そして始まる最後の戦い3
「ああ、初めて使うからどうなることかと思ったけど、これで少し脳が足りない鳥の代わりに私が動けるわ」
王妃の顔の方が嬉しそうに言うと、魔獣が嘴から大きく空気を吸い込む。
「離れて下さい、炎が来る!」
カインさんの声に、私は急いでみんなの前に壁を作ろうとする。でも間に合わない。魔獣の口から炎が吐き出された。
「ぬおっ!」
師匠が滑り込むようにして魔獣の前に立ちはだかる。それで辛うじて炎が直撃しなかった。漏れた分は、ルナールが吐いた吹雪で遮られる。
無事だった騎士達に、レジーが指示した。
「撹乱に徹しろ! 直接攻撃するのはこちらに任せるんだ。キアラはホレスさんの方を!」
確かに、師匠が無事じゃなければ、ニ撃目が来た時に耐えられない。その間の時間稼ぎをレジーがするつもりなのか、剣を手に魔獣に近寄ろうとする。
不安になる私に、ルナールの力で剣を凍らせたカインさんが言った。
「殿下には私がついています!」
カインさんは、ルナールと一緒にレジーに続いた。その手に持っている剣は、ルナールの力で刃が氷で長く伸びている。それなら、と私は師匠を優先した。
「師匠大丈夫ですか!?」
「魔力が強い炎だからなんじゃろうが、少し溶けてしまったわい」
師匠の説明通り、土人形の前側が溶けたように削れて、板みたいになっている。慌てて周囲の瓦礫を使って修復した。
「本体は?」
「手で庇っておった」
頭の上の師匠も、なんだか少し表面がつやつやしている。ちょっと溶けかかった!?
「少しどうにかしないと……」
「そんな暇はないぞ弟子」
言われてレジー達の方を振り返る。
小規模な雷と氷の刃で魔獣の意識を引きつけ、茨姫が蔓で鳥の口を塞いで吐き出される炎の威力を弱める。それをルナールの吹雪で相殺する。
炎が吐き出されない間も、翼から発する炎が二人と一匹を炙る。
威力が小さい攻撃では、やはり間を繋ぐくらいのことしかできない。
それどころか、魔獣が炎を広範囲に降らせるためにか、また飛び上がろうとする。
「師匠、お願いします」
頼めば、師匠が土人形を走らせて魔獣の足に取りついた。魔獣はバランスを崩す。
「レジー!」
私はレジーの側にたどり着いて、その肩に手を触れる。
察してくれたレジーが剣を掲げ、再び視界を奪う光と雷撃が魔獣に叩きつけられる。
魔獣の頭が吹き飛んだ。声も上げられない魔獣とは違い、王妃の顔も苦悶の表情に変わって痛みに悲鳴を上げた。
どう、とバルコニーに落ちる魔獣の体。
師匠は下敷きにされないように避けた。
けれど魔獣の首から噴き出した血が、土人形や周囲の人々、私にまで飛んで来た。それぞれ避けたけれど、濃い血の臭いに慣れていなかったら、むせてしまいそうだった。
「……やったのか?」
グロウルさんがそうつぶやく声が聞こえた。
魔獣本体の頭はあそこだから、かなりダメージが入ったとは思うけど。魔獣が死んだのなら、憑依した王妃も倒せたはず。
「まだ警戒した方がいいわ、なるべく離れて。どういう手段を使うかわからないから」
茨姫がみんなを引き離そうとする。レジーはその願いに従って、兵士達も遠ざけた。
「念のため、もう一度攻撃を加えよう。キアラ……」
そうレジーが呼びかけた時だった。
魔獣が暴れ出した。自分で作った血だまりの中で。
私達はもっと遠ざかる。でも魔獣は立ち上がって、レジーの方へ突っ込んで来た。
驚きで一瞬、みんなの動きが鈍った。
「レジー! キアラ!」
叫んだ茨姫が魔術で操った茨で私達を覆いつくそうとする。でも間に合わないと思った。
だから私はレジーを押しのけるように庇いながら、魔獣の体を串刺しにすることで止めた。
遅れて茨の壁が視界を覆ったけれど、すぐに炎で焼き払われた。
最初の魔獣の攻撃で死んだと思っていた敵兵が起き上り、炎の魔術を使ったのだ。血で染まった敵兵の姿に、私は違和感を覚えた。
「血……?」
私はその答えを探そうとしたせいで、反応が遅れた。
魔獣が最後のあがきのように翼を激しく動かし、そのせいで血が浴びせられる。
生温かい感触にぞっとした。でも次の瞬間には、血がふわりと砂になっていく。
それだけなら、普通の魔獣の最後だと思っただろう。なのに砂になった血が、呼吸と一緒に私の口の中に入り込んでくる。
「げほっ!」
とてつもない違和感に、私はむせた。
倒れた魔獣から、壊れたような笑い声が響く。魔獣と同化した王妃のものだ。
「ああ、貴方でいいわ……。目の前で恋しい相手を殺せばいい。そうして苦しめばいいんだわ……!」
「どういうこ……くっ!?」
自分の意志に反して、手が床に触れる。
魔力が引き出される感覚に、床から手を離そうとしたけれど動かない。
「やだっ!」
何の魔術が使われるかわからなくて、全力で自分の中の魔力の流れをせき止めようとする。
けれどわずかに魔術が発動して、近くの石床がのように変化する。
臙脂の絨毯を突き破って、レジーの足を刺し貫こうとしたことに血の気が引いた。
すぐさまレジーが雷の魔術で壊したけれど、体が急速に冷えて寒くなり、震えて止まらない。
「うそ……なんで……」
「キアラ?」
レジーも今起きたことが信じられないように呆然としている。
答えを告げたのは、王妃だ。
「魔術師キアラ。私の手駒になることを拒否して、ずっと邪魔をしてきたのだもの。私が操って……貴方の手で王子を殺させて、絶望させてやりましょう」
そうして王妃の声が途切れた瞬間、私の意識が暗転しそうになった。




