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前夜

 ……どう言うべきか。

 私は迷った。ためらった後に、尋ねた。


「どうしてそう思ったの?」

「茨姫は、あまりに詳細に『あったはずのこと』を語り過ぎていると思った。それに……私の推測だと、茨姫は王宮に入ったことがあると思うんだ」


「え?」

「王宮まではどうやって行くつもりだった? 隠し通路は確かに私が口頭で教えることはできるけれど、茨姫は最初から聞くつもりもなさそうだった」


 レジーは続ける。


「彼女は、うっかり何かを忘れるような人ではないだろう? だとしたら私に『行かなくてもいいから、隠し通路の場所を地図に書いて』と頼むだろうと思って」


 レジーはそこに引っかかったようだ。


「必要がないから頼まないんだ、と私は考えたんだ。そうすると未来が視えるわけではなくて、一度未来でそれを体験して、戦が終わった後に王宮の中を探索した人が……過去へ戻ったと考えた方が自然だろう? 彼女は今まで、王宮に近づいたことが無かったはずなんだからね」


 レジーの言葉に、なるほどと思う。

 未来のことを見ただけなら、茨姫の今の経歴だと王宮の隠し通路のことがわかるわけがないのだもの。

 ……元王妃だから、知っているとは思うけど。


 あと、茨姫の方はレジーのことに気を取られて、話す内容を誤魔化せなかったんだと思う。王宮への隠し通路のことを尋ねなかったのも、そうだろう。

 私は悩んだ。レジーのことだから、私が嘘をついたところですぐにお見通しだと言われてしまいそうなんだもの。


「そうなんだ……。そうしたら茨姫は何か理由があって、未来が見えているって言っているのかも」


 まずは曖昧な肯定で逃げる。


「でも戦が終われば隠す意味は無くなるから、きっと全部話してくれるんじゃないかなって」


 次いで問題を先延ばしした。ついでに「茨姫が話してくれるまで待とうよ」という意味も込めてみた。

 これなら私から茨姫の秘密を口にしなくて済む。

 レジーはふっと笑うと、ぽんと私の頭を撫でた。


「言えないのはわかったよ。戦が終わったら、直接茨姫に隠し事の内容を尋ねることにするよ。君に無理に言わせて約束を破らせるのは、可哀想だからね」


 ……完全に嘘をついているのがばれてた。

 う、こんな方法じゃだめだった? それともレジーの勘が良すぎるだけ?

 隠し通せるとは思っていなかったけど、私本当にバレバレすぎやしないだろうか。

 うろたえていたら、レジーが笑う。


「君はすぐ顔に出るからね」

「うぐ……」


 無表情の練習をしなくちゃ。そう決意する私に、レジーがさらに言った。


「でも君が嘘をついても、私のためにならないことはしないと信じているから。隠し事がどういうものかわからないけれど、任せるよ」

「……うん」


 そう信じてくれていることは素直に嬉しくて、私は少しにやけそうになった。



 翌日は一日をかけてロイルガート平原を移動した。

 二万に及ぶ軍勢に、近くの町にいるルアイン兵も息をひそめるように過ごし、進行を妨げることはなかった。


 夕暮れより前に、王都の横を流れるロイン川の少し手前で停止する。

 明日になれば、上流からの援軍がやってくる。それに合わせて進軍することになっている。

 援軍の方も急いでいるものの、こちらが予想より早く着いたため、どうしてもあと一日必要らしい。


 それでも決戦前夜。警戒しながらも休む時間になった今、兵士達もどことなく緊張を感じている様子だった。

 いつもよりおしゃべりをしない。静まり返った軍の様子に、私も少し不安になる。


 同時に、感慨深いという思いもあった。

 明日、予定通りに行動することができれば、王妃と会うことになるのだ。


 私は周囲の哨戒のために作った石の高台の側で、王都の方向を見つめた。

 夜になっても王都は明るく、まだぼんやりとした光が溜まって見える。

 側には護衛代わりについてきてくれたリーラがいて、最近リーラには慣れたのか、一緒に連れてきている師匠も近づくなと騒いだりはしなかった。


「……怖くなったか?」


 師匠がぽつりと尋ねてくる。


「ううん。ただ、これで倒して終わるのかなって思うと、不思議な感じがして」


 そう言ったら笑われた。


「お前は最初から勝つ気じゃったのか? とんでもない自信家じゃな、イッヒヒヒ」

「え!?」


 師匠の言葉に驚いたけど、考えてみれば私の中にそういう意識があったのは確かだった。 ここがゲームの世界なら、その通りにすれば勝てるだろうという気持ちがあったから。

 でも今は……。


「戦争になるって気づいた時は、レジーが死んじゃうかもしれないってことだけ考えてました。必死だったけど……少しは、物語のように行動したら勝てるだろうって、そういう安心感はあったなって今は思います。でも状況が変わって、敵も予想以上に強かったり、出て来るはずのなかった敵もいたりして不安になりました。一番負けたらどうしようって思ったのは、イサーク達に捕まった辺りですかね」


 ゲームではありえなかった、トリスフィードでの戦い。サレハルドとの戦闘。そしてクレディアス子爵との決着。

 乗り越えて、レジーの魔術も必要になって、ようやく私は……今のこの状況の認識が変わった。


「今はどちらかというと、この戦争を茨姫と同じように経験した人の知識を使ってるんだ、っていうそんな意識が強いかも」

「おとぎ話ではなくなったわけじゃな」

「はい」


 絶対に勝てるおとぎ話ではなく、誰かが垣間見た歴史を変えた先にある、現実。

 それを認識できたのは、やっぱりこの世界の悪夢の象徴だったクレディアス子爵を倒したことと……レジーが私を好きだと言って、側にいてくれたことだと思う。

 だからこそ、王妃を倒すことで終わるというのが、現実感がないような気がしてきて。


「でも倒さなくちゃ、前へ進めませんもんね。今度は、記憶の中にあるもう一つの未来からは想像もつかない、本物の現実があるのかなって思えます」

「本物の現実か。まぁ戦が終わらねば、誰も自分の元の生活に戻れないからのぅ。ある意味現実離れした状態じゃの。お前の現実がどうなるのか、楽しみじゃのう。ヒッヒッヒッヒ」


 師匠が楽し気に笑いながら付け加えた。


「しかしお前のことだから、こんな日は絶対にあやつの側から離れんと思っておったわ。あの小娘魔術師がわざわざ付き添うのだ。しかもあの殺しても死ななそうな辺境伯家の小僧が相打ちになるような相手では、何が起こるかわからんじゃろうに」


 師匠の心配はもっともだ。茨姫はクレディアス子爵のことがあったにせよ、シェスティナまではずっと離れて行動していた。

 その彼女が一緒に行くというのだから、何か難しい事態が起こる可能性はある。


「さっきまで一緒にいたし。それに……明日はずっと側にいるから」


 たとえ負けて、最後の時になっても側にいられるなら。

 遠く離れて行動する予定だったら、不安で離れるのが怖かったかもしれないけど、側にいられるなら今別れを惜しむ必要はないもの。


「けっ、のろけおって」


 師匠の毒づきに笑ってしまいながら、その夜は落ち着いた気持ちで過ごせた。

 そして翌日の昼近く……戦いは始まった。

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