祝福の日に願うこと 2
結婚式は、王宮に近い大聖堂で行われる。
大聖堂へは、レジーと一緒に馬車に乗って王宮から移動した。
その日は綺麗に晴れたので、天蓋のない馬車だ。
道の脇に詰めかけた王都の人々に見られながら、私とレジーは大聖堂への道を運ばれていく。
その間、不思議と緊張しなかったのは、馬車の先導をしているのが……ヤギだったせいだろう。
もちろんそれは結婚式に駆けつけたエニステル伯爵の大ヤギで、エニステル伯爵はどうしても先導役をやると言って聞かなかったのだ。
「王都を奪還して間もありませんからな。大聖堂の中という安全な場所にて眺めるのではなく、拙者は陛下を愛馬とともに守らせて頂きたいのでございます」と言って。
その大ヤギも結婚式仕様ということで、首に色とりどりの花を使った花輪をかけて飾られている。
ついでにエニステル伯爵も花輪を頭に飾っていて、おかしいやら可愛いやらで自然と笑顔にさせてもらってありがたい。
レジーと何度となく視線を合わせては、くすくすと笑ってしまった。
……国王の結婚式だから、内輪の気安いものにはならないのはわかっていた。けれど、もっと格式ばって息苦しいものになるかと思っていたので、エニステル伯爵にはとても感謝している。
馬車の後ろをついて来るのは、レジーの近衛騎士隊だ。グロウルさんやフェリックスさん達が、黒っぽい軍装に青いマントをひらめかせて馬を歩かせている。
王都の道の脇には、予想以上に沢山の人が詰めかけていた。
まだ完全に避難した人達が戻ってきていないはずだけど、結婚式のために物が集まり、人が集まったのでとても賑やかに見える。
やがて大聖堂へ到着した。
馬車から降りる時、先に降りたレジーが声を掛けてくれた。
「おいで、キアラ」
そう言って、手を貸すどころか私の腰を掴んで抱え下ろしてしまった。
腰のあたりをぎゅっと締め、裾が広がるように作られた白いドレスがふわりと舞う。
冬の間に作り上げたドレスは、胸元から腹部までは繊細なレースが重ねられていて、小さな真珠がいくつも縫い取られていてとても綺麗だ。
頭には銀と金剛石で作られたティアラと、ドレスの裾を覆うほど長いマリアベール。
ファルジアにもベールを被る慣習があったようで良かった。ちょっと古風だと言われたけれど、前世でとても憧れていたので、お願いして作ってもらったのだ。
しかも運よく、透ける様に細かな柄の真っ白なレースの布が手に入った。
何よりも、一度しか着せるわけにはいかないから、後悔しないように欲しいものを用意するように言ってくれたレジーに感謝だ。
あと、ファルジア前国王がケチって資産を使わないようにしていたことと、侍従さん達が国王が行方不明になってすぐに、ある程度の宝物を密かに隠していたおかげだ。そのため王家が資金繰りに困るような事態は無くなったと、レジーが言っていた。
あとマリアンネ王妃が贅沢をしないので、戦争前にも資産があまり減らなかったおかげでもあるとか。
そもそもマリアンネ王妃は、自分が贅沢をすることとかには興味が無かったらしい。着ていた服も全て、暗い色のルアイン風のドレスばかりだったそうだ。
マリアンネ王妃に殺された前王も、服飾品にお金がかからないことだけは評価していたというので、なんとも言えない気分になる。
まぁ、戦が始まる前後から、戦争の資金として隠しきれなかった分はかなり使ったようだけれど。
ともすると、どうしても戦争のことに意識が向いてしまいそうだけれど、この日ばかりは過去を振り返るのを止めなくては。
私は改めてレジーを見る。
今日は戦争時に着ていたものより手が込んだ刺繍がほどこされた軍装に、裳章を肩から斜めに掛け、王様らしく真紅の長いマントを身に着けた姿だ。
私の手を引いて歩いてくれる姿は、とてもきびきびとして格好良くて……頼りがいに満ちてる。
