シェスティナ平原の会戦 3
その間、私は胸がざわついていた。
またレジーに暗殺される危険が出てきてしまった。
どうあってもこの世界の流れが、レジーを殺そうと動いてしまうんだろうか?
いやいや。そんなことはない。ただ戦争中だし、紛争の多い世界で王様になれる立場にいるから、どうしても標的になりやすいだけだ。
それでも心配だ。
一度、そうしてレジーを失った記憶があるから。ゲームの記憶だけじゃなく『逃げられなかったキアラ』の記憶として。
カインさんもその不安に配慮してくれたんだと思う。もちろん、暗殺から身を守るのなら、敵からも矢が届きやすい場所から離れる必要はあったけれど、レジーの元まで行く必要はない。
左肩をくっつけるようにして接しているカインさんは、ただ前だけを見ている。
やがて近づいてきた本陣は、混乱が起こった最中だった。
バージルさんが、レジーに接近していく。その周囲では、何人かが不意を打たれて怪我をして倒れていた。
隙を狙ったんだろう。グロウルさん達も少し離れていて、駆けつけようとしていた。
フェリックスさんがいるけれど、後ろからも忍び寄っている兵士がいて、レジーはそちらへ向いていた。
あげく、離れた場所で矢をレジーに向けている兵士がいた。バージルさんを狙っているわけじゃないだろう。彼と一緒に囚われていた仲間だったのを、私は覚えていた。
矢には間に合わない。誰か気づいてくれるかわからない。
「師匠!」
私は師匠に魔力を込めて投げた。
「ひょわあああっ!?」
師匠が風を巻き起こしてすっ飛んで行く。そこに矢が飛んで、土偶ボディから発される風に巻き込まれて師匠に当たり、地面に落ちた。
……師匠はそのまま飛んで行ってしまった。
けれど矢を射た兵士は、失敗したとたんに何かを飲み込んで、瞬く間に魔術師くずれに姿を変じる。体から火を噴き出し始めた。
「離れて下さい!」
叫んだ私は馬から降りると、すぐに土を操って魔術師くずれになった兵士を土の中に閉じ込めた。
その間にバージルさん達の方も決着がつく。
迎え撃ったフェリックスさんが足を切りつけ、腕を刺し貫いて抵抗できなくした。他の兵士達も次々に捕えられ、レジーも背後から襲おうとした一人を斬り倒していた。
私は先に、落ちた矢を確認しに行った。
拾った兵士さんから渡してもらって確認すれば、やはり契約の石の砂が付着していたようだ。
「ここまで戻ってくるなんて、そちらも問題があったのかい? キアラ」
矢を確認していたら、レジーが私のことを見つけてくれた。
「キアラさんにも暗殺の手が及びましたので、守りの厚い場所へ移動させました。斬り殺しましたが、そのバージル達の仲間でしょう」
代わりに答えてくれたカインさんの言葉にうなずき、レジーは表情を曇らせた。
「とりあえずキアラはここで待機してもらう。あの砦にわざわざいて、こちらに保護させようとしたんだ。パトリシエール伯爵の策の一つなんだろう。暗殺騒ぎでこちらが動じなければ、一度ルアイン軍も引くはずだ。戦線は維持してくれ。魔術師の代わりに氷狐を」
最後の指示をグロウルさんに伝えると、レジーは捕えたバージルさんに近づいた。
彼はまだ、フェリックスさんの剣で地面に腕を刺し留められたままだ。
無表情でバージルさんを見下ろしたレジーは、彼に問いただす。
「君に依頼したのは、パトリシエール伯爵かい? わざわざ囚われの身らしくなるよう閉じ込められてみたり、随分苦労したみたいだね。何を引き換えに要求したんだ? 言えば傷の手当ぐらいはしてあげてもいいよ」
レジーの言葉に、ぞっとする。言わなければこのまま死ねと言っているのだ。
でも戦場で重要人物を狙ったのだ。即殺されてもおかしくはない。剣をそのままにしているフェリックスさんも、情報を引き出すために生かしておいただけなのだろう。
私の動揺に気づいたのか、カインさんが遠ざけようとしてくれた。
でも私は首を横に振って、そのまま聞いた。分を殺そうとした理由、そして殺す計画に加担した人がどうなったのか知りたかった。
バージルさんは痛みに呻いていたけれど、次第に顔から血の気が失われていくにつれて、大人しくなる。
そうしてようやく、口を開いた。助けて欲しいと願うような目ではなく、ただ静かな表情だった。もう死んでしまうからと、諦めたのかもしれない。
「国王を……殺せば。そのまま女王の騎士隊長として取り立てるからと……」
マリアンネ王妃の指示に従って、バージルさんは国王を殺したのだ。
「それだけではないだろう? 君は借財があったね。それを帳消しにする資金でももらったんだろう」
「な、ぜ……」
バージルさんはなぜレジーがそこまで知っているのかと思ったのだろう。
「君達を国王ごとまとめて追い落とすために、情報を集めていたんだよ。必要なかったみたいだけど。そんな約束をしていた君が、どうしてシェスティナ侯爵領に?」
「……娘と、妻が。私ならファルジア軍に入り込めるだろうと、言われて」
人質をとられて、ファルジア軍に打撃を与えるように指示されたという。
レジーは一応、フェリックスさんに手当をさせるよう命じた。けれど今からでは、その手当が効果があるかはわからない。
結果がわかったので、私はその場を離れようとした。すぐにレジーに止められる。
「どこへ行くんだい、キアラ?」
「あの、さっき師匠を飛ばしちゃったので探しに……」
と言ったところで、青いリボンをした氷狐ルナールがとっとっと駆けて来た。
「ぎやああああ、犬のよだれがあああ!」
という師匠の叫び声とともに。
見ればルナールは師匠を咥えて持ってきてくれたようだ。
受け取ってみれば、よだれはちょっとだけだ。
「ありがとうルナール。師匠、よだれちょっとしかついてないよ? 拭けば大丈夫だし、そもそも連れ戻してくれたんだから」
「犬に食われた……」
表情が変わらないはずの土偶なのに、なんだろう。はらはらと涙をながしているように見える。さすが師匠。
嘆きが収まらない師匠を慰めている間に、レジーの予想通りにルアイン軍は次第に引いて行った。
今日はここで、引き分けになるようだ。