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閑話~離れない手と~

※レジー視点です

 扉をノックする。

 部屋にはジナがいたようだ。扉を開けた彼女に招じ入れられて、レジーは中に入った。


 もう夜も更けた時間だ。

とはいえ宵の口だけれど、部屋の主は夕食も食べずにことんと眠ってしまっていた。

 寝台で毛布の中で丸まって眠る小さな姿が見える。

 寝具の上に広がる柔らかそうな栗色の髪。まだ白すぎるように見える、離れた場所に置いたランプの明かりの中に浮かび上がる横顔。

 キアラはじっとしたまま寝息を立てている。


「今日は、泣いてないようだね」


 小声で言えば、ジナがうなずく。


「ずっと見てましたけど、大丈夫みたいですよ」


 キアラは戦の後で気絶してから、眠りながら泣き出すことが多かった。

 最初はそうではなかったな、と思い出す。



 キアラがサレハルドの王の治療を終えた後。

 レジーの指を握りしめたまま離さないので、アランに後を任せて戦の前に借り上げていた家に、レジーは彼女を運んだ。

 回収したホレスを持ってついてきてくれたジナにキアラのことを頼んだレジーは、自身も限界だったこともあって、寝台の横で床に座り込んだまま眠ってしまった。

 その時は、手を離しても問題なかった記憶がある。


 目を覚ましたのは夜中だった。

 キアラがよく眠っているのを確認して、戦の処理のことを確認するためにもレジーは部屋を出た。

 ある程度状況を落ち着かせてくれたアランがまだ起きていたので話をし、着替えなども済ませてから再び様子を見に行くと、泣いていたのだ。


 子供がぐずるような小さな泣き声で、時折滲み出た涙がこめかみを滑る。

 側についていたジナも困っていた。

 家主の妻と交代で見ていたらしいが、しばらくしてこんな状態になったらしい。かといって起きる様子もないのだ。


「今までと比較すると、使った力の多さから言ってもう一日は眠ったままじゃろ」


 ホレスがそう言って、全く起きないキアラの頭をぺしぺしと小さな手で叩いていた。

 その時レジーは、キアラの指先が何かを探すように動いていることに気づいた。

 ふと思いついて指に触れると、レジーの手をぎゅっと握ってくる。気絶する直前にそうしたように。

 すると、泣き声も止まった。


「…………」


 ちょっとこれはいいな、とレジーは思った。妙な優越感が湧き上がるけれど、それを抑えてジナ達と顔を見合わせる。


「これは……寂しいのかな?」

「もしかするとそうなのかも……。でも、ずっとそのままついているわけにはいきませんよね?」

「じゃあ、こっちを試してみよう」


 レジーはホレスを持ち上げ、ぬいぐるみのようにキアラに抱きしめさせてみる。

 レジーの手を離させられたキアラは、眉間にしわを寄せながら唸り出し、またすんすんと泣きながら……なぜかホレスに噛みつきだした。


「ちょっ、お前はわしを食う気か!?」


 がりがりとけっこう良い音がする。

 面白い絵面に笑いをかみ殺していると、ジナが慌ててホレスを避難させた。


「殿下、笑っている場合じゃないですよ。あんな噛み方してたら、キアラちゃんの歯がボロボロになっちゃうじゃありませんか!」

