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王妃からの書簡

 翌日、私達は出発した。

 あわただしいけれど、補給に関しても、シェスティナに期待できない前提で計画していたので、問題ないらしい。

 街道を進む軍馬と徒歩の兵士に囲まれ、いつものように馬車に揺られて……二日後。

 先行するエニステル伯爵の軍が、ルアイン兵を追い払った町の近くで逗留している時のことだった。


 王都からの書状を持った使者が来ている、という。

 使者はファルジアの人間だが、マントは黒。本人はとても怯えながら、このまま兵士を辞めて故郷に帰るんだと言って、返事はいらないからと逃げようとしたらしい。

 そんな兵士が乗っていた馬を、エニステル伯爵の大ヤギが威嚇。怯えた馬から落ちた兵士は、そのままヤギに服の首元を食まれて引きずられてきたとか。


 ……ちょっと気の毒な話だ。本当にその兵士が、仕事を辞めたいのならなおさら。

 そもそも怯えるのも無理はない。敵軍へ書状を持って行く兵って、殺されることが多い危険な仕事だ。その分、家族にお金が必要な人などが受けたり、相手が捕虜にしてでも生かしたいと思うような人がするらしいから。


 彼もそこそこの報奨金を持っていた。

 敵意があると思われて殺されたくないがため、ヤギに捕まえられた時点で剣も手放していたし、持ち物を調べても契約の石の砂は見つからなかったそうだ。

 なのでその兵士は解放したようだけど、書状の中身が問題だった。


「王妃からの書状で……間違いないと?」


 レジーの問いに、書状を持って来たエニステル伯爵がうなずく。

 中身が王妃からの書状だったので、急きょ会議を行うことになり、私達は軍議のための天幕に集まっていた。


「左様でございます殿下。中身を先に改めさせて頂きましたが、その内容が危急を擁するもののため、殿下のご裁可を仰ぎたいと考え申しました」


 そうして差し出された書状に、レジーが目を通す。すぐにアランへ回しながら、レジーは言った。


「王妃は、一週間後の日付を指定して、その日までに王都へ来なければ、都民を虐殺すると書いてきた」

「虐殺!?」


 思わず声を上げてしまったけれど、それは他の人も同じだった。エメラインさんも動揺しながら言う。


「虐殺なんてことが可能なんでしょうか? 王都の民は、脱出者がいてもかなりの人数がいるのでは……」

「可能だろう。一人一人殺しに行かなくても、魔術師くずれを作る石のカケラを粉にして、ばら撒けばいい。吸い込むか、飲むか、どういう形であれ中に取り込むことによって、魔術師くずれになり、そのまま死ぬだろう」

「ですな……」


 レジーの回答に、ジェローム将軍が唸る。


「魔術師になる素質がある人間がいたとしても、三日は容易に起き上れない状態になることはわかっている。あげくに周囲が魔術師くずれだらけになれば、巻き込まれて死ぬだろう」


 アランの見解を聞いてレジーがうなずき、エニステル伯爵が見解を口にした。


「急いで進軍せねばなりませぬ。今の行程では一週間を予定しておりました。たぶんその進軍速度では間に合わないと存じまする」

「だろうね。わざわざ期限を切ったんだから、間に合わないように障害を置くだろう」


 私は今の一連の会話を頭の中でそしゃくする。

 ようするに、王妃は期限を決めて早く来いと言った上で、間に合わないようにさせて王都の人を虐殺した光景を私達に見せようとしているの?


