そして始まる最後の戦い 2
炎を吐き出そうとした魔獣に、雷がぶつかる。
その瞬間、炎が四散してその余波で魔獣の嘴が折れ、胸や腹の羽も飛び散った。
魔獣が甲高い鳴き声を上げる。絶叫するみたいに。
すかさずニ撃目を放った。逃げようとした魔獣の足が雷撃で吹き飛ばされる。
そこで私とレジーは、魔獣に直接攻撃ができなくなった。魔術師くずれが一斉に私達に襲い掛かったからだ。
床や瓦礫を操って魔術師くずれ達を串刺しにしようとしたけれど、魔獣が倒れたまま放った炎を避けるため、壁を作るだけで精いっぱいだった。
炎で埋め尽くされて、壁の向こうの様子がよく見えない。
焦ったところに一人の魔術師くずれが飛び込んできた。
ルナールが吹雪の魔術で手足を凍らせ、相手の動きを鈍らせ、体から吹き出る炎を抑える。
そこを、ルナールの魔術で白く染まった剣で、カインさんが仕留めた。
でもこれでは、敵がいつ出てくるかわからない。不意を突かれるのはまずいと思ったのだろう。
「キアラさん、殿下、もう少し後方へ!」
「いや、もう炎が消える」
レジーが言うのと同時に、炎が収まって行く。
向こうでは、こちらへ一斉に向かっていたらしい魔術師くずれを、倒そうと奮起しているグロウルさん達と、王妃を茨で縛り上げた茨姫の姿。さらには王妃の茨を焼きらせようとしたのか、魔術師くずれを一人掴み上げた師匠搭載土人形の姿があった。
視界が晴れれば、できることは増える。
私は近くにいた魔術師くずれから倒していく。
床石を操って足を串刺しにし、動きが止まったところで背後から騎士達が心臓を一突きにする。
師匠は魔術師くずれをバルコニーから庭へと放り投げた。
あとはもう、茨姫に拘束された王妃と傷ついた魔獣だけだ。
「降伏を呼びかけますか?」
グロウルさんが振り返って、小声でレジーの指示を仰ぐ。
レジーは首を横に振った。
「降伏する気はないのでしょう? この場で殺された方がいいはずだ。だからここにいた。いつでも逃げ出すことだってできたというのに、兵士にも最後まで王都を防衛させ、戦わせた」
レジーが前へ進む。
私はその途上を遮っている石の壁を消して、王妃と魔獣を警戒しながらレジーの後ろをついて行く。
カインさんがその斜め前を固めた。私のすぐ後ろにはルナールがいる。
魔獣はやや甲高い唸り声を、折れた嘴の奥から吐き出していた。けれど動かないのは、王妃が命じないからだろうか。
レジーは、魔獣からそれなりに距離を取った場所で立ち止まる。
私は急いでその場に膝をつき、魔力を送って師匠搭載の土人形の足を修復して立ち上がらせた。
騎士達は王妃と魔獣を囲むように位置を変える。
そして王妃は――くすくすと笑い出した。
「やっぱり貴方は甘いことを言わない人ね、レジナルド。情に流されにくいところは気に入っていたわ。たぶんファルジアで一番私が嫌いじゃなかったのは貴方だと思う。殺さなくてはいけないことを、少しもったいないと思う程度には」
「貴方がここに残っているということは、どうしてもファルジアの王族を根絶やしにしたかったのでしょう?」
落ち着いて応じた、レジーが尋ねた。
「自分の命を使ってでも、ファルジアという国を潰したい……。そうするよう、ルアインの国王に命じられたのですか?」
すると王妃が笑い出した。
自分を縛っているのは茨で、棘が刺さって痛いだろうに、そんなことも感じていないかのように肩を震わせて大笑いした。
私は少し呆然とする。
茨姫を通じて得た『一回目』のキアラの記憶の中では、王妃はいつも微笑んではいたけれど、こんな風に大笑いするような人ではなかったから。しかも、自分が殺される間際になってからだ。
「気が触れたのか……?」
グロウルさんがつぶやいたのも、無理はないと思う。私もそう思ってしまったから。
「ああおかしい! 私がお兄様の命令で動いているですって? たぶんそんなか弱い女だったら、貴方もこうまで戦いに手こずらなかったでしょうね」
少し笑いが収まった王妃が、笑顔のまま答えた。
「ええ、私はファルジア王家が憎いわ。ファルジアとの戦いがあったせいで、結婚するはずだった相手が死んでしまって、私はファルジアに嫁がされたのですもの。すぐにあの国王の首を斬り裂いてやりたかったけれど、それだけでは足りないわ」
王妃は身を乗り出すようにして言う。
「ファルジア一国だけじゃ足りない……みんな滅んでしまえばいいのよ!」
叫び声に魔獣の鳴き声が重なった。
浮き上がった魔獣に、私達は戦うために身構えた。けれど魔獣が首を伸ばした先は王妃だった。
「え!?」
魔獣は王妃を茨ごと飲み込んだ。あっさりと。
レジーでさえ呆然としている。魔獣を操っているのは王妃のはずだ。なのにどうして魔獣が王妃を飲み込んで殺したのか。そう思ったのだけど。
数秒で、魔獣がのたうち回り始めた。
苦し気に吐くような仕草をし、激しく羽ばたきながら足を振り回す。
異様さに後ずさる私に、レジーが何かに気づいたように振り返った。
「キアラ、魔術の準備を!」
そう言った時には、魔獣が再びバルコニーに落ちた。しかも、もう変化は終わりかけていた。
するりと魔獣の傷が無くなっていく。欠けていた嘴も戻った。それどころか、炎に溶けていくように魔獣の体が大きくなる。
「ぬおっ、これはマズイ」
土人形の師匠が、そんな魔獣に突撃して行った。
蹴りつけようとして、魔獣の羽に打ち払われてしまう。
茨姫は、建物の内側に退避して、厳しい表情で魔獣を見つめて言った。
「王妃は……憑依の魔術が使えたのね」
「憑依!?」
驚いて魔獣を見れば、鳥の首元に薄らと王妃の顔が浮かび上がるように出来て行く。
「うわ、気味悪い……」
騎士の誰かがそうつぶやいた。
私も声が出たら、同じことを口走っていたと思う。だって王妃の顔の模様が浮かび上がるどころか、きちんと目も口も出来上がり、王妃の顔として機能し始めたのだもの。
「ああ、初めて使うからどうなることかと思ったけど、これで少し脳が足りない鳥の代わりに私が動けるわ」
王妃の顔の方がうれし気に言うと、鳥の頭の方が応じるように一声鳴いた。




