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私は敵になりません!  作者: 奏多


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パトリシエール伯爵の遺言 2

 ややいかつい顔立ちのパトリシエール伯爵は、馬を降りると連れて来た五名の騎士だけ従えて歩いて来る。

 少し前に、伯爵旗下の騎士や兵士達は武器を捨て、投降を始めている。

 五人の騎士達も武器は持っていない。

 だけど彼らには別な手段がある。警戒しなければならない。

 天幕の下に入ったパトリシエール伯爵は、まずベアトリス様に挨拶した。


「ごきげんよう王女殿下。今日は保護者代理ですかな? それにしても、投降の席に自軍の総帥が前面に出ないというのもおかしな話ですな。叔母の背中に隠れるようなお方だとは思いもしませんでした」


 この期に及んでもレジーを挑発するパトリシエール伯爵に、ベアトリス様は苦笑いする。


「貴方が投降の交渉ではなく、投降の条件として我が軍の魔術師と会いたいと言ったからよ。わざわざ殿下が前に出る必要などないわ」


 パトリシエール伯爵はフンと鼻で笑った。


「一言文句を言わねば収まらないと思ったのですよ。しかし敗北を認めた後では投獄されて会うこともないでしょうからな」


 そうしてようやく私に目を向けた。


「本当に恩知らずな奴だ。私が拾わなければ、お前はあの継母に殺されるところだったのだ。継母が生んだ子供を当主にしたくとも、長子のお前をと、親族達に反対者がおったのだからな」


 そうしてパトリシエール伯爵は、私が知らなかった養子に引き取る際の裏事情を話し出した。

 例えば今のような、そのまま生家にいた場合に辿っていただろう未来について。

 伯爵がどれだけの金を積み、いかに継母が強欲だったか。その後、どのように継母がいた家が没落したのかも。


 でもそれらは……残念なことに、私にはどんなショックも与えるものではなかった。

 私の中では、完全に自分とは関わりのないものになっていたから。

 一通り話し終えたパトリシエール伯爵は、そこでにこりともせずに言った。


「今からでも遅くない。お前は裁きを受けるのだ」


 話の続きのように告げられた言葉だったせいで、ふと話に気をとられそうになっていた私は、パトリシエール伯爵の背後の出来事に気づかなかった。

 何を合図にしていたのかわからない。

 やってきた当初から暗い表情をしていた騎士五人は、急激に体の輪郭を変えて行く。

 鎧を突き抜けるのは硬い石。五人ともに石の棘を体から生やしていた。


「魔術師くずれ?」


 茨姫が起こりうると言っていた未来では、パトリシエール伯爵だけが魔術師くずれになるはずだったのに、今回は他の騎士達を魔術師くずれに変えてしまったの?

 疑問を持った私を、小脇に抱えるようにしてカインさんが天幕の下から離れた。

 ベアトリス様も一緒に、天幕から数十歩距離を開けた場所まで退避して、足を止める。


「キアラさん」

「はい。拡散させなかっただけマシですね! やります!」


 魔術師くずれが相手なら、なおのこと私が戦わなければ。

 私は地面に手をついて、天幕のある場所を中心に深い穴を作り出そうとする。


「ん……?」


 上手く魔力が働かない。同じ土魔術を使う相手だから?

 とにかく急いで、私は飛び出してくる魔術師くずれの体から伸びて来る、石の棘を遮る壁を作る。

 さらに壁からこちらも鋭利な棘を作り、魔術師くずれ達を貫いた。

 もう痛みを感じなくなっていたのか、魔術師くずれは叫びもせず静かに砂になる。

 一方、パトリシエール伯爵はそれを見てくっくっと笑い始めた。


「……なるほどこれは使える」


 私の方は、その言葉の意味も、部下を殺されたのに笑える理由もわからない。


「殿下は離れて下さい。ベアトリス様も!」


 フェリックスさんがレジーとベアトリス様をさらに遠ざける。

 そのまま残ったのは茨姫だけだ。

 私はパトリシエール伯爵を討つことを考えた。けれどその前に、パトリシエール伯爵の右腕が炎と化した。

 うねるように伸びた炎が、石壁を貫いた。

 カインさんが炎を避けさせてくれる。


 おかげで無事だったけれど、おかしい。なんでパトリシエール伯爵はまだ余裕のある表情で、炎を操れるの!?

