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私は敵になりません!  作者: 奏多


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エヴラール辺境伯家の打ち合わせ

 レジーが王宮へ帰った。

 いつか帰るということは分かっていたし、そもそも王子があまりに長く王宮を空けているというのも宜しくないことだろう。


 それでもここは時間に正確なあまりに「電車が来なくてさー」みたいな言い訳ができない前世とは違う。

 自然現象に太刀打ちできないことが多すぎるのと、人馬しか移動手段を持たない世界では、時間のながれはゆっくりだ。

 そのためか、レジーも一ヶ月ほどゆっくりとエヴラール辺境伯家に滞在していた。

 それに教会学校に迎えに来てみたり、それから王都へ帰る時間のことも考えたら、都合二ヶ月ほど彼は王宮を離れていた計算になる。

 移動時間の長さとか考えたら、そりゃ一年に一度しか来られないよね。


 正直なところ、一番気の合う人がいなくなったことは悲しい。何も言わなくてもわかってくれる人というのは稀少だ。


 それに……うん。

 どう言ったらいいのかな。

 自分が死にたくないってことだけを考えてばかりいたのと、前世でもそんな事態に遭遇したことがなかったせいで……正直どうしたらいいのかわからない。

 前世だったら、人に話せば間違いなく自意識過剰だと言われかねないこの状況。

 いや、むしろ前世だったら気がないのに頬にキスとかする!? と言われるか。


 とにかくあの魔術やこれから起きる出来事について告白した日から、私は動揺を引きずっていた。

 頬にキスとか、キスとか!!

 泣き止んで正気に返った後で、どう理解したらいいのかわかんなくなったよ!

 前世だったら自分の価値とか無視しまくって、期待したかもしれないけどね? この世界だと、ほら、欧米的な感じだから親が子供の頬に口づけることとかあるのよ。

 だから頬キスの敷居が低いというか。

 兄妹でっていうのも一度見たことあるし。

 なら、親愛のキスなんてものが家族同然に思えばすることもある……かもでしょ?


 その辺り、自信がないのは普通の家庭生活を送ってこなかったせいだろう。実家は幼少期から父親なんて私にかまわなかったし。母親がするのは幼児だったから当然だろうし。継母は手も触れない。そして養女先は完全な部下か使用人の類的な扱い。

 無理無理。この世界の一般家庭がまったくわからないから想像つかない。

 それにレジーや辺境伯が無事に二年後を越えるまでは……そこから派生しそうな感情のことを考えると本当に何もかもが怖くなって動けなくなりそうだと感じた。


 とにかく今の私の居場所はエヴラール辺境伯家だ。ここで働くと決めたのだからがんばろうと思う。


 さてここで問題になるのが、パトリシエール伯爵の手下による襲撃事件だ。

 先方にヴェイン辺境伯が抗議をしたところ、部下が人違いをして暴走したのだろうという返事が返ってきたようだ。もちろん伯爵家の恥さらしなので、エヴラール辺境伯の方で好きに処罰していいとのことだった。

 もちろんヴェイン辺境伯は、そのうちの一人が魔術師くずれであったことをネタにつついてみたようだったが、当然ながら知らぬ存ぜぬ。いないことになっているので、私の証言を使えるわけもなく、お手上げ状態になったらしい。


「今一番問題なのは、領内に入り込んで私の部下を殺したはずの、他の魔術師が捕えられていないことだ」

 最終的に残った問題はそれだった。

 私とベアトリス夫人、アランとその護衛のウェントワースさん、そして私の事情を知らせている老齢の家宰のローレンスさんが集まった場で、ヴェイン辺境伯がため息混じりに言った。


「こう何人も魔術師や魔術師くずれが出てくることなどあり得ない。なので私はレジナルド殿下が仰った通り、パトリシエール伯爵が何らかの企てを行っていると考えている」

「父上、企てとは……?」

 アランが問う。


「魔術師を使うなど、通常の小競り合いの範疇を逸脱する。王宮内の勢力争いにしろ、魔術師を確保することで威圧するなら一人で十分だ。捕まえた者は、何らかの魔術的な代物を飲んだ事で、魔術師くずれとなったというなら、大量に魔術師もしくはそのなりそこねが生産できるのだ。たとえなり損ねであったとしても、一時的に戦力として使えるというのにそんなことをするのは……王国を覆しかねない戦を起こすつもりなのかもしれない」

 戦、という言葉に、その場にいた者達が小さく息をのんだ。


「でもあなた。戦といっても……」

「パトリシエール伯爵が関わるとなれば、ルアインですか。しかし王女が王妃になったわけですから、動く理由がないのでは」

 ベアトリス夫人とウェントワースさんの意見に、ヴェイン辺境伯は首を横に振る。


「しかし殿下を亡き者にしない限りは、王妃が王子を産んでもルアインの血が王家に入るわけではない。その次の代を狙うにしても、ルアインがそこまで待てない可能性もある。もしくは……王国の弱体化を見て、一気に叩くことにしたのか」

 王妃が自分の子供を王位につけられない状況から、ルアインが侵略するよう仕向け、そのために縁者であるパトリシエール伯爵を動かしているという可能性を、ヴェイン辺境伯は考えたようだ。


