不審者を引き取りに行ったのですが
辺境伯の分家を訪ねたのは、強化された領内の監視のおかげで、怪しい者を見つけたという報告があったからだった。
既に捕らえた後だということで、私達は検分と引き取りをするために向かうことになった。
訪問者はベアトリス夫人と領内の仕事を手伝い始めたアランとウェントワースさん、そして私や侍女さんと騎士2名に、護衛のための兵士が5人。
正直、私以外は全員戦闘能力を持っている一隊だ。
そんなところへなぜ私が連れて行かれたのか。それはひとえに、ベアトリス夫人のためだ。
「ありがとう、キアラ。やっぱりあなた腕がいいわ」
朝、部屋で朝食を簡単に済ませた後。
髪を結い終えると、ベアトリス夫人がにこやかに礼を言ってくれる。
今回のベアトリス夫人は、辺境伯夫人として分家を訪ねたので、髪をきちんと結い上げなければならない。あとは格式の問題もあるので、分家の夫人がどんな衣装や髪飾りを身に付けても、その上の格になるような飾り付けも考える必要がある。
その打ち合わせを分家のご婦人や令嬢と行い、一日の衣服の予定をたて、華やかに着飾らせるのが私の役目である。
センスの有無的にはマイヤさん達でも問題はないのだが、やはり相手が貴族となれば、その侍女もたいていは貴族の傍系だったりするもので、平民出身のマイヤさん達では上手くいかないこともあるらしい。
そこで私の出番だ。
貴族出身らしくやんわりと、でも強気で押すのだ。そもそもが伯爵令嬢として教育されていたので、貴族らしい話し方はお手のもの。傍系出身だったり、他所の領地の分家の子女だった分家の奥方の侍女達は『ホントの貴族出身の子が来た!』みたいにちょっと引き気味だった。
けどごめん。これは完全に高飛車猫被ってるだけです。
たぶんつつかれたら、すぐにすっ転んで化けの皮がはがれます。
なのに、分家の館を歩いていたら、アランに『お前ほんとにキアラか?』なんてことを訊かれた。
失礼ですわね。私だって教会学校で子爵令嬢とか侯爵家の四女とかと交流してたんですのよ。
私がそう主張すると、今の今まで忘れていたかのように『そうだ、お前は学校から逃亡したんだった……』と言われた。
もっと腹立たしいのは、アランと一緒にいたウェントワースさんまで、疑いのまなざしを向けてきたことだった。
とにかく、久々にベアトリス夫人の体面を保つため役に立てたと私は喜んでいた。
そんな侍女の私の仕事の一つに、髪結いがある。
この世界はほとんど化粧をしないので、素材とうっすらとファンデーション的なものを塗ることと、髪を結う他は、装飾品で顔周りを華やかにするのだ。
銀糸のような髪を編み込みを混ぜて結い上げた上で、簪できっちりと止めた髪型をベアトリス夫人は気に入ってくれたようだ。なにせ輪ゴムがない世界なので、編み込みを作ってから結い上げて……がとても難しい。なので、これができるだけで他にない髪型がつくれるので、喜んでもらえると思っていたのだ。
鏡で後ろ髪の様子を見ようと顔を左右に向けて微笑んでいた。
「でもあなたみたいな髪型の方が、楽そうでいいわ」
「辺境伯夫人としての威厳のためにも、これは向かない髪型でしょうから……」
私は茶色の髪を簡単に編み込みをした上で首元に緑のリボンをかけて結んでいる。その先の髪は結わずに背に流しているだけである。子供と大人の中間点らしい髪型でありながら、きちんとまとめてあるので邪魔にもならない。
エヴラール城では乗馬のために簡素なお団子の髪型か、結わずにいることが多いベアトリス夫人としては、複雑に結われた髪は綺麗でも、簡素な方がうらやましいらしい。
「城へ戻りましたら、この髪型をなさっても大丈夫かと思いますが」
「そうね。でもキアラも、もうすぐ17歳でしょう? 今度はこういう場でも、お揃いの髪型に結ったりしましょうね。もう成人したんですもの」
エヴラール城へ初めて来たのは14歳だったが、それからすぐの冬には15になっていた。さらに一年経ったので、すでに私も16歳だ。誕生日には、ありがたいことに皆に祝ってもらった。
その時にはベアトリス夫人が「侍女は雇った主人にとって、使用人よりは同志に近い存在よ。だからなるべく貴族から選ぶのですもの。その同志を祝うのは当然でしょ? 身内だけになるけれど、ちょっと楽しんでもいいじゃない」なんて言うので、身内なら……とは思ったのだが、その身内の範囲が広かった。辺境伯夫妻やアランだけではなく、城に勤めている人全員というのは、内輪とか身内というには広すぎて、城内がちょっとした宴状態になっていた。
ちなみに私よりずっと前に済ませたアランの16歳のお祝いは、かなり盛大なものだった。跡取り息子だもんね。
城下に暮らす市井の人々も招いて、酒や料理を出してお祭り騒ぎになっていたのだ。
その時、料理の手伝いが足りないと聞いて、隅っこで芋の皮むきを請け負っていたら、探しにきたアランにびっくりされたことがある。
その後、なんか過剰に芋の皮むきができることを気の毒がられた……。
でも前世でも私、お母さんの料理のお手伝いしてたから、包丁で芋の皮むけるんだけどな。