「済まなかった。予想外で面白くて……つい」

「ちっ、王子が齧られてしまえばよかったんじゃ……。わし、削れておらんか?」

「大丈夫みたいですよ師匠さん」


 やや疲れた声のホレスに頼まれて、ジナが頭を確認してやっていた。

 まぁ、二階や三階の窓から落としても壊れないとキアラが前に言っていたぐらい頑丈なので、か弱いキアラの歯では削るのは無理だろう。


「でも、ホレスさんでも泣き止まないとは……」

「眠っている間中泣いてたら、休めるものも休めないですよね」


 ふーっとため息をついたジナが「だから」と言い出した。


「仕方ないので、殿下に私と交代でいいので付き添ってもらった方がいいと思うんです」


 泣く子をあやすぬいぐるみ代わりに、レジーを使いたいとジナが言う。

 ただ問題がある。レジーは人間で異性だ。


「……受けるのにやぶさかではないけれど、本当にいいのかい?」


 いろんなことを含めてそう確認したら、ジナがにやっと笑った。


「後のことは二人に任せます。ま、師匠さんがいるので殿下も悪さできないでしょう?」

「おい犬の飼い主、この王子はわしのことなんぞ無視しよるぞ!」

「師匠さんが見てれば、キアラちゃんが泣くようなことまではしないでしょう?」


 そう言ってジナはキアラの頭を撫でる。


「ようやく、誰が一番好きかわかったんだね、キアラちゃん」


 ジナの言葉に、レジーは少しほっとするような気がした。


「じゃ、朝まで頼みます。他の方にもそう言づけしておきますので」


 ジナは一礼してさっさと部屋を出て行ってしまう。

 見送ったレジーは、息をつく。

 心の中で迷いはあったものの、ジナまでいなくなっては諦めるしかなさそうだ。

 そう思いきったレジーは、とりあえず上着を脱いで近くの椅子に掛けた。念のため持ち歩いていた剣もベルトも外す。


「お、おおおい、王子。早まるな。な?」


 ホレスがやや硬い寝具の上でカチャカチャと腕を上下させてうろたえている。

 レジーは吹き出しそうになるのをこらえ、平然とした様子を装って寝台に腰かけた。


「何をうろたえているんですかホレスさん。聞くところによると、ご経験が豊富だそうで。慌てるようなこともないのでは?」

「ふあっ!?」


 ホレスは文字通り飛び上がった。すごいな、人形なのにそんな跳躍力があるんだとレジーは感心する。


「そんなことは関係ないじゃろ! ことは娘の一大事にかかわるわけでだな」

「いつも余裕そうなのに、娘が相手だとだめなんですね」

「うぐ……」


 泣いているキアラが可哀想なので、レジーは自分の手を握らせてやりながら、ホレスを言葉でつついてみる。

 すると面白いように押し黙った。表情が変わらない人形なのに、眉間にしわを寄せているように見える。

 黙り込んだホレスは、ぴたりと泣き止んだキアラをじっと見た後、ぽつりとこぼす。


「正直、こんなに子供に懐かれたのは初めてじゃわい」


 キアラ曰く、人間だった頃のホレスは『妖怪じじい』だったそうなので、確かに子供に好かれそうな質には思えない。きっと寂しがりのキアラにべったりと懐かれているうちに、ほだされたんだろうとレジーは思う。