「どうしてそんなこと……」

「むしろ、王妃は逃げ出すんじゃないかと思っていたんだが」


 アランの言葉に、私はハッとした。

 ――普通なら逃げるはず。

 パトリシエール伯爵が撤退させた兵の数は、一万以上はいたと思う。王都に駐留しているだろう兵と合わせても、二万に届くかどうかという数だろう。


 でもルアインの占領地は、もはや王都周辺の王領地を残すのみだ。

 敗戦が免れない状況になって、ルアイン兵にも脱走者が増えているだろう。王妃達に全ての兵を押し留めるのは難しいから、ルアインの兵数は少なくなっている。

 そんな数で、魔術師を擁するファルジア軍に勝てるわけがない。下手をすると、勝つために魔術師くずれに変えられてしまうかもしれないと、恐れた兵がさらに逃げているだろう。


 勝ち目がないのなら、王妃は逃げるのが当然だ。彼女は元ルアインの王女なんだから。

 でも王妃は逃げなかったのよ、前世のゲームでも。

 彼女は最後まで戦ったし、ゲームなんだからラスボスが逃げるわけがないと思い込んでいた私は、そのことに違和感も持たなかった。現実のこととして考えれば、とても不自然なのに。

 そこで茨姫が口を開いた。


「たぶん、彼女には目的があるんでしょう。母国ルアインのために、ファルジアに少しでも打撃を与えておきたい、とか」

「なるほど。もしくは、ルアインがファルジアにすぐに報復されないように、ですかな? こちらの余力があれば、我々としてもルアインを打倒してしまいたいという気持ちがありますからな。件の奴隷達の件もありますし」


 ジェロームさんの言葉に、レジー達はうなずく。

 奴隷にされていた人達には、故郷で反乱を起こしてルアインに打撃を与えてもらう予定だ、それに呼応するように、ファルジアもルアインを攻撃するつもりだと、私も聞いている。


 エレンドール王国を誘い、サレハルドにも協力させ、ルアインにファルジアの息がかかった新王朝を打ち立てさせるためだ。

 放置しておいて、ルアインが大人しくしてくれればいい。けれど戦を仕掛け続けている今の王だけは、引きずり下ろさなければ次に何をするかわからない。ルアイン本国に契約の石が渡っていないとも限らないのだから。


 レジー達は、この時に領地を削って、今回様々な協力をしてくれたエレンドールにも分けることで、負債を帳消しにしたいらしい。

 世知辛い話だけれど、国土が荒らされたファルジアも、エレンドール王国への返礼をするには厳しい状況だ。

 サレハルドにも早めにこちらへ賠償金を払ってもらうためにも、少しは手助けをしてやった方がいい。

 そんな事情を全て解決するための手が、ルアインへの攻撃だ。


 でも茨姫は、アランが王妃と共倒れになる言ってなかったっけ……?

 考えてみれば、王位継承権に最も近い上に国土を解放したアランを亡くした後、ファルジアはどうなっていたんだろう。

 嫌な想像をしていたところで、茨姫が語った。


「そもそも、王妃は自分でも戦えるだけの力を持っている。私が見た未来では、王妃は魔獣を操っていたわ。ファルジア軍はそれでかなりの打撃を受けていた」

「王妃が魔獣を飼っている?」


 アランが嫌そうな顔をする。


「ちっ、攻めにくいな……」

「アラン殿の懸念通り、ファルジア軍はかなりの被害を受けていたわ。魔獣を使うということを知らなかったせいで、死傷者で三分の一が使い物にならなくなった。私が未来視した時には魔術師くずれを生みだしてぶつける戦法を使っていなかったから、今回はどうなるのか正確な所は予想がつかないわ」

「三分の一か……痛いな」


 他の面々も渋い表情になる。

 私は茨姫の顔をそっと横目でうかがう。

 アランと魔獣を使う王妃が共倒れになるということは、最終的には三分の一の損失では済まなかったのかもしれない。


 私が居ない場合の世界だと、サレハルドも侵略戦争に出てこないのだから、リーラ達氷狐だっていないのだもの。

 人の力だけで魔獣を相手にするのは、かなりきつい。

 そこで茨姫が言った。


「だから私は提案するわ。軍が王都へ到着する少し前に、魔術師と王子が王都へ先行し、城に潜入して王妃を先に倒すことを」

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