シェスティナ平原の会戦 4
その後は私の出番だ。
土の中に埋めてしまった人達を、脱出させなければならない。
空気口は開けておいたけれど、真っ暗な場所に閉じ込められて一時間近く放置されたのだ。守るためとはいえ、きっと困っているだろうし怖い思いをさせただろう。
ルアイン軍が布陣した場所から離れているおかげで、私も現場にやすやすと近づけた。
覆った土の天井を取り除いて簡単なスロープを作ると、手伝いの兵士達が中で座り込んでいた奴隷達を歩いてファルジアの陣営まで連れて行ってくれる。
まだ死んだ奴隷とも縄で繋がれている状態だったので、縄は切られた。それでも奴隷になっていた人達は、暴れもせず逃げもしない。暗い表情でとぼとぼとこちらの指示に従って歩いてくれる。
その中に、しっかりと顔を上げて歩く人達がいた。
どの人もまだ若い。私と同じような年の少年から、三十代くらいまでの十人ほどの男性。うつむいて泣くことも忘れたような表情の人の中で、彼らはどうしても目を引いた。
けれどその人達も、逃げるわけではない。
少し離れるようにしてレジーとアランが現れると、一番先頭へ移動して彼らの方から問いかけた。
「君達が、この軍の最高責任者か?」
面白がるような顔をしたレジーを見て、無表情のままアランが一歩前に出て対応した。
「そうだ。僕が責任者だ」
レジー達は話をする必要があると考えはいるけれど、唐突に襲い掛かってくることも想定して、アランが代役をするつもりなのだろう。
でも一体何を話すつもりなのか。
私達が見守る中で、カインさんとそう年齢が変わらなさそうな奴隷の青年が言った。
「俺達をどう扱うつもりなのか聞きたい。戦場で皆殺しにせず、保護するようなことをしたのだから、何かに利用するつもりなのか?」
「そうだな。ありていに言うと利用するつもりだ。勿論、お前たちは従うだろう。それ以外には何もできそうには見えないからな」
突き放すようにアランが言うけれど、事実だ。
奴隷達は肉盾として扱われる予定だったせいか、衣服もあり合わせのもので、靴もぼろぼろだ。兵士達は万が一のために保存食などを持たされているけれど、彼らにはそれもないだろう。
逃げても飢えて死ぬか、近隣の村などで強盗をしたところで、いずれは捕まって殺されるだろう。
それがわかっているから逃げないのだろうけれど……。それにしても大人しすぎる。まるで統制がとれていて、無気力ながらも誰かに従っているような感じだ。
まさか、パトリシエール伯爵と何か密約でも結んでいるんだろうか。でも同国人が死ぬのも厭わずに? 自分が死ぬかもしれないのにそんなことをするだろうか。
頭を悩ませる私の視線の先で、アランが話を進める。
「お前たちには国に帰ってもらう」
「は?」
言われた奴隷達は、目を丸くする。気力を失っていた者の半数も驚いて顔を上げた。
戦争の兵として使われた奴隷が、捕まった末に指示されることといえば、戦うことだ。
「戦わなくて……いいのか?」
呆けたようにそう問い返したのも、無理はないだろう。
「次の戦でもルアイン軍は奴隷を使うだろう。そして前面に出て来た同国人達を、こちらに逃がすように。自分達の同国人を解放するために、唯々諾々と従っている彼らに、呼びかけはしてもらう。その後は自分達の国に帰ってもらう」
「国に帰させるって……本気でか?」
先頭に立つ青年奴隷の問いに、アランはうなずいた。
「お前たちの数が数だ。こちらとしても食料の都合をつけ続けるのは骨だ、という事情がある。ただし条件がある。武器を与えた上で、故郷に戻す。代わりに自分達の国のルアイン兵と戦え」
この言葉には、私も驚いた。
奴隷達の方はなおさらだっただろう。
「俺達が……。ルアインに侵略された国の人間だと知っているのか?」
「偵察させた時に、そこまでは調べさせている。トールディ王国だろう? もちろんルアインに恨みは持っているはずだ。家族は殺されたか、同じように奴隷として扱われているか、なんにせよ国を取り戻すために剣を手にする理由はあるはずだ」
アランはそこで、一応見届け人はつけさせるが……と言って、ぐるりと集まった奴隷達を見回す。
「国に戻りたくないというのは、こちらとしては受け入れられない。あと、この場でどうするかを決めてもらおう。……察するに、お前たちが移送されてきた奴隷のまとめ役なんだろう?」
そしてアランは、前に出た青年の後ろにいる、十代の少年に視線を向ける。
「察するに、そいつがトールディの王族か、王家の血を引く貴族なんだろう?」
先頭に立つ青年が目を見開いた。でも彼はそれ以上は表情を変えなかったけれど、後ろに少年と一緒にいた男性二人が、慌てたように彼を守る位置に立ち場所を変えた。
「当たりだな。お前たちはバレないようにしていたようだが、こちらが保護するまでの間も、そいつだけは守るように複数の人間が動いていたのはわかっている」
アランの言葉に、先頭の青年も認めるようにうなだれた。
私の方はそこまで観察できていなかったので、素直にびっくりした。同時に、なんだか統制がとれていた理由がわかった。この少年の身分を明かしているかどうかはさておき、周囲の人間が他の奴隷達を統率していたのだろう。
いつかは皆で、もしくは少年だけでも逃がす機会を伺い、実行するために。
やがて、庇われていた少年が一歩前へ出た。
茶色の髪の、アランよりもやや幼い顔をした少年は、真っ直ぐにアランを見返して言った。
「トールディの王位継承権五位。ルクスです。私が交渉を行います」
「公子……」
先頭にいた青年の言葉で、どうやらこのルクス少年は、公爵家の嫡男らしいことがわかった。
彼を逃がそうと周囲が必死になったのだから……きっとトールディ王国の他の王位継承者は、殺されてしまったのだろう。
「武器の供給、そして国へ帰してくれるというのなら、私達には兵を挙げない理由がありません。特に今、ルアインはファルジアを攻めるためにかなりの兵力を裂いていて、トールディの防衛は薄くなっているでしょう。けれど、私達にそこまでしてくださる理由を教えて下さい」
何のために親切にするのか。問いかける公子の言葉に答えたのは、レジーだった。
「未来への投資だよ。私達はこの国を安定させたら、いずれルアインを攻めなければならない、その時、ルアインにはもっと弱体化していてほしいからね」
「なるほどわかりました。ルアインの国力を削ぐため、なのですね」
公子はレジーの言葉に納得したようにうなずいた。
攻めなければ、と言ったことに私は唇を引き結ぶ。
この侵略戦争を終わらせても、ルアインを追い出しただけだ。報復しきったことにはならないし、ルアインも負けを認めて大人しく賠償金の支払いに応じないだろう。
そしてファルジアも、サレハルドの賠償金だけでは、あちこちの補填には足りない。配下の騎士や貴族達に報い、ある程度取り戻すためにも、レジーはルアインが弱体化しているうちに打って出ることにしている。
戦は、今回だけでは完全には終わらない。
理由がわかっていて、そうでもしなければまら国力を回復した時に、ルアインがどんな手を使うかわからない以上、ファルジアは攻めるべきだとわかっていたけれど。
複雑な気持ちになりながらも、私はやっぱり戦場についていくだろうと思った。
結果的、奴隷達は皆こちらの条件を受け入れることになった。彼らにとっても渡りに船なのだから当然だろう。
そうして就寝しようとした夜半に、パトリシエール伯爵は襲撃を仕掛けて来た。




