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私は敵になりません!  作者: 奏多


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パトリシエール伯爵の遺言 1

 その朝、再襲撃はなかった。

 ほっとしながら起きた私は、茨姫がレジーに呼ばれて立ち去った後で、もらった朝食とスープをちまちま口に運びながら、つぶやいてしまう。


「どうして……話さないのかな」


 それが茨姫の望みなら、私は黙るしかない。けれどお母さんのことで苦しそうにしていたレジーのことを思い出すと、なぜ、と思ってしまう。


「まだ何か、言えない事情があるのではないか?」


 聞いていた師匠が、ぼそりと応じてくれる。


「事情……」

「あやつが本来の名前を明かさない方が、意識せずに魔術師として扱えるだろうという配慮だとか。もしくは……話さない限りは、昨日本人が言っていた通り、未来のことが垣間見える魔術だと誤魔化すことができる。過去へ戻ってきたと言うよりは、受け入れやすいと思ったとかじゃな」


 そこまで言っておきながら、師匠は「ひひひ」と笑って続けた。


「ただ単に、自分が母親だと今さら言いたくないだけかもしれんがの。子供の頃に不可抗力で手放すことになった子供じゃ……。色々と思う所もあるじゃろうて」


 その言葉に、私はなるほどと思った。

 茨姫の方だって、なんとかレジーを救おうとしていたのだもの。生きていて欲しいだろうし、会いたかったはずだ。

 でも、何年も……過去に戻った分、その倍以上の年月を離れて暮らしていたから、名乗るのが怖くなってしまったのかもしれない。

 そういう気持ちを、無理に曲げてとは言えない。


「しかしのぅ……いっひっひっひ。お前さん、交際しとる相手の親と、ずいぶん冷静に話し合っておったの?」

「……あ!!」


 今更ながらに焦る。

 レジーのお母さんだという意識が、こう、薄かったというか。茨姫の姿がエフィアという別な女の子のものだから、意識しにくかったのかもしれないけど。


「師匠……次に顔を合わせるのが怖くなっちゃいましたよ……」


 考えてみると、茨姫って私の記憶を見た時、そのう……レジーとのあれこれも少しは垣間見ちゃったりしたってことよね?

 それに気づくと、ますます頭を抱えてしまう。


「ヒッヒッヒッヒ」


 そんな私を見て、師匠は楽し気に笑い続けていたのだった。



 それから一時間もしないうちに、意外な報告がやってきた。

 ルアイン軍が引いたというのだ。

 レジーもアランも、急にそんなことをしたルアイン軍の動きを不審に思ったようだ。

 でもルアイン軍は粛々と行動を続け、やがてシェスティナ侯爵の城から離れ、街道を王都へと移動して視界からは見えなくなった。


 こうなっては、さすがに攻略しないわけにはいかない。

 ちょうどそこへ、遅れていたサレハルドの軍がやってきた。レジーはルアイン軍を警戒して王都へ続く道にサレハルド軍を配置。

 私達ファルジア軍は、シェスティナ侯爵の城を包囲した。


 そしてここでも驚かされることになる。

 パトリシエール伯爵から、騎士や兵士を投降させる意思があるという書簡が届けられたのだ。

 その条件が……私と一対一で話したいというものだった。

 将軍達も集められた会議の中、私は同席していた茨姫に確認した。


「この話に乗って大丈夫……ですか?」

「問題ないわ。あの男がしようとしていることはわかっているもの」

「これについても、未来を見ているんですか?」


 レジーに問われて、茨姫は表情も変えずにうなずいた。


「パトリシエールは、魔術師を亡き者にしようとしていた。この後で最も王妃の邪魔になるのが魔術師キアラだから」

「しかしどうやって……?」


 疑問の声を上げたのは、ジェローム将軍だ。


「親子の別れ話だと言って、対話を要求したのよ。そうして自分が用意した天幕の中で、話しをしながら魔術師を注意を引きつけたの。その間に、天幕の中に契約の石のカケラの粉を拡散させた」

