属護衛騎士。
だけど今までの行動と、大事に抱え上げる仕草に私もわかる。
ああ、このカインという子も、キアラのことが好きなのねと。
だからレジーもカインに彼女を任せるんだろう。彼女を絶対に守ると信頼できるから。
そうして移動しようとした時に、レジーが私に言った。
「後で、話を聞かせて下さい」
気絶したかった私は、どう答えていいのかわからない。
とりあえず何も言わないというわけにもいかないだろう。無言でうなずいたら、レジーはそれで納得したようだ。
私を抱えた兵士と氷狐、他にも騎士二人と兵士が三人、一緒にカインに従って謁見の間を出た。
カインは、謁見の間から離れた部屋にキアラを連れて入った。
客室の一つだ。私も王宮の間取りについてはよくわかっている。
階段に近くて、何かあれば逃げ出すことができる。二階なので、突然外から侵入されることもない部屋。
「王都の壁の外にいる軍が王宮に来るまでは、まだ臨戦態勢が必要だ。警戒する者と、守りながら休む者と分かれてくれ」
カインは先に警戒を行う者を、扉の外や階段近く、そして窓際にと配置し、休む者を部屋のソファに座らせて水も飲ませる。
自分は椅子を移動させて、寝台に横たわらせたキアラの側につくことにしたようだ。
私とホレスはキアラの枕元に置かれた。
「キアラさんの怪我は大丈夫なんですよね?」
塞がったとは言ったけれど、魔術のことなので何もわからず不安なのだろう。
普通に私に尋ねたカインに、うなずいてみせた。
「怪我は大丈夫だと思う。キアラに聞いた『治った感覚』も再現できてるはずだから」
「後から魔法を使っておるし、一応こいつの魔力も安定しておる。眠らせておけば大丈夫じゃろ」
隣のホレスがまた笑う。ちょっとこの人笑い上戸すぎじゃないかしら?
それよりも、少し落ち着いたところで、私はカインに頼んだ。
「あの……一体私、今どういう姿になっているの?」
「ええと」
カインは言いにくそうに視線をそらした。
隣のホレスは「ウッシシシ」と笑うばかりだ。
「なら、そこに鏡があるでしょう? 見せてくれない?」
言いにくいらしいので、そう言えば、カインがものすごく困った表情で言った。
「……覚悟を決められた方がいいですよ」
「そこまで言うのだから、そこのおしゃべりなじいさんと同じくらい、奇矯な人形の姿なのね?」
「いえ、ホレスさんよりはあっさりめというか」
「あっさりめ!?」
カインの言葉に、部屋にいた騎士や兵士がぷっと吹き出した。
「確かにあっさりかもしれませんな」
騎士がそう言うと、ホレスが変な対抗心を抱いたのか言い返す。
「わしの方が芸術的なだけじゃ! ほれ、さっさと見てこんかい」
芸術的だと言って、ホレスが張り合うようなら、もしかして少しはマシなのではないだろうか。
私はほんの少しだけ期待しながら、カインに部屋のドレッサーの前へ運んでもらったのだけど……。
「マシっていう言葉の定義について、問い詰めたいんだけど」
確かにあっさりだった。
でもこれって、むしろのっぺりしていると言うべきじゃないの? そして変さでは、ホレスと変わりない。
まぁ、少しは予想できていたことだったので、人形になって現世に繋ぎとめられたんだと気づいた時よりは、ショックは少ない。……嫌だけど。ものすごく嫌だけど。
それにしても。
「キアラって……趣味悪い子なの?」
「いえ、そういうわけでは……ないと、思いたい……?」
「どうして最後が疑問形なの?」
「人形限定でおかしいのかを、ちょっと考えていまして」
他は普通だと言いたいのね。それが惚れたせいで目が曇っているから、ってわけではないよう祈っておくわ。
「なんにせよ、要抗議案件ね」
じっとドレッサーの上から、キアラを睨んでしまう。
いえ、睨む目にはできてないと思うわ。
まん丸よ、まんまる。
怒ったって、これじゃ怖く見えないじゃないの。困ったもんだわ。
「ところで、本当に……リネーゼ様でいらっしゃるので?」
疑問に思うのも仕方ないわ。カインは生前の私と会ったことはなかったものね。
「そうよ。レジーの母親で間違いないわ」
「そうですか……良かったです」
カインは安心した表情をしていた。
そして彼は、他に兵士などもいるせいか、この場ではそれ以上突っ込んだことは尋ねなかった。




