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戦の後でするべきこと 1

 夢の中で、指を一つ一つなぞって数えていた。

 五本ちゃんとあることを確認して、ほっとする。

 指輪をつけた指だけを見せられたことも、夢だったんだとほっとしている私がいた。


 すると「大丈夫、私はここにいるよ」とささやかれて、私は掴んでいたその人の手を縋り付くように両手で握りしめた。


「エヴラールが攻め込まれて、指輪をしたレジーの指だけ見せられたの。死んでしまったって聞いて、だから……」


 私の訴えにそんなことはなかったよ、と教えられた。

 まだ心配だったんだね、と聞かれたから、不安で辛かったと答える。

 彼の手が温かくて、寒さを感じて腕まで抱えると小さく笑って抱え込まれた。

 生きてる、暖かい。死んだなんて嘘だったんだ。


 泣きそうになりながら言えば、そんな夢を見てたから近しい人が死ぬのを嫌がったんだねと言われたから、うなずく。

 もう二度と、残される側になりたくない。

 助けようとした人まで、私のせいで死んでしまったのだから。


「クレディアス子爵なんて倒さなくていいよ。どうせ死ぬのなら、二人で一緒に死ねば良かった」


 ずっと思っていたことを吐き出したら、夢だよと言われた。


「クレディアス子爵は君と私で倒したんだ、覚えてない?」


 その言葉に疑問を感じながらも、だったらもうレジーは無理をしなくてもいいって思えたから、伝えた。


「置いて行かないで。一人でどこかに行かないでね」


 すると「望まなくても離したくないんだけど覚悟はある?」なんて聞いてくる。

 離したくないと言われて、嫌なわけがない。

 これでようやく一人きりにされないと思って、ぎゅっとしがみついたら……。



「やっぱりだめだ。寝ぼけているところを言いくるめるのは卑怯だから、起きてキアラ」

「……ん?」


 肩をゆすられて、私はふわふわと心地よい気分から脱していく。


「ほら、私の理性が残っているうちに頼むよ」

「……りせー?」

「寝ぼけてるところも可愛いけど、後で後悔するのはキアラだよ?」


 さらに揺すられて、ようやく意識が浮上した、と感じる。あれ、私眠ってたの?

 そうして目を開けた私が最初に見たのは、ほんの十センチも離れていないところにある、レジーの顔だった。

 銀色の睫が長い。羨ましいくらいに。あまり日に焼けない頬は滑らかで、でも頬に薄らと消えかけの切り傷を見つけた。


 なにげなく手を伸ばそうとして、自分が掴んでいる手と、抱えられている状況に目を見張る。

 あれ、これってまさか寝台の上なの? ちゃんとした寝具と真っ白なシーツの上で、なんで二人で寝っ転がってるの……。

 そこまで考えて、私は叫びそうになった。すかさずレジーに抱え込まれるようにして口をレジーの肩に押しつけられて、塞がれた。


「キアラが叫ぶと、まるで私が酷いことをしているみたいだし、一斉に沢山の人がなだれ込んでくると思うけど、大丈夫?」

「なだれ込んでって……ていうか、え? どうして?」


 レジーと一緒に眠ってたのと言いたいが、口にするのも恥ずかしくてもごもごと濁してしまう。

 誤魔化す方法を考えながら目だけであちこち見回せば、木の梁や天井、漆喰の壁が見える。ここはどこかの建物みたいだ。

 あとお互いきっちりと服も着てるし、よくよく見れば、私は毛布にくるまれていた。

 その間に、レジーは何を言いたいのか察してくれたらしい。


「まず君がサレハルドの王の傷を治した後、気絶した」

「それは覚えてる……」

「最初はジナかエメライン嬢に君のことを頼もうかと思ったんだけどね、君が私の指を握ったまま離してくれなくて。無理に引きはがすのが難しい上、私もあれだけ魔術を使ったのなら、休むべきだとホレスさんが言ったのでね。こういうことに」


 最後にレジーの手を握ったことは……確かに覚えてる。そのせいでレジーが離れにくくなってしまったとは。


「ご、ごめんなさい……」


 私は申し訳なさと恥ずかしさに、ずりずりとレジーから身を離そうとしたけれど、抱きしめた腕を緩めてくれない。


「謝らなくてもいいよ?」


 あげくに、レジーはとても楽し気に微笑んだ。


「実は何度も、手を離させてもらっているんだ。あれからもう二日経ったしね」

「二日っ!?」


 そんなに眠ってた上に、レジーに迷惑をかけ続けたのかと私は驚愕した。まさかずっと拘束してたの!?


「あ、え、レジーもその間眠ったままで……?」

「私は数時間でなんとかなったよ。魔力を通すだけだから、君よりはマシみたいだ。でも様子を見に来る度にキアラが手を握って抱え込もうとするから、ジナと交代で私もキアラの側についていたんだけど」


 レジーがふいに握っていた手を持ち上げて、何をするのかと見ている間に、私の指先に口づける。


「あっ」


 くすぐったい感覚に驚くと、またレジーがくすくすと笑う。


「離れがたくて……君が側にいて欲しいって言うから、少し我慢できなくなった」

「我慢!? 我慢ってなに!」


 私だって全く何も知らないわけじゃない。むしろ前世日本人だった頃の方が、そういう知識に触れる機会が多かった気がする。テレビとかネットとか。

 だからつい色んなことを連想してあたふたしてたら、レジーが微笑む。


「君が答えを返す気になるまで、待つよ。嫌われたくないからね」


 レジーは私が安心する言葉を返してくれる。

 まだ、好きかどうかと尋ねられて、私は答えられないでいた。答えるのが怖い気持ちの半分が、さっきの夢のこと……私が一度経験しているらしい、キアラ・クレディアスの人生の記憶のせいなんだと思う。