「……そういうことか。キアラが影響を受けるだけではなく、ついて行った人間もキアラへの攻撃手段になる」


 アランがつぶやく。


「ええ。パトリシエール伯爵は魔術を使って砂になって崩れたけれど、炎の魔術だったから天幕は炎上したわ。中にいた人間は逃げるいとまもなかった。外にいる人間は自分まで魔術師くずれになっては、被害を広げるからと近づけなかった。魔術師も殿下もなんとか助かったけれど、怪我を負うのはさけられず……その後の戦いにとても響くことになるでしょう」


 一通り起こるだろうことを聞いたアランや将軍達が、唸る。


「たぶん、普通に断ってもパトリシエール伯爵は強引な手を使うだろうね」


 レジーの言葉に、同席していたベアトリス夫人が嫌そうな顔をした。


「なんとなく察しましたわ。全て拒否して攻め込んでも、伯爵は城下の民を魔術師くずれにしようとするのではないでしょうか、殿下」

「私もそう思いますよ叔母上。ルアイン……というかパトリシエール伯爵達は、そうできるだけの契約の石を持っていると考えた方が良いと思うのです」

「なら、絶対に飲めない要求と飲める要求を決めておくしかない」


 アランの言葉に、レジーはうなずいた。


「魔術師と会わせてもいいけれど、場所の設定はこちらに一任すること。この要求を提示してみようか」


 決定は、速やかに実行された。

 すぐに使者が出発し、パトリシエール伯爵にこちらの回答を投げかける。すぐに伯爵は『そちらの要求を呑む。ただしお互いに、立ち会い人は五人まで』と返してきた。

 五人まで、というところに何かしら他の策を思いついたのではないかとレジー達も考えたようだけれど、パトリシエール伯爵もできることは限られている。


 一応それで手を打つことにした私達は、会う場所の設営を行った。

 天幕は柱は私が石で造り、上だけを布で覆って壁はなくしてしまう。

 弓兵は離れた場所に配置し、風下側には立たせないようにした。契約の石の砂をばら撒くことを警戒しての措置だ。


 私と一緒に同席するのは、カインさんとベアトリス様。天幕に入らない場所に、フェリックスさんとレジーと茨姫にいてもらう。

 本当は、私と一緒に同席するのはジェローム将軍になるはずだった。けれどベアトリス様は、パトリシエール伯爵を油断させるためには王族がいた方がいいと主張して、参加することになった。 


「でもベアトリス様……こんな危険な場所にいらっしゃらなくても」


 私はベアトリス様を再三に亘って説得しようとしたけれど、うなずいてはくれなかった。もうひと押ししてみようと、設営したばかりの天幕の下で私は言った。


「お願いです。お母さんを亡くすことになったら、アランに謝りきれません」


 するとベアトリス様はおかしそうに笑った。


「一番危険なのは貴方よキアラ。でも名指しされたから貴方を遠ざけるわけにはいかないのだけど。そして私も、貴方に万が一のことがあったらレジナルドに謝りきれなくなってしまうわ」

「……う」

「そもそも、私はあまりレジナルドに何もしてやれなかったから……」


 ベアトリス様は寂しそうにうつむく。


「あの子の母親を助けてやりたかったけど、私の手は届かなかった。今でもどうにかできなかったかと悔やんでしまうわ。だからその分も、あの子の大切なものは無くさせたくはないと思っているの」


 私は側にいる茨姫のことを意識した。

 姿を隠すためにフードを目深に被って髪も隠している茨姫。彼女はベアトリス様のことを聞いて、どう思ったかな……。

 肩を落とした私の背中を叩いたのは、カインさんだった。


「貴方はパトリシエール伯爵との対面に集中して下さい」


 うなずいて前を見る。

 ちょうど、遠くに見えるシェスティナの都市の方から、パトリシエール伯爵が向かって来るところだった。

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