前途に立ちふさがる障害
「王妃を先に倒す?」
尋ねたレジーに茨姫は「そうよ」と答えた。
「王妃を潰せば魔獣は軍を襲わない。命令者がいなくなれば、王都に残る人々は死なない。そうでしょう?」
ただし、と続ける。
「今ここから、少人数で王都へ急行するのは避けた方がいいわ。先ほど王子自身が言っていたように、行軍を阻止するためルアイン軍も出てくるでしょう。当然、王妃を先に殺すための部隊が先を急ぐことを想定して、見張っているはず。ひっそりと通り抜けるのは難しいでしょうし、囲まれては面倒よ」
「せめて王都に近づいてから、だな」
アランが息をつき、レジーもそれを肯定した。
「そうだね。とにかく先に進もう、時間が惜しい。サレハルド側にもそう連絡を」
翌日、早朝から私達は王都へ急いだ。
戦闘にも備えるために、歩兵達に走らせるわけにもいかない。ただ理由もなく急がせれば不満ばかりつのる。
だからレジーは全兵に急ぎ王都に駆け付けなければ虐殺が起きることを知らせていた。
兵士達は自然と早足になってくれて、二日で予定よりも早く王領地内へと入ることができた。
でもそこで、街道をルアイン軍が塞いでいた。
レジー達と一緒に少しだけ先行し、高い崖の上から様子を見る。
数そのものはひどく多いわけではない。一万なら倒すことは可能だけれど、足を止められるのが厄介だ。
「誰かに対応をさせて駆け抜けるだけでは、対応できないな……」
「残す軍の被害が大きくなりすぎるよ。全軍ですり抜けるにしても、やっぱり被害が出やすい。特に補給関係の馬車なんかがね。キアラの土人形を使っても、分断される恐れは大きいよ」
「あっちも決死の覚悟だろうしな……。逃げて行った兵のうち、決戦するしかないって思い詰めた人間が残って戦おうとしているんだろうしな」
「また魔術師くずれにすると言って、脱走者を防止したあげくの状態かもしれないね。だとしたら魔術師くずれも出てくるだろうし……」
アランとレジーがお互いに意見を出し合う。そうやって二人で意見を一致させた上で、他の将軍達に諮るつもりみたい。
私としては土人形でなぎ倒して行ってもいいんだけど、人馬を置き去りにすると先行させた部隊が孤立してしまうと危ないし。
「本当は、橋とかがあれば……」
つぶやいて、ぽんと手を叩く。
まだ王都から遠いので魔獣が出て来たりはしないだろうし、全力間際まで力を使っても大丈夫だと思う。それなら一つ案があった。
「ねぇレジー。土人形でなぎ倒して道作ってもいい?」
「君の魔術で倒していくってことかい?」
「そう。でもその後、土人形で作った道に土壁を作って、左右を囲むの。城壁があるような状態だから、歩兵も補給部隊も早く安全に移動できるんじゃないかなって。敵兵はみんなが移動している間、土人形で減らすから」
レジーが心配そうな表情になる。
「けっこう範囲が広いよ。大丈夫なのかい?」
「魔力はなんとかなると思う。それに、ここならまだ魔獣は出てこないでしょう? ね、茨姫」
私に話を振られた茨姫は、微笑んで応じてくれた。
「王妃からそう遠くは離れられないから、大丈夫よ。それに私は、貴方が変えてくれる未来に期待しているの。思う通りになさい」
茨姫が背中を叩いてくれる。なんとなく、お母さんに頭を撫でられたようなそんな気持ちになった。
「ありがとう」
そう言って、私は師匠に頼む。
「と言うわけで、また師匠専用作るので、操作お願いしてもいいですか?」
「まぁ良かろう。何もせずにお前にぶら下がっておるよりは、楽しいからのぅ。へっへっへ」
快諾してくれた師匠に礼を言って、私は準備にかかった。
「壁を作るには、銅鉱石をばらまかないと……師匠にやってもらおう」
進み続けていたファルジア軍は、街道と周囲の既に作物を掘り起こした畑に布陣しているルアイン軍に近づく。中央に補給部隊の馬車等を置き、前後を兵で固めながら。
畑、大変なことになるけど、春には直しに来られるといいな……。
最後尾には、イサーク達サレハルド軍がついている。
隊列の準備が整って、誰かの出した合図を見たカインさんが教えてくれた。
「キアラさん、開始してください」
「はい」
私は軍の右翼側で、頭に師匠をのっけた巨大な土人形を作り上げた。
そして今回の作戦的に必要だろうと、横幅を大きめにしている。
「馬車と歩兵さんとが通るんだから、これぐらいかな。師匠! お願いします!」
「イーッヒッヒッヒ」
師匠は笑いながら敵陣へ突っ込んだ。右翼側からやや中央より。街道を埋め尽くす人垣を切り開くように。
