事前の打ち合わせと一緒の食事
私達は王領地の西へ向かうことになった。
早めにシェスティナを落とし、王都を解放するため、そして王妃を倒すためだ。
ただ問題がある。
王領地とパトリシエール領についてだ。
シェスティナへ向かうまでの間には、もう砦はない。王都に近い領地ほど侵略される恐れが少なかったため、砦を作る必要がなかったからだと思う。
そのため警戒するべきは、パトリシエール領にある砦に残存しているルアイン兵。そして東のキルレア方面に残る砦だ。
東については、ベアトリス夫人のいる軍にそのまま任せる。パトリシエール領については、レジーがあっさりと言った。
「イサーク陛下、任せました」
移動したのは、そこそこ広い三階建ての町長の館だ。とはいっても部屋数的には30室くらいの裕福な商家を大きくしたようなものなので、確かに主要な人間くらいしか泊まれないだろう。
そんな館の居間を使わせてもらっているのだが、向かいのソファに座っているイサークは、やや不満そうな表情だ。
「俺達だけでやれってか?」
レジーは微笑みを崩さない。
「冬になって事態が膠着するのは避けたいからね。そちらも来年の春まで私達に付き合わされるのは困るのでは? それに居残り組にしてやられる、だなんて無様なことはしないと思ったのだけど」
要約すると『居残った少数の敵も倒せなくて怖気ついているのかい?』ということだろう。
イサークも正しくそれを理解したのか、頬がひきつっている。
「お前、そんな穏やかそうな顔して結構喧嘩っ早いよな?」
「売った覚えはないけど。ただ先に挑発したのは君なんだし、あえて受けてくれると思っているよ。私の方もシェスティナの砦を先に落としておく。その後、君やもう一方の軍を合流させてから、シェスティナのルアイン軍を攻略したい」
「……早さを考えるなら、妥当な案だな」
「サレハルドには感謝しているよ。王領地での兵の損耗が少なく済んだからね」
レジーの言葉を、イサークは鼻で笑った。
「まぁ、あの一戦だけじゃトリスフィードを占拠した代償には足りないんだろ? パトリシエール側の北の砦は落としておいてやる。だがこっちもトリスフィードで兵数が削られてる上、呼び寄せるわけにもいかない。二千ぐらいはこっちに都合をつけろよ」
言われたレジーは、アランと小声で打ち合わせる。そうしてアランの騎士ライルさんと二千の兵がトリスフィードと一緒に行動することになった。
イサークは早々に出発することになり、その準備や指揮のために部屋を出て行く。
急ぎの話は終わったので、私達は食事をとることにしたのだけど。アランはもう済ませていて、カインさんは野営でもなければ一緒に摂らない。
「さっきの約束通りにしようか。せっかく君のお父様の許可をもらっているんだしね」
私の手首を掴んだレジーと、町長の奥さんが案内してくれた食堂で食べることになった。
食事を並べてもらうと、レジーは給仕に残っていた召使いを必要ないと言って断った。
だけど二人っきりになった……というわけでもない。師匠がいるから。
「見張ってやるわい。イッヒヒヒヒ」
と言う師匠をテーブルの上に置いて、食事に手をつけることにする。
「これだけの人数が町に押しかけてるのに、食事はけっこう気を遣ってくれてるみたいだね。あまり悪印象を抱いていないのは、アランのおかげかな」
そう言いながら、レジーはミートローフみたいなお肉をナイフで切って行く。
前から思ってたけど、レジーはナイフの使い方が綺麗だ。やり方もわかっているし、それなりに何年もナイフとフォークで食事をしてきた身だけど、こんなに優雅に食べられる気がしない。
ようするに私、雑なんだよね。
でも治したい。今まで以上に、レジーと食事する機会ができたとしたら、回りの人に「ヤダあの子綺麗に食べられないの?」とか言われるのは嫌なので。
……その、無事に国を取り戻してね、その後もレジーが付き合ってくれるつもりなら、機会が沢山できるかなって。
レジーは王様になるだろうし。彼に会いたいのなら王宮に滞在させてもらうことになる。忙しくなるだろうレジーに毎日会いたいのなら、食事の時間に会うことが多くなるだろうな、と。