「まぁ、義父を怒らせるようなことはしませんよ。ましてや目の前で。そもそも帯剣してたら眠れないから外しただけですよ」

「ぎふ……っ!?」

「それでも見ていられないのでしたら、この辺にいてはどうですか」

「うぷっ」


 レジーが枕の下にホレスを押しこむ。ややしばらく騒いでいたが、すぐに静止した。

 それで妥協することにしたのだろう。一応、レジーのことも信用してはいるのだろうし。

 心配性だなとレジーは小さく笑う。

 正直なところ、レジーもまだ本調子とはいえない。矢で怪我を負った後にも似た熱が、まだ体の中でくすぶっている感覚が抜けない。

 目を閉じたら、すぐに深く寝入ってしまうだろう。

 その前にと、レジーはキアラの涙の痕を指先でぬぐった。キアラはレジーの手を握ったまま、昏々と眠り続けている。


 口づけても嫌がらなかったキアラ。

 二度とも彼女は避けなかった。

 しかもこうして側にいて欲しいと望むのだから、自分のことを想ってくれているというのは、錯覚ではないだろう。ジナもそう判断したようだ。

 だけどキアラは、答えを返してはくれない。

 何か引っかかっていることがあるんだろうとレジーは思っている。自分で納得できないと、行動できない人だから。

 レジーの方も、待つつもりはある。


「でも、なるべく早い方がうれしいな。それまでは、これで我慢してあげるよ」


 レジーはキアラの涙の痕に口づけてから、彼女の隣に寝転んで彼女を抱きしめた。

 無意識なのだろう。すり寄って来るキアラの甘い香りに、一瞬くらりとなる。

 それでも魔術の代償の方がより強力だったおかげで、レジーは睡眠不足に陥ることだけはなかった。



 そんなことを二日続けた末に、ようやくキアラが寝言を言うようになった。

 聞いた内容から判断すると、どうもエヴラールでレジーが殺された場合の夢を見ていたようだ。

 その時のレジーもキアラに指輪を贈っていたらしく、しかも揃いのものを自分もしていたというから、執着度合がわかろうというものだ。

 けれど、おぞましいことに王妃達は死んだレジーから、その指輪をしたままの指を切り取ってキアラに見せたらしい。

 そんな夢を見ていれば、レジーの指を確認しようとするのもうなずけた。

 むしろ眠りながら一生懸命指をなぞって、安心している様子はとても可愛かった。ついからかいたくなってしまうほど。


 ただ、キアラの記憶についてを不思議に思っていた。

 出会った頃は、まったく違う世界で生きていた頃の物語のことしか話さなかったし、それ以外のことを隠している様子もなかった。

 魔術師になってからだと思う。『もし』の場合の記憶をキアラが思い出すようになったのは。


「今日もキアラちゃんの側にいますか?」


 ジナが意地悪そうな顔をして聞くので、レジーは首を横に振った。


「逆にちゃんと意識があるキアラの隣にいると、言いくるめて襲いたくなるからやめておくよ」


 そう言い置いて、レジーは足早に自分の部屋に戻った。


「きょ、今日は別々にご就寝されるのですね?」


 部屋に戻ると、なぜかグロウルがうろたえていた。

 なぜだろう。ずっとレジーがキアラと同衾し続けるとでも思ったのだろうか。面白くて、レジーはついからかいたくなってしまう。


「キアラも落ち着いたみたいだしね。私の方もね、キアラを前にすると、気持ちが緩んでしまって止められる気がしなくて……つい、遊びたくなってしまうから」


 主に頬をつついてだが。


「ま……まさかもう手を出したんですか!?」


 グロウルが目を丸くする。

 レジーは笑いをかみ殺しながら続けた。


「……相手が何をされてもいい状態だと、逆に手を出しにくいと思わないかい?」

「それは……ようございました」


 グロウルは心底ほっとしてように息をついた。

 けれど、こうあからさまに襲うと思われているのも、なんだか癪にさわる。なのでレジーは少し意地悪を言ってしまう。


「まさか私は、そういう方向について信用がない? 今までにも特に不品行なことをした覚えはないんだけど?」

「めっそうもございません。ただ、かなりのご執着をしていらっしゃると思っておりましたので……」

「うん、君の考えは間違いじゃないよ」


 ずばりと言えば、レジナルドは小さく笑って部屋にある椅子に座る。


「だけどそう言う意味で傷つけたくはないんだ……まだ」

「まだ?」

「万が一にも私が死んだら、彼女は傷物になるだけだよ。ウェントワースならそれでもいいから渡せって言いそうだけど。彼だって無事で済むかわからないじゃないか。少なくともこの戦争が終わるまではね」


 いつどういう形で、戦場で倒れるかはわからない。エヴラールでの一矢のように、全てに気を配れない時など沢山ある。

 それなのに気持ちを満たしたくて押しきっても、後で辛い思いをするのはキアラだ。

 グロウルの方はそれを聞いて、納得したような顔をしている。

 そんな彼に、もう眠るから休むよう勧めて退室させ、レジーは息をつく。


「キアラが、答えを返してくれるまでは、ね」


 彼女が望んでくれるとわかったら……。

 だから今は焦らされているような気分にもなるけれど、待ち続けられるとレジーは思う。

 自分に心を向けてくれているのはわかるからだ。

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