しかしいつまでものんびりと話している暇はない。
今日は分家で捕らえてくれていた人達を連れて帰る日なのだ。犯罪者を捕縛した状態で馬車に乗せるにしても、夕方までに帰りつくためには、早々に辞去する必要があった。
ベアトリス夫人にマイヤさん達と付き従って館のエントランスへ。
出迎えた分家の一家に見送られて馬車に乗る。
乗車するのは私とマイヤさん達とベアトリス夫人だ。
騎士達とアランは騎乗し、兵士達は犯罪者を入れた幌馬車と私達が乗る馬車の御者台へ。残り三人もそれぞれ馬に騎乗する。
馬車が動き出すと、私は少しほっとした。ひさびさに他所の場所で宿泊したからだ。
さて、今回ベアトリス夫人がここまで訪問した理由。それは分家の警備隊の人々が捕まえた者の様子がおかしかったからだ。
ぱっと見は、間違って越境してしまった狩人という感じの男だった。
頭髪もぼさぼさで、人らしい匂いをごまかすため毛皮を被ているところも、発見時に矢筒と弓を持っていたところも、まさにマタギだったらしい。
しかし警備隊が近づくと、男は獲物を捌くナイフで攻撃してきたため捕縛。
それから気付いたらしいのだが、異常なことに、男の周囲には何匹かの狼が死んでいた。何か血よりも薄い液体を吐いていた痕跡があったそうだ。
そして男は、赤い液体がうっすらと底に付着していた瓶を、いくつか持っていた。
分家は『毒物を持ち込んだ不審者を見つけた』と考え、そう連絡してきた。その時に瓶と入っていた毒だと思われる色を伝えてきたので、ヴェイン辺境伯は思い出したのだ。
魔術師くずれのことを。
ただ折悪く、ヴェイン辺境伯は他の貴族の家へ訪問する予定になっていた。そのためベアトリス夫人と、名代となるアランが出かけたわけだ。
ベアトリス夫人もアランも、もしかしたら魔術師くずれかと警戒していたのだが、特に何か問題が起こったりはしなかった。
掴まっていた男も大人しく……というか放心しているような有様で、何も聞きだせない代わりに暴れもしなかった。それでもしっかりと縄をかけていたが。
話に聞いていた瓶も受け取り、後は帰ってから詳しく調べることになっている。
仕事はほぼ終わったようなものだ。
私は馬車に揺られつつ、城に戻ったらしようと思っている仕事の優先順位について思いをめぐらせていたのだが――。
「わっ」
「……っ、何事!?」
馬車が急停車して、私は馬車の壁に頭をぶつけてしまった。痛い。
「あ、ベアトリス様!」
私が頭を押さえて呻いている間に、ベアトリス夫人が馬車から出てしまう。
「マイヤ、キアラを守ってやって! クラーラ風狼よ、五匹なら私達も加わればすぐに終わるわ!」
「承知いたしました奥様」
「ええっ!?」
驚いている間にクラーラさんまで馬車を降りてしまう。
ていうか、みんな辺境伯夫人を戦闘要員に数えすぎですよ。私なんかより守るべきだと思うんですが?
そうは言っても、以前から騎士みたいに巡回や魔物討伐に参加してしまっているので、本人も周囲も戦闘に参加するのが当然になってしまっているのだろう。
「でも、なんでこんなところに風狼?」
街道周辺って人間が頻繁に通る場所だから、その匂いを嫌ってあまり風狼は出てこないはずだ。彼らが攻撃を加えてくるのは、そのテリトリーを犯した時だけである。
走る時に風をまとわせる狼達のせいで、風狼との戦いは、風や舞い上がる土埃で視界を遮られるのだ。
ゲームで障害物的に遭遇することがあったので、特徴は知っている。
風狼を押さえるには、とにかく足を斬りつけて走れないようにするしかないのだが。
「って、なんか風強すぎないですか!?」
馬車は強い風が吹き付けたようにがたがたと揺れる。
「確かにこれは……」
マイヤさんが剣の柄に手をかけた態勢のまま、眉をひそめる。
確か風狼の風って目くらまし程度だったはずだ。それが効いてしまうと、3ターンほどそのキャラは目が効かなくなる。なので一撃離脱で攻撃させて、見えなくなった味方はさっさと後方に下げなくてはならない。
というのがゲームのセオリー戦法だったのだが。
馬車は次第に、海の上の小船みたいにゆっさゆっさと揺らされた。
「ひえええええ!」
外がどうなっているのか知りたいが、とても窓から覗いてる余裕がない。座席にしがみついているので精いっぱいだ。
しかも、あきらかにジャンプした生き物がぶつかったような衝撃とともに、
「いやああああ!」
「キアラさん!」
馬車が横倒しになりかけた。
私は必死の思いで傾いたのとは反対方向の扉にぶつかっていく。
間一髪。馬車の位置を戻すことができて、横倒しの危機は免れた。
けれども私は、勢いをつけすぎてそのまま外に転がり落ちてしまう。
「痛っ」
外開きの扉だったことが災いしたのだ。またしても人がいる場で転がり落ちるという失態を犯したものの、今は恥ずかしがっている場合ではない。スカートがめくれていないのを確認したら、大人しく引っ込んでいないと邪魔になる。
そう思って立ち上がった私は――その瞬間を見てしまった。
「ベアトリス様!」
少し馬車から離れた場所で、ベアトリス夫人が風狼に足を噛みつかれて倒れたのだ。