考え事をしていたせいで、お肉がくずれてしまった。
う、恥ずかしい……と思って、そそくさとそれを片付けていると、だんだん緊張してくる。完璧な人の前で、失敗するのはけっこう恐ろしい。幻滅されないかと不安になる。
考えてみると、エヴラール城への途上とその時の滞在時以外では、レジーと何日も一緒にいるということがなかった。
まだ子供気分だった頃だから、あれこれと気にしなかったけど、今は大人になった分だけ人の目が気になってしまう。
そのせいで食べるのが遅かったようだ。
「疲れて食が進まないのか?」
横で見ていた師匠に言われて我に返る。そしてレジーの食事が終わりかけてるのを見て、私は食べることに必死になった。
待たせてはいけないからと、猛然と食事を片づけ終えたところで、レジーに聞かれた。
「お茶は足りてる?」
大丈夫と答えようとしたら、なぜかレジーが隣にいた。
しかもカップにお茶を足してくれている。
「はっ? お、王子が給仕みたいなことしなくても……」
ていうか、そういうのって私の方がやるべきじゃ!? 完全に気が利かないっていうのが丸出しで、落ち込みそうになった。
「気にしないで。給仕を誰かに頼んだら、キアラの隣に座っていられないだろう? 王子がそんな不作法をするなんて、と言われるからね」
だから召使いの給仕も断ったのだと、堂々と言う。
「お腹はいっぱいになった?」
「う、うん」
レジーが入れてくれたお茶を見たら、ものすごくお腹がいっぱいになった気がした。
「じゃあ、少し私の空腹につき合ってほしいな、キアラ」
そう言ったレジーが私の横髪を一筋持ち上げた。髪が動くたびにぞくぞくとした感じが首筋を這う。少しの間髪を指で梳いたりと遊んでいたレジーが、噛みついた。
「ちょっ、レジー!?」
なんで噛むのと驚いて身じろぎしたら、すぐに口を離したレジーの手から、髪がすり抜ける。
「甘えさせてくれるって、約束しただろう?」
「約束したけど、でも髪を噛むとは思わなくて、だって馬で走ってきたばかりだから土埃とか……」
「私は気にしないよ?」
目を眇めたレジーが、隣にいた私を抱きこんで、首筋に顔を寄せてくる。
つい先日、首筋に口づけられたことを思い出して肩に力が入る。そんな私にくすくすと笑いながら、レジーは一瞬だけうなじに唇を押し付けた。
「ひゃっ」
背筋にくすぐったいような感覚が走って、思わず声が上がる。
「おいおい……」
師匠が呆れたように言ったけれど、レジーはさっぱりと無視した。
「早く私と接することに慣れて欲しいな。率直に言うと、キアラから抱きしめられたいって思うようになって欲しいし、キスしたいって思ってほしい」
そう言ったレジーが、私の首を両手で包み込むようにして顔を上げさせる。
「とりあえずは、そこまでで我慢するから」
「とりあえ……ん」
とりあえずってどういうこと? と聞く間もなく、レジーのキスで口が塞がれてしまう。
師匠のため息が聞こえてきたけれど、キスで息が苦しくなることだけで頭がいっぱいで、そのことを考える余裕もなくなっていた。
レジーもそこまでで、甘えるのは中断してくれた。
「あまりここを占領してもいけないからね。君や私のお兄様に怒られそうだし。また今度」
そう言ってレジーは、私を解放してくれたのだけど。
「わし……この先が恐ろしくなってきた……」
師匠が呆然とつぶやいたまま、しばらく「ぐぬぅ」とか「ううう」とか唸り続けて、様子がおかしくなってしまった。
おかげで師匠に見られた恥ずかしさは、少し薄れたのだけど。
「……慣れるの、かな」
レジーに言われたこと、されたことを思い出して、私は疑問に思う。
我に返ると、つい廊下で立ち止まってしまっていて。正気に返れ自分と、廊下の壁に頭を二度ほどぶつけていたら。
「キアラ、おまえとうとう頭が……」
目撃したアランに、ものすごく気の毒そうな表情でそんなことを言われた。
違うよ? おかしくなったわけじゃないからね?
抗議したのだけど、アランは全く信じてくれなかったのだった。
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