敵軍も師匠が操る土人形から逃げるのだけど、かなりの数が弾き飛ばされた。速度が必要なので、師匠に急いでもらったからだ。
ルアイン軍を縦断していく師匠は、計画通りに銅鉱石をばら撒いてくれている。
私は師匠を追いかけるように、ルアイン軍との間に街道の両端に人の身長の二倍はある壁を作り上げていく。
「出発!」
ファルジア軍が動き出した。
次々と壁に囲まれた街道へと突入し、先行する騎馬兵達がゴーレムから逃げ遅れた兵を倒していく。
ルアイン軍も、まさかこんな形で通り抜けられるとは思わなかったのだろう。
慌てて兵を動かして壁で囲んだ街道の前後を塞ごうとするものの、向こう側は師匠の土人形がいて、人が小石みたいに蹴り飛ばされて近づけない。
もう一方は、茨姫が援助してくれた。
近くの蔓植物を操って兵士達を足止めし、時には弾き飛ばす。
カインさんの馬に同乗していた私は、そうしてサレハルド軍が壁のある場所に入ったところで、入り口を閉ざした。
ルアイン軍は、壁を突き崩すのではなく矢を射た。
何人か当たってしまう。
それでも壁がある分、盾を上にかざすことで負傷者はごく少なく抑えることができた。
私はその中を、出口へと急ぐ。
ルアイン兵は出口側に集まり始めていた。
師匠は少しでも多くのルアイン兵をかく乱し、倒すために敵陣の中央あたりを走り回ってくれている。
もうひと押しするために、私は周囲の土を操って近くにいたルアイン兵の足を捕える。
相手が動けないとわかると、すぐさま壁の道から出た部隊が襲いかかった。
倒されて行く敵兵を見ている暇はない。
「カインさん、これで敵は何人ぐらいになったでしょう?」
「おそらく八千……ホレスさんがもう少し頑張って七千というところですか」
まだまだ減らし方が足りない。
下手に残したまま街道を勧めば、ルアイン軍は追って来る。けれどこのまま戦い続けると進軍速度が止まってしまう。
「魔術師くずれが!」
叫ぶ声に振り向けば、前線に近いところで風が舞い上がったのが見えた。魔術師くずれが風の魔術を使っているんだろう。
「見にくいですし、対応が難しですね……」
少し疲れてきたけれど、私は遠くを見渡すためにもう一体土人形を作る。その肩に乗って視界を確保した上で、魔術師くずれを次々潰していく。
……全部で五人。
それ以上は作る気配が無かった。一度戻ろうかと思ったけれど、やっぱりまだ敵兵の数をもっと減らしたい。
こちらへ戻りながら敵を蹴散らす師匠と共に、もうひと暴れするかと思ったが、その前にレジーに呼ばれた。
「おいで、キアラ」
それでレジーが何をしたいのかすぐわかった。
「殿下の力を使うべきですね。あちらの方が負担が少ないでしょう、キアラさん」
カインさんにもそう言われて、私は素直にファルジア軍の中に戻り、土人形から降りてレジーの側に駆けつけた。
「もう少し減らすなら、こちらの方がいいと思うんだ」
「お願い、レジー」
私が彼の肩に触れると、レジ―は左手で剣を掲げる。
目標は敵のど真ん中。味方が混在していないからこそ、気にせずいける。
レジーは雷を放った。
空から落ちる稲妻が、空気と地面を震わせて、わかっていてもびくりとする。
そして戻って来た師匠が騎士の一人を手に乗せて状況を確認させると、敵はおおよそ五千まで減ったようだということだった。
「そろそろ、損害が大きすぎて追いかけにくくなると思います」
この時点で、ファルジア軍は既に壁の道から全員が出ていた。
なのでレジーはグロウルさんの言葉にうなずいて、最後尾近くに続いて戦場を離れようとした。
けれど、ルアイン軍はまだ諦めていない人達がいたようだ。
騎馬兵だけが千ほどだけれど、追って来る。
そこで最後尾にいたイサークが、私達の元にやってきた。
「このまま先を急ぐんだろ? もう少し先で追いつかれた時点で、俺たちが対応する。あれぐらいなら俺達だけでなんとかできるだろ。先に行け王子」
馬を走らせながら言うイサークに、レジーがうなずく。
「頼む。あの一軍を倒したら追いかけてきてくれ。深追いすると損害が増えるから、気をつけて」
「深追いはしないさ。うかつなことをしたら、またそこの魔術師がやってきて復活させられてしまうだろうからな」
「あの、それなら私ももう少し……」
思ったより魔力が残ってる。まだ手助けできると思ったからそう言おうとした。
「無理すんなよ。じゃあな」
イサークは笑って手を振り、さっと後方へと移動して行ってしまう。
やがてじりじりとサレハルド軍が足並みを落としていき、サレハルド軍は交戦を始め、私達はその間に街道を進んで……ルアイン軍の姿は見えなくなった。
 




