最終戦の前に
夜、私達はなんとか目的よりも進んだ場所に、到着できた。
王都の横を流れるロイン川の流域には、平野が広がっている。その一角に野営した。
予想をしていたとはいえ、待ち伏せと戦闘があったので、レジー達は軍の進行を急がせたのだ。
そのせいで、まだサレハルドの軍は追いついていない。
鳥で無事を連絡して来たけれど、そこそこの損害が出たみたいで、進行が遅くなっていると聞いた。
王都周辺はルアインの占領地も同然だ。だから周囲の警戒は怠れない。
ベアトリス様が率いて来た軍が哨戒する中、それでも休めることになって、みんなが少し安心した表情をしている。
そしてこちらに有利な材料も増えている。
増援だ。
王都へ至るロイン川は、王都のルアイン軍に警戒されている。だからこそ川を下って、上流にあるサウィンやコーデリーとそこに避難していたファルジア国王の軍が、攻撃を仕掛けるという知らせが来たからだ。
もう一つ、王都西北の領地、フーナバルとルネースからも、王都の西へ軍が進んできているらしい。
連絡を受けて集まった場で、エニステル伯爵がふんと鼻息を荒くする。
「出足が遅いわ」
「まぁまぁ、ルアインに同調した領地に囲まれている場所と思えば、集中攻撃を受ける危険を冒したくないのはわかりますしね。ここで出て来るだけ、まだマシでしょう」
なだめるジェロームさんに、エニステル伯爵はまだ不満そうだけれど、こちらの支援をすることだけは評価するべきだと思ったのだろう。それ以上は何も言わなかった。
そこでアランが話を続けた。
「偵察からの報告で、王都へ渡るロイン側に架かる橋の周辺には、ルアイン軍一万人とこの期に及んで王妃を支持するファルジアの貴族連合軍一万五千人がいるようだ」
「数の優位的には、こちらとひどい差はないね。北と西からの支援で、ルアイン軍は分散するしかなくなるのだし」
レジーの言葉にアランもうなずく。
「港からはルアインの船が何隻か出港したらしい。おそらくは逃げ出した将兵達がいくらかいたんだろう。むしろ僕は、逃亡が発生しているのに、これだけの数が王都を防衛しようとするのが不思議なくらいだ」
「理由は、魔術師くずれにすると脅されたのか。もしくは魔獣か」
レジーのつぶやきに、茨姫がうなずく。
「その可能性は高いわね。私が見た未来でも、予想以上の兵が従っていたわ。魔術師くずれにする術はなくても、魔獣を従えていることで、切り札があると思わせていたのかもしれない」
「戦力的には勝っていると考えているのかもしれませんわね。こちらの軍を討ち破りさえすれば、ルアインはファルジアを占領し続けられるわけですから」
ベアトリス様の意見に、レジーが苦笑いする。
「確かに、私達が倒されたらファルジア貴族で立ち上がれる者はいなくなるだろうね。旗頭が無ければ、まとめられないから……」
そこで茨姫が、あるはずだった未来のことを語った。
「そうね。私が見た未来では、旗頭のアラン・エヴラールが相打ちになった後はひどいものだったわ……。王位につける人間はベアトリスしかいなかった。けれど失った兵力はとんでもなかったわ。その時は参戦していなかったサレハルドからも、不利益な要求をつきつけられたし、別な国も攻め込もうとしてきた。勝利の後も、ファルジアは泥沼の中にいるような状態になっていたわ」
確かに……。王様になるはずだったアランが死んだら、すぐベアトリス様にすげ替えるのも難しかったはずだ。ゲームと同じなら、ベアトリス様は意気消沈したままだ。あげく子供も亡くしたと聞いたら、どれほど落ち込んだことだろう。
今もその話を聞かされたベアトリス様は、ぎゅっと唇を噛みしめる。
一方、自分が相打ちになるところだったと聞かされたアランだが、ふん、と息をつく。
「しかし、今はその通りに進んでいるわけじゃない、だろう?」
「もちろんだ。だからこそ、私達は何としてもこの一回で王妃達を倒さねばならない」
レジーは茨姫に尋ねた。
