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シェスティナ侯爵城前にて

 パトリシエール伯爵を倒した。


 それを聞いた兵士達はみんな安心したようで、穏やかな雰囲気の中、指定の場所に天幕を作り始め、炊事も始めていた。

 必要物をシェスティナの城下町に買いに行く人もいる。

 なぜ城下町に逗留していないのかといえば、シェスティナ侯爵領のことはベアトリス様に任せて、急いで王都まで攻め上る予定になっているから。

 沢山の兵士を連れての行軍になるから一週間はかかるけれど、なるべく王妃達に、時間を与えたくないみたいだ。


 先日、こちら側に寝返らせた奴隷さん達もシェスティナ侯爵領に一時とどめておいて、王妃を倒した後で帰すと聞いた。

 もともと、奴隷さん達はシェスティナ侯爵領の港から上陸している。なのでベアトリス様は別行動で侯爵領に停泊しているルアインの船と港を奪還しておくのだとか。


 そんな忙しいベアトリス様は、見送りの時には話もできないだろうからと、今のうちに私の所へ挨拶に来てくれていた。


「気をつけて行くのよ? パトリシエールの戦い方も何かおかしかったし、王妃が何もしていないわけがないのだもの」


 男物の服に身を包んだ凛々しいベアトリス様は、私を数秒ぎゅっと抱きしめてくれた。


「はいベアトリス様。私も懸念はしているのですが……どういうことなのか、わからなくて」


 パトリシエール伯爵は無事に倒せたけれども、戦い方が変だったのだ。

 連れていた騎士達が契約の石のカケラを飲み込んでいたとしても、全員が同じ属性というのもおかしい。パトリシエール伯爵も同じ炎だったし。


 茨姫とは、契約の石の力をどうにかする方法を手に入れたのかもしれない、と話し合ったのだけど。どうやったのかは検討もつかない。

 というか実験は不可能なので、検証しようもなかった。人体実験をするわけにはいかないもの。


「でも、絶対になんとかします! アランもレジーも守ってみせますから!」


 心配させないようにそう言えば、ベアトリス様は微笑んでくれた。


「ええ、あなたが頼りだわ。こんな風に魔術師に頼らなければならない状況では、とてもあの子達の剣の腕だけでは、乗り越えられないでしょう。でも、キアラも気をつけて。何が起こるかわからないから」


 そうして次に、ベアトリス様は茨姫の方を向いた。


「エフィア……とは呼ばない方がいいのだったわね? 今までとても苦労したわね。王族の一人として、何も知らないままだったことを詫びるわ……。この戦が終わって、何か手が必要なこととか……もしくは貴族としての身分を回復したいと思ったら、言ってちょうだい。必ず力になるわ」


 ベアトリス様は茨姫のことも抱きしめ、それから私の天幕から立ち去った。


「彼女も変わらないわね……いつもまっすぐで」


 二人だけになったところで、茨姫が苦笑いする。

 茨姫はベアトリス様とも親族だったんだものね。懐かしかっただろうな。

 せめてベアトリス様には、本当のことを打ち明けて話してもいいんじゃないかと思うのだけど……。

 そこでふっと茨姫は立ち上がる。


「さて、私もお暇するわね。また食事の時にでも会いましょう」

「何か用事があったんですか?」

「いいえ。さっきベアトリスが出入りした時に、レジーがこちらへ向かってきているのが見えたの。だからお邪魔虫は消えるわね」

「おじゃ……!?」


 レジーのお母さんにそんなことを言われて、私はおたおたとする。一方の茨姫はくすくすと笑った。


「子供の恋愛に口出しするような野暮なことしたくないわ。そもそも違う形で出会っても、結局つき合うような二人ですものね。あの子のことよろしく」


 ひらひらと手を振って、茨姫は出て行ってしまった。

 ええとこれ、彼氏のお母さんに応援された……ってこと? 嫌じゃないけどこう、気まずい。

 そうして茨姫が言ったとおり、すぐにレジーがやってきた。


「ぼーっとして、どうしたんだい?」

「あの、ちょっと茨姫にからかわれて……」


 曖昧に濁すしかない。レジーのお母さんにからかわれたの、とは言うわけにはいかないから。


「そろそろ、慣れてきてくれたかと思ったんだけど。まだ恥ずかしいかい? もう末端の兵まで、私達のことは知られていると思うけど」

「う、うん……」


 微笑んで私の隣に座ったレジー。

 彼は度々、私の元を自分から訪ねてくるようになった。

 グロウルさん達近衛騎士の誰かは一緒に来ているのだろうけれど、あの日を境に、天幕の中まで誰かを同席させたりはしなくなった。

 ベアトリス様に交際宣言した後から、周囲につき合っていることを全く隠す様子がなくなって、大胆になってきている。


 当然周囲を通る人は、王子が魔術師と二人きりになっていることはわかるわけで……。

 こうして近しい人以外にも、つき合っていることが知れ渡るようにしているんだと思う。この人が何も考えずに、忙しい中を縫って会いにくるわけがないもの。

 私の方も、周囲が察する様子にだんだん慣れて来ていた。

 ただ私の名誉のためなのか、レジーは長居はしない。代わりに甘えたいという。


 レジーの最近のお気に入り。それは膝枕だ。恋人らしいことをしたいと言うレジーが、私にねだったことだった。

 正直なところ、布を何枚も隔てているとはいえ、脚にレジーの頬が接しているというのはとてもそわそわするものなのだけど。

 レジーも子供みたいなことをしたいのかなって思うから、続けてる。


 ようやく慣れて来たのか、今日はじっとしてくれているレジーの頭を撫でてみる気持ちになった。

 ふわっとした髪に触れると……本当に子供を寝かせているような気持ちになって、なんだか不思議な感じ。

 しばらくそうしていたら、レジーがぽつりと言った。


「王都を奪還したら……。もっと長く膝枕してもらってもいいかい?」

「うん、それぐらいなら断らなくってもいいのに」


 私が笑うと、レジーも笑って言った。


「もっと過激なことをしても怒らないかい?」


 過激って!? 一体なんだろうと思うけれど、前世の耳年増な知識を使っても、膝枕の次に何を要求されるのか想像がつかない。


「例えば……?」

「他の、恋人らしいこと」


 レジーは曖昧な言い方をする。けど、恋人なんだものね。ただ側にいるだけでも幸せだけど、レジーは二人で何かしたいことがあるんだと思う。そういうのを拒否はしたくないから。


「うん……」


 うなずいたら、レジーが「良かった」と嬉しそうに言って、膝の辺りに口づけて起き上った。


「ちょっ」


 え、何今の不意打ちすぎる! びっくりしている私と違い、レジーはいつも通りの余裕の笑みを浮かべて行った。


「ただの膝枕じゃ、恥ずかしがらなくなったから。たまに慌てさせたくなるだけだよ。これぐらいは許してくれるよね?」


 そんな風に言われると、私も怒っているわけじゃないので何も言えない。

 仕方ないなぁと思って受け入れて……。なんとなくこうして、レジーのすることに慣れていくのかなと、そんなことを思った。


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