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王領地へ

 この世界に生まれてから、初めて船に乗ることになった。


 王領地までは船で五日ほどかかるらしい。湖なので潮の流れが早いわけでもなく、かなり風頼りになるというわりには、早い。

 しかもキルレア伯爵領を戦い抜いて到着しなくてもいいのだ。兵の損耗も犠牲も無しで到着できる。


 サレハルド軍を先行させなくとも、レジーはこの方法を使うつもりだったようだ。その初期案だと、近衛騎士のディオルさんの家、王都に近いタリナハイア領へ渡ってそこにいるだろう兵を集め、王都へ攻め上る予定だったらしい。

 けれどレジー達が移動したと聞けば、他の領地に散らばっていた兵も、急いで王都へ終結して、ルアイン軍の規模が膨れ上がることになる。

 リスクの高い戦いをするよりは、順に攻略した方が少人数を相手にすることになるので、楽だと判断したようだ。

 そのうち何分の一かは、イサーク達にお掃除してもらうこともできるのだし。


 とにかく出発日になった。

 デルフィオンの船や、レジーが援軍として呼んでいたタリナハイアの兵が乗って来た船などに、兵達が分乗する。

 そうして間もなく……アランが船酔いになった。


「周りで一番野生児みたいな人だと思ってたのに……」

「野生児って、なん……うぷ」


 船の欄干にもたれかかるように捕まり、アランは青い顔をして湖面を見下ろしている。


「アランが一番、外で木登りとか野犬と戦ったりとかして暴れ回ってそうなイメージが」

「僕がいつ、暴れ……うっぷ」

「まぁそれは冗談として。アランっていつも馬乗り回してどこかにいたし、噂で大きくなったリーラにも乗せてもらったって聞いたから。大きく揺れる船の上でも平気なんだと思ってたんだけど」


 三半規管とかすごく鍛えられているんだろうと思ったので、ものすごく意外だったのだ。


「ていうか、なんでお前が平気なんだ……」


 恨めしそうな声でアランに言われて、それもそうだなと私は首をかしげた。


「なんで平気なんだろう?」

「あの土人形(ゴーレム)に乗ってるせいでしょう。あれはけっこう横にも揺れますからね。船よりも酷い。それに慣れているから、キアラさんは予想外に平気なのでしょう」


 推測を口にしたのはカインさんだ。


「ここにいたんですか、キアラさん」

「せっかくの船旅ですだから外見たいですし」

「それはいいですけれどね。アラン様のことを少しそっとしておいてあげて下さい。たぶん、話すのもやっとですよこの感じだと」


 と言ってカインさんが目を向けるアランは、さっきよりもますます青い顔をして、口元を押さえている。


「さ、気分良く吐かせてあげてください」


 そう言うカインさんに同調するように、アランが口を押さえていない方の手を、追い払うようにしっしっと動かした。

 確かにこれは限界そうだ……反省して私はその場を離れる。


「話してたら気分がまぎれるかなって思ったんですけれど……」

「それよりも薬の方が効くでしょう」


 アランに近づくチェスターさんが、何かを持っている。水筒と薬だろう。それなら、効けばよくなるだろうと納得した。

 それにしても、と思う。

 アランのことを気にして、構っているつもりのお邪魔虫な私を引き離したりするところなんかは、本当にカインさんてお兄さんなんだなと感じた。

 思わず笑ってしまう。


「どうかしましたか?」

「いえ、カインさんて本当にアランのお兄さんなんだなと思いまして」


 カインさんは少しびっくりしたような顔をした後、苦笑いしてみせた。


「そうですね……。最近は手がかかる妹ばかりかまっていましたけどね、アラン様もいくつになっても目が離せない弟のままでいてくれる」


 そう言ってカインさんが私の頭を、二度軽く撫でた。


「さて、その妹のようなキアラさんは、きっとこのことも知りたいだろうと思いましたので知らせに来たんですよ」

「え? 報せですか?」

「サレハルド軍からです」

「イサークが?」


 王領地に侵入したイサークからの連絡が来たようだ。

 カインさんがうなずいた。


「鳥を飛ばしてきました。王領地への上陸は上手くいったそうですよ」


 イサーク達はルアイン兵の鎧を拝借した上で、ルアインの船で遠回りをして王都に近い方からやってきたふりをしたそうだ。

 王領地のルアイン軍は、ファルジア軍の進行状況に対応するため、増強するために兵を送ったという話を信じ、港にイサーク達を招じ入れた。

 そうして油断したところで、湖岸の砦を奪還したそうだ。

 ルアイン軍の油断を突いたことで、被害も軽微で済んだと聞き、私はほっとした。


「落ち延びた者からすぐにあちこちに話が伝わるでしょうから、一度しか使えない手ですね。でもその一度を、誰もが失敗せずにやりおおせるとも限らない。さすがというべきでしょうね」


 カインさんが褒めたことに、私は驚く。

 騎士達は仕えている領主や貴族の兵でもあり、彼らに次ぐ指揮官の役割もする。普通の兵士とは役割が違うのだ。だからアランやレジーも自分の騎士に、軍の運営を任せることがよくある。

 カインさんもそんな一人だ。

 だからこそ軍を動かして、戦いに勝つ難しさもよくわかっている。そんな人が、自分を殺しかけた相手を褒めたのだから。


「どうかしましたか?」

「驚きました。カインさんは、恨んでいるだろう相手のことも褒められるなんて、すごいな、と」


 素直に言うと、カインさんが薄らと困ったように笑った。


「役に立つものを褒めるのは、そう抵抗はありませんよ。ルアインとの戦いに負けるわけにはいきませんからね」


 なるほど。手に入れた道具で怪我をしても、役に立つのなら使うのも褒めるのもやぶさかではない、と。

 さすがカインさんは大人なんだな、と尊敬した。私だったら、助けられた恩がなかったら、許せたかどうか自信がない。


「むしろ、あの状況で攫われたわりに、キアラさんは彼を恨んだりしていないんですね」


 尋ね返されて、私はうーんと悩む。


「ファルジア軍の人を傷つけたことも、カインさんを殺しかけたことも、思い出すと辛くなります。だけど、彼が何度も助けてくれたことも、本当だから」


 一つのことだけで、彼を判断できない。


「でも、カインさんの話を聞いて思いました。協力してもらった方が利益が大きいですから、割り切らないといけませんよね」

「何の利益ですか?」

「イサーク達ががんばってくれたら、カインさんも危険な場所に行く回数が減るわけです。代わりに命を張ってくれてると思えば、私達にとっては利益になりますよね?  それに何度か蹴ってやってますから、それで私の分はおしまいにするんです」

「蹴ったんですか」

「ええと、何回だったかな……。レジーが助けに来てくれた時も蹴ったし……」


 蹴ったり、あと足を踏みつけたりもしたか。

 う、イサークのキスのことも思い出しちゃった。ときめいたりはしないんだけど、好きな人がいるのに他の人とそんなことになったことに、ものすごい罪悪感がある。ちょっと落ち込んだ。

 でもあれを許そうと思ったのも、イサークが気づかせようとしたからってわかったからで。少し、イサークって体張って恨まれ役買いすぎじゃないかと思う。

 一方のカインさんは、変な事をつぶやいていた。


「そうしたら、今でも打ち所が悪かったのか……」


 イサークってそんなマゾっ気のある人かな?


 やがてアランの船酔いも治り、船旅も順調に進んだ。

 三日後に私達は王領地の港に上陸したのだった。

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