そして始まる最後の戦い
王妃は手を振って、玉座の近くに置いてあった檻を取り囲む兵士に合図する。
檻の中にいるのは、さっきの兵士の情報通り奴隷達だった。
兵士として戦場で使うつもりだったのか、檻の中にいる奴隷は痩せているものの男性ばかりだ。貫頭衣を着た彼らは、無気力に座り込んでいる。
兵士達は、持っていた槍をその檻に向けた。
たぶんあの槍に、契約の石の砂がつけられている。このままでは魔術師くずれにされてしまう。
私は床に手をついて、魔術を使おうとした。
檻を石で囲んで、槍から守るつもりだったのだけど。
耳をつんざくような烏じみた鳴き声に、思わず片耳を手で抑え、魔術を止めてしまう。
「キアラさん!」
カインさんの叫びと、グロウルさん達がレジーを呼ぶ声、そこに振動と轟音が重なった。
何が起こったのか、すぐにはわからなかった。
庇ってくれたカインさんが私を離してくれて、ようやく部屋の惨状が見える。
窓と壁が壊された謁見の間は、瓦礫があちこちに散らばっていた。
檻の中の奴隷達には槍が刺さっていたけれど、その槍を持っていた兵士達は吹き飛ばされて遠くに倒れていたり、瓦礫に押しつぶされている。
ただ一人無事だった王妃は、軽い足取りで壁と窓の向こうにあった広いバルコニーへ歩いて行く。
そして王妃の前に立ちはだかるように、炎の魔獣が舞い降りた。
壁を破壊したのは、この炎の魔獣だろう。
近くで見る魔獣は、胴だけなら熊ほどの大きさがある。翠と赤が混じった羽色の鳥の魔獣は、赤い炎の羽で二重に体を覆っていた。
私達は魔獣に対抗するために身構えるが、バルコニーで衣服の裾を風に揺らす王妃は、壇上に立ったままゆったりと言った。
「クレディアスに始末させようとしたのに、失敗するなんて……あれだけ便宜を図ってあげたのにね」
小さく笑い声を漏らす王妃は、一人だけパーティー会場にいるような余裕を感じさせる。
そんなにもこの魔獣は強いのだろうか。だから危機感がないの?
「自分こそが王子を殺すと言う気になるように、とても未練があった娘の話も逐一教えてあげたけど、むしろ娘のことにばかり気を取られて、失敗したと聞いたわ……。そのキアラというのはあなたね」
王妃が真っ直ぐに私の方を見る。
その眼差しが冷たくて、ぞっとする。私達を殺そうとしている人だから当然だろうけれど、妙に落ち着かない。
もしかすると、夢の中で見た王妃はどんな酷いことをしていても、敵視するような目を向けなかったせいかな。でも敵になった今、王妃は自分の手駒を気遣う必要なんてないんだもの。
そんな王妃の近くの檻の中で、槍で刺された奴隷達がうごめき始める。
槍を引き抜いた傷口から、炎が溢れた。
鳥の魔獣が鳴き声を上げると、立ち上がって炎で檻を溶かし、ゆらゆらとこちらへ歩き出した。
「また火の属性……」
全ての魔術師くずれが、火を操っている。すると師匠が言った。
「魔獣が関連しておるのかもしれん。どうやってかはわからぬが、魔獣に同調しているらしき様子もあるしな」
「なるほど魔獣」
魔獣をどうにか使って、魔術師くずれにしているのか。
「何にしても、私はますます役立ちそうにないわね。王妃の方を攻撃する。そうすれば、魔術師くずれも一部は自分の守りに使わざるをえなくなるでしょうから」
茨姫の言葉に、レジーが言う。
「ではそのように。グロウル達は魔術師くずれと戦いながら、背後から兵が突入してくるのを警戒。ルナールは炎への防御に徹してほしいけれど」
氷狐に同意を求めて振り返ったレジーは、はっはっはと楽し気な顔をしながら白い冷気の息を吐いているルナールの姿に、ちょっと笑う。
「キアラは……」
「魔獣を倒そうレジー。師匠、土人形の方を任せます」
「おう、腕が鳴るわい」
それだけで師匠は私の意図を察してくれた。師匠を搭載した土人形を作り、私はレジーの斜め後ろに控える。
まずは魔獣がどう出るのか、動きを知りたくて師匠搭載土人形に動いてもらった。
「イーッヒッヒ!」
土人形の操縦はお手の物になった師匠が、勢い良く魔獣へ突っ込んで行く。
まずは魔獣に拳を繰り出す土人形。けれど建物の外にいる魔獣はひらりと舞い上がる。
しかし土人形はそのまま王妃に突撃。
「大元を殺せば解決じゃあああ!」
悪役みたいなことを言う師匠搭載土人形の頭を、急降下した魔獣が足で蹴る。
「のわっ!」
魔獣は、倒れた土人形に口から吐いた炎を浴びせる。その火の威力が強すぎてか、土人形の脚部の土が熱と魔力の強さに砂になって削れていき、土人形がその場に倒れてしまう。
でも魔獣への攻撃と同時に、茨姫も行動を開始していた。
壊れて落ちた花瓶の花を使い、土人形の後ろに近づいたところで薔薇の蔓を伸ばして王妃を捕えようとする。
けれど数本の蔓は、王妃がほんの数歩避けるだけで空振りする。
でもそれが茨姫の狙いだった。
薔薇の蔓はバルコニーのフェンスを越えた。
代わりに薔薇を伝ってつながったのだろう、無数の茨がざわりと波のようにバルコニーを覆い尽くそうとする。
王妃は不愉快そうな表情に変わった。
土人形を攻撃していた魔獣を操って自分の周囲の茨を焼かせた。
「間違いなく王妃は魔獣を操っているわね」
そう言った茨姫に、魔術師くずれが襲いかかる。それを打ち払ったのは、レジーの騎士達だ。
グロウルさん達は、他の魔術師くずれに対峙している。
「焼き払いなさい」
王妃が命じた。
魔獣が外から全員に向かって炎を吐きかけるつもりなのだろう。王妃の頭上で態勢を変えた。
「キアラ」
後方から動かずにいたレジーが、私に合図する。
私はレジーの肩に手を置いた。
そして魔獣が炎を吐き出すその時、レジーが真っ直ぐに掲げた剣から、人の大きさほどの球体になった雷が吐き出された。