大聖堂の石の階段を上がり終えた。
馬車がそのまま入りそうな大きな扉の前には、エヴラールの騎士達が両脇に整列していた。
レジーと私が近づくと、一斉に抜身の剣を頭上に掲げる。
その間を通り抜ける時に、一番奥にいたカインさんを見つけた。
アランがレジーを手伝うため逗留しているのに伴って、カインさんもアランの騎士としてずっと王宮にいてくれている。
戦争の間に完全に兄の立場を貫くことに決めたらしいカインさんは、冬の間も妹として親しく扱ってくれていた。
そして今も、私とレジーを見てまぶしそうに目をすがめて、口元を微笑ませている。
「おめでとう」
目の前を通る時には小さく声を掛けてくれたから、私は笑ってうなずいた。
扉を潜り抜けると、すぐに広い礼拝堂だ。外縁に列柱の回廊を備えた礼拝堂の中央には、緋色の絨毯が敷かれている。
その両脇には、祝福のために駆けつけてくれた人達がいた。
最前列にいるレジーや私に最も近い親族になる、ベアトリス夫人やヴェイン辺境伯様。アランの他には、一緒に戦ったジェローム将軍、エメラインさん、エダム将軍もいる。
そしてベアトリス夫人が茨姫を抱え、アランが師匠を抱えてくれている。
師匠がいてくれて良かったし、レジーの結婚式にお母さんである茨姫が参列してくれて、本当に良かった。
……他の貴族に、変な人形を持っているなと気味悪がられたことは、本当に申し訳ない。
その他にも、国王の結婚式に出席するために領地から出て来た沢山の貴族達の姿がある。
笑顔で見守っていてくれる仲間の前を歩き、やがて祭壇の前に到着した。
私達を待ち構えていたのは、金の刺繍をほどこした白い帽子と装束の教主だ。かなり高齢らしい白い眉毛の教主のおじいさんは、聖書の結婚に関する章を読み上げた。
最後に、私とレジーに祝福の言葉を送って「誓いの儀式を」と促す。
私はレジーに向き直った。
レジーが私のベールの前側を持ち上げて、私の顔を露わにする。
ベールをしていたせいか、自分の顔を見られることに照れを感じた。
いつもと違い、私も多少ながらお化粧をしてもらっていたのだけど、その分だけ変にお化粧が落ちたりしていないか不安になった。
「あの、レジー……」
変じゃない? という言葉を口にする暇もなかった。
レジーが素早く口づけて離れてしまう。
目を丸くしている間に終わってしまって、私は拍子抜けしてしまったのだけど、レジーは小さく笑って言った。
「いつでもキアラは可愛いよ。心配する必要はないけれど、君がキスする時の顔を大勢にじっくり見せたくはなかったからね」
だからさっさと済ませたというレジーに、私は思わず顔が熱くなる。
こんなにも、自分のことを好きでいてくれる人と一緒にいられる。その命を守ることができたことに、今さらながらに誇らしい気持ちになれた。
そこで教主が、結婚の宣言を行った。
参列者の祝福の応答と拍手が礼拝堂の中に鳴り響く。
そうして私は、レジーと一緒に大聖堂の扉へ向かって歩き始めた。
参列者が撒く花弁の雨の中を通り抜け、青い空の下へと踏み出す。
前世のことをはっきりと思い出して、逃げ出そうと決めた日には、こんな未来になるとは思いもしなかった。
きっと一人きりで生きて行くことになると思っていた。
でも今、自分を支えて見守ってくれる人達がいて、手を握り合って歩いて行ける人と出会えた。
そのことが嬉しくて。もう一度馬車に乗ったところで、ささやくような声だけど、言ってしまった。
「レジー……好き」
はっと気づけば、珍しくレジーが照れたように視線をさまよわせ、私の手を握ってささやいた。
「キアラ、こんなところで卑怯だよ。だから、後でもう一度言ってもらうからね?」
これにて本編は完結とさせていただきます。
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