「君が見た未来では、魔獣は橋のこちらまで来て攻撃していた?」
「鳥だから、その範囲ならばすぐに飛んで来られたわ。私が見た未来では、王都を包囲した時点で襲いかかって来た」
「鳥か……矢は効くのか?」
アランの質問に、茨姫は「難しいわ」と答えた。
「炎の魔術を使う鳥なのよ。射られた矢は全て落とされていたわ。むしろ一般兵は避けることを重視した方がいいでしょう。その間に敵兵に攻撃されることを警戒すべきね」
「しかし今回の場合、戦って勝ったとしても……。その間に王都の民が殺されてるんじゃろうのぅ。イヒヒヒヒ」
師匠が笑う。
戦闘はどうしても時間がかかる。人の足で移動し、剣や槍で戦った上、状況によっては退いて仕切り直したりもする。
決着がつくまで時間がかからないようにするためには、どうしても土人形など、魔術が必要だ。
そして戦闘をしたら、すぐさま王都攻めをするとしても態勢を整えなければ難しい。
「魔術で倒せればいいけれど……。そうしている間に、形勢不利を悟った王妃が、王都の人を殺すかもしれないし」
つぶやくと、レジーが言う。
「かと言って、最初から私やキアラが不在だとわかるのは危険すぎる。こちらが密かに直接対決をしようとしていることを察して、王妃は王都の民を殺す。だから一度戦う。それから隙を見て……王宮へ潜入して、王妃と魔獣だけを倒すのがいいだろうね」
「そうだな。魔獣さえいなければ、人同士の戦いだ。一度魔術で削っておけば、こちらが有利なまま進められるだろう。もし魔獣が不意に襲っても、こちらは炎の魔術に対抗するにはうってつけの氷狐がいる。それに王妃を直接叩ける状態になれば、すぐに呼び戻すはずだ。そうなれば、どちらにせよ後がない裏切り者達と、国に逃げ帰る機会を逃したやつらだ。どうにかなる」
そこまで話して、アランはレジーに言った。
「行くのは……魔術師相手なら、キアラと茨姫と、護衛の騎士か。レジーも行くんだろう?」
アランは少し不安そうだったけれど、レジーはうなずく。
「王妃と魔獣と二つを相手にするんだ。魔術を使える人間はいくらいてもいい」
けれどそこで、茨姫がつぶやく。
「王子は無理に行かなくてもいいとは思うけれど……。戦力的には、キアラと私と騎士や精鋭の兵が十数人いれば足りるはずよ」
私はハッとする。
……茨姫は、レジーのことが心配なんだ。何度も殺されかけて来たから。
決戦になんて連れて来るよりも、魔獣を遠ざけられる手がある戦場にいた方がまだマシだと考えたんだろう。
ずっと、レジーに生きていて欲しくて頑張っていたんだもの。そう考えてしまってもおかしくはない。
けれどレジーはそのことを知らない。
「私が動けば、近衛騎士を動かせる。他の騎士達を選別して派遣するよりも、アランに指揮を集約して私が動いた方が効率的だ。それに王宮への隠し通路も、私の方が把握しているからね」
あっさりと茨姫の言葉を否定する。
確かに王子のレジーなら、王宮に外部から通じる道をいくつも知っているだろう。案内役としても、彼はいた方がいい人だ。
「そうね……。私も戦のことについてはそこまで詳しくないもの。任せるわ」
「ありがとう。というわけで、アラン、頼むよ」
「いつも通りにやるだけさ。援軍の方には俺に従うよう、一筆書いて置いてくれ」
「わかってる」
それで、王都への攻撃の方法は決まった。
今日はそれで休むことになった。みんな早々に軍議をしていた天幕から出て行く。
茨姫も、何事もなかったかのように、さっさと天幕を後にした。
それを見送ってしまった私も、ずっとぐずぐずしているわけにもいかない。立ち上がったところで、残っていたレジーに呼び止められた。
そうして中にいた兵も外に待機させてしまう。
「どうしたの?」
レジーは内緒の話をしたいのだろうけれど……。
「キアラ、茨姫は……」
一度ためらうように、レジーの声が小さくなる。でも思い直したように尋ねて来た。
「茨姫はもしかして、未来が視えるのではなくて、過去が見える魔術が使えるのかい?」