 どちらにせよこのままではだめだ。私はパトリシエール伯爵に攻撃をしかける。

 魔術師くずれ達と同じように、石の棘を伸ばして体を貫こうとしたのだけど――パトリシエール伯爵の体に達する前に、棘の先がくずれた。


 パトリシエール伯爵がニヤリと口の端を上げた。

 そして腕から伸びた炎が再度私に襲い掛かった。

 もう一度カインさんが、私を抱えて避けてくれる。

 どうしてと思いながら、伯爵の様子をもう一度見た時……茨姫が一歩前に出た。


「ふふっ……本当に王妃の言うがままなのね。ああおかしい」


 笑いながらもう一歩茨姫が前に出ると、パトリシエール伯爵が立つ地面の下からするりと茨が伸びる。


「他にも魔術師がいたのか。こんなもの……!」


 パトリシエール伯爵は、何かをしようとしたようだ。けれど、茨は何の抵抗もなくするりと伯爵に巻きつき、全身を締め上げ始める。


「な……これは……」


 パトリシエール伯爵は呻きながら身じろぎしつつ、茨を焼ききろうとしたのか炎を隙間から吹き上げさせる。

 けれど焼ききれても、すぐに第二第三の茨が巻き付いて覆い尽くしてしまう。

 まるで緑の繭に取り込まれたような状態だ。

 そんなパトリシエール伯爵にもう一歩近づいて、茨姫はフードを脱いだ。

 パトリシエール伯爵は、さすがにその顔に見覚えがあったようだ。


「お前は……エフィア」


 つぶやいた言葉に対して、茨姫の方はすぐに思い出せるわけがないと思っていたらしい。


「あら意外。覚えていたの?」

「なぜ、なぜ……そのままの姿で」


 覚えていたからこそ意外だったに違いない。彼の娘だった『エフィア』が、昔の姿のまま立って歩いていることが。


「いやねぇ。貴方達がいたいけな少女の私を、無理やり魔術師にしたからでしょ? 家を持ち直させるために実の娘を犠牲にして、大事なルアインの姫のために今度は養女まで捧げて、クレディアス子爵が国王ではなく貴方に仕えるように仕向けたりもしたのに、残念だったわね?」


 茨姫はころころと笑う。

 エフィアの姿をしていても、心は前王妃のリネーゼだ。

 大人として全てを理解しているからこそ、彼女はあてこすりを楽し気に口にしながらも、パトリシエール伯爵を締め上げる。


「ああ、ようやくよ。あの時はこうすることさえできなかったのだもの。あの邪魔な子爵さえいなければ、あなたを殺すことなど簡単なはずだったのに」


 エフィアと、そしてリネーゼとしての恨みをぶつける茨姫は、その言葉の内容から、やはりクレディアス子爵がいたせいで彼らに近づけなかったのだとわかった。


「エフィア……なのか。しかしまさか。お前の能力は、わずか数日の過去に戻るだけ……ぐえっ」

「良い声で鳴くカエルね。でも飼うには適していないもの。処分してあげるわ」


 茨姫はますます茨できつく締め上げる。


「きさ、ま……」


 パトリシエール伯爵は憎々し気に茨姫を……そして私を睨んだ。


「あの方の、せめて二つ目の望みを叶えて差し上げたかったというのに。……お前と、王子さえ、いなければ!」


 ぎりっと茨がきつく絡む音が聞こえた。


「マリ……。貴方の願いが、叶う……ように」


 最後までマリアンネの名前を呼びながら、パトリシエール伯爵はこと切れたようだ。

 言葉が途切れた次の瞬間、ざらりと砂になってくずれた。

 茨はもう用を終えたからか、するりとほどけて、地面の奥へ帰って行く。


「遺言まで、年下の王妃のことだけだなんて」


 そして小さな砂の山を見つめながら、茨姫がつぶやく。


「本当に浮かばれないわね……」


 浮かばれないのは、おそらくはその体の持ち主のエフィアのことなのだろう。

 きっと、実の父親がそんな風に自分を実験台にしたことを悲しみ、最後には生きる気力も失ってしまった本当のエフィア。

 仇を討った茨姫は、それでも気が収まらないのか、小山になった砂を一度踏みつけてからそこを離れた。


「さ、伯爵の始末はこれで終了ね。行きましょうキアラ。話すことが色々とあるわ」


 そうして何事もなかったかのように、私を誘ってレジー達の方へ歩き始めたのだった。

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