 私は心の中でうんうんとうなずく。

 ゲームの開戦理由はそこなのだ。むしろ元からルアインは開戦するつもりで妹姫を嫁に出した。そして王妃は、国内に協力する貴族を増やして虎視眈々と好機を狙っていたのだ。

 おかげでスムーズにルアインの侵略が成功し、アラン達が追い込まれた状況だったのが、ゲームの初期状態である。

 アランは戦いに勝ってその勢力に押されていた貴族達を救い、それによって勢力を強めていくのだ……正しくは、レベルの高いキャラが参加する形で、アレンの軍が増強されるわけだが。


「でもそれなら、殿下だけを標的にするのでは?」

 六十代に近い、白い髪に白髭の家宰のローレンスさんが疑問を口にした。

 実はこの人を最初に見た時、私は「あ、フライドチキンのおじさんに似てる」と言いそうになってしまった。件のフライドチキンが売りのお店の大佐が、中世風のコスプレをした感じだったもので。


「殿下を殺しても、王家には他に傍系の男子がいる」

「……アラン様ですか」

 ウェントワースさんがヴェイン辺境伯の言葉を引き継げば、他の者の顔にも理解の色が広がった。

 口に出したウェントワースさんも、微妙にわかりにくいながらも渋い表情をしている。彼もよくよく思い出してみれば、ゲームに出ていた。騎士なんで移動距離も長くて、度々彼を使っていた。そんな感じの騎士キャラが何人かいたもので、すっかりウェントワースという名前が脳内で埋もれていたようだ。


「まさか、だからエヴラール辺境伯家に魔術師を次々と送り込んでいるの? 次に障害になるだろうアランを殺すために?」

「私はそう考えているよ、奥さん。次々に魔術師くずれを作り出して送り込んできたのも、キアラのことは口実にすぎないだろうとね」

 この話の流れで、ヴェイン辺境伯はエヴラール家がルアインを支持する派閥に狙われていて、ルアインから攻撃を受ける可能性があることを認識させてくれた。

 しかも私の荒唐無稽としか言いようがない、夢の話を持ち出さずに、だ。


 もしかするとこれを考えてくれたのはレジーかもしれないが、本当に有り難い。

 誰だって、夢の話をされて半信半疑で振り回されるより、状況から導き出された現実的な予想の方が、行動しやすいだろうし。

 そしてレジーは、私のことを正確にヴェイン辺境伯に伝えてくれたようだ。


「さて、話がここまでなら、キアラを呼ばずに済ませたのだが……。彼女もこれに関連して難しい状況にある」

 きた……と思って私は思わず緊張で肩に力が入る。

 ベアトリス夫人の後ろに立っていた私に、みんなの視線が向けられた。


「キアラも魔術師くずれになった男と、同じ物を飲まされたことがあるという」

「え、じゃあキアラも……」

 驚愕の表情に変わるアランに、今にも泣きそうに目を潤ませ始めるベアトリス夫人。


「おおおおい、大丈夫なのかお前?」

 しかもアランは立ち上がって私の手首を掴む。

 何かあったら、保護者のレジーにどう言ったら……なんてよく分からないことを口にしているが、間違いなく心配してくれている。

 ……なんかほっとした。

 間違いなくこの二人は、恐怖とか嫌悪を感じたりしなかったみたいだ。今一番私に近く接している二人が、私を異質なものとして怖がらなかったのだから。


 ローレンスさんも気の毒に思ってくれているようで、ベアトリス夫人と顔を見合わせてしんみりと目の端を拭い……。

 って、私まだ死んでませんよー。死にたくないんですよー。そのためにあがいてたんですよう。

 主張したいが、するわけにもいかない。言えないことがあるっていうのは、面倒なものだ。

 さすがにウェントワースさんは、色々な状況を想定し始めているのか、腕を組んで考え込んでしまっている。けれど子供にまでそんなことをするのかとつぶやいているあたり、さすがヴェイン辺境伯のところに士官しただけあって、情に厚そうな人だ。


「素質があったせいなのか、運良く効かなかったのかはわからないが、体に問題はないようだ。今のところ魔術が使えるわけでもないので、キアラはそれが魔術に関係するものなのかどうかも知らなかったと聞いている。そうだね、キアラ?」

 そこでヴェイン辺境伯が説明してくれるので、私は大人しくうなずいた。


「それに魔術師くずれと同じ物を口にしたと言っても、本当にその飲み物が原因で魔術師にされそうになったのかどうかは不明だ。現物がないので確かめようがないし、捕らえた男が何かを勘違いした可能性もある」

 けれど念のため、ということで、私は状況が落ち着くまで城から決して出ないこと。そしてベアトリス夫人に私を出さないようにとヴェイン辺境伯は命じた。


「結婚をさせるために探しているのならまだしも、もし魔術師になる可能性を買われてキアラを狙っているのだとしたら、危険だ。敵魔術師となるのも困るが、殿下からの預かりものでもあるので、皆、彼女のことについて注意を払ってやってほしい」

 そうして私は、城外へ出ることを禁じられた。

 なにせ襲われた直後なので、私としても出るのは怖い。

 詳細を知らない城内の人達も、襲撃のことをベアトリス夫人が話した上で「可哀想に外へ出るのが怖くなっちゃったみたいで。しばらく遠ざけて心を癒してもらおうと思うの」と言ったことで、この処置に納得していたようだ。

 むしろ外に出る機会すらない私のことを、ちょっと気の毒に思っているようだった。


 そうして三ヶ月後。

 辺境伯領のとある川原で、魔術師くずれが死んだ痕跡が見つかったのだった。

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