 あちらのキアラは、クレディアス子爵の妻にされたあげくに虐待されていたし、守られた生活を経験した時間が短すぎて、キアラは愛情が信じられなかった。

 どんなにレジーが大切に扱ってくれても、結局は救い出すことなどできないだろうと諦めていたのだ。

 だからレジーはキアラを解放するため、クレディアス子爵の暗殺を考えるけど、それより先に、ルアインの侵攻に巻き込まれて亡くなったのだ。

 ますます自分が救われることなどないと思ったキアラは、レジーから自分のことを聞いていたらしいカインさんの説得にも耳を貸さず、最後はアランに殺されることを選んだ。


 でも一度人生を辿ってから、過去に転生なんてできるんだろうか。今でもそこは疑問だけれど、別世界からの転生をしている以上、そういうこともあるんだろうとしか言いようがない。

 とにかく、一回目のキアラの人生で、レジーと一緒に居られるかもしれないと少しだけ夢見たとたんに、期待が打ち砕かれた記憶があるせいで、幸せになったとたんに何かの穴に落とされるんじゃないかと不安になってしまうみたいだ。


 レジーの告白に答えられない理由のもう一つは、過去に取り残されたままのカインさんのことだ。

 キアラとしての一回目の人生を夢に見てから、カインさんにはさらに申し訳ない気持ちを持ってしまっている。キアラが拒否し続けていなければ。あの場から早く立ち去っていたら、もしかしたらカインさんは死ななかったかもしれない。


 今回こうしてカインさんも無事でいてくれる以上、できれば彼が思いきれるまでは妹役でいたいという気持ちがある。それが償いになるなら、と。

 つい考え込んでしまっていたら、レジーがささやいた。


「ところで指ってどういうこと? ずっと寝言をつぶやいてたよ」


 そしてうっとりするような笑みを浮かべる。


「あと離れないでって言ってくれたよね?」


 私は内心で恥ずかしくて悶絶しそうになった。大暴れしたくなるくらいだったけど、それも恥ずかしい。

 いくら寝ぼけていたからって、内心がだだもれ過ぎて嫌ぁぁぁ!

 羞恥のあまりに、私は記憶がないことにした。


「えっと、そんなこと言ったかな?」

「言ったよ? こんな風に指を一本ずつなぞって……」

「や、ちょっと、レジー、だめそれ!」


 くすぐったい! でも確かにそんなことしたような覚えが!


「キアラだけしても良くて、私はだめなんだ?」


 そう言われるとどうしていいのかわからなくなる。泣きそうになる寸前で、救い主が現れた。


「あら、お邪魔だったかしら?」


 鳶色の髪を元気よく高く結って、灰青の目を丸くしているジナさんが、木の扉を開けてこちらを覗いていた。


「ジナさ……はうっ」


 勢いよく私は起き上った。今度はレジーも邪魔しなかったんだけど、私の方がめまいで逆戻りした。


「う……気持ち悪……」

「無理しちゃだめだよ」


 レジーがしれっと言って、自分は寝台から降りて立ち上がる。ちょっと悔しい。だいたい。慌てて起き上ったのは誰のせいだと言うのか……。

 しかもレジーは全く恥ずかしそうではない。なんで? 悔しい……。


「まだ具合が良くなってないないのかな? お水は飲めそう?」

「お願いします」


 頼むと、ジナさんが寝台近くの卓にあった水差しから水をコップに注いでくれる。背中を支えて体を起こしてくれたのはレジーだ。

 さっきのことがあって、背中に触れられるのもなんだかむずむずする気がしたけれど、水を飲むと頭の中まですっきりしてきたように感じた。


「殿下、今までのことは既に説明なさいましたか?」


 ジナさんに尋ねられたレジーが「ほとんどまだだよ」と答える。


「二日眠っていたことぐらいだ」

「そうしたら、サレハルドの王のことなどはまだですね」


 ジナさんが私に向き直る。


「早速で悪いのだけど、キアラちゃんがイサークをファルジア側に連れて行くように言ったでしょう? そこからどうするつもりだったのかを聞かせてほしいと思って。一応、人質扱いなのかとか状態はどうなのかって問い合わせが来て面倒だったから、殿下の判断でサレハルドの侍従だけはイサークに付けてるんだけど」


 そうだ。イサークのことで少し思いついたことがあって、そう頼んだんだ。


「私も聞いておきたいな。サレハルドとファルジアの交渉事に関わることだろう?」


 さすがレジーは私の考えそうなことを良く分かってくれてる。

 うなずいた私はジナさんとレジーに、考えたことを話した。

 聞いた上で少し考えたレジーが、


「私はそれでも構わないよ。アラン達にも諮ってくるから、それまで待っていてもらいたいな」


 早速アラン達と打ち合わせに行くつもりなのか、レジーが部屋を出て行こうとしたけれど、それを私が「あっ」と思って引き止めた。


「あの、説明は私がしたいんだけど、イサークの所に訪問しても問題ない?」

「それぐらいなら……というか、君とホレスさんがいないと意味がないだろうね?」


 微笑んでレジーは私の頼みを快諾してくれた。


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