戦場に落ちる光は 3
「殿下は先日、サレハルドの王と会ったんですよ。ほんの短い時間だったようですが」
振り返ると、静かな表情で私を見下ろすカインさんと目が合った。
「事前にサレハルドの王が、命を代償に侵略に対して酌量を求めるつもりだということを知っていましたが。その時に意志を確認しても、この結末を譲らなかったそうです」
「レジーは……どうしてそれを知ったの? どうして会おうだなんて……」
倒すべき相手と、何か交渉する必要があれば別だけれど、降伏するのはサレハルドでファルジアの方が有利なはず。交渉することなどなかっただろうに。
「サレハルドの王が死ぬつもりだというのは、ジナから聞きました。キアラさんが王と交流を持ってしまったことで、彼女は来るべき時にキアラさんが悩んだり悲しんだりするんじゃないかと心配して私達に相談してきました」
なるほど。ジナさんは最初から知っていたんだ。
……辛かっただろうなと思う。小さい頃から知っていた相手が死ぬのをわかっていて、それを見守るしかないなんて。私だったらとても耐えきれない。
「ジナは自分では止められないからと言っていました。だからキアラさんがもし、無理やりにでも止めてくれたら、と願いそうになったと」
「ジナさんが?」
カインさんがうなずく。
「ただ、クレディアス子爵との戦いがどうなるかわかりませんでした。その上でサレハルドの方までとなれば、貴女への負担が重すぎる。だからジナも貴女には話さず、私や殿下も黙っていました。代わりに殿下は、自ら交渉したのですよ」
「レジーは、止めようとしてくれたの?」
イサークと会うのならかなり敵に近い場所へ行かなければならない。むやみに見つからないよう、護衛はついても少数だったはず。
そうまでして、レジーはイサークを……カインさんをも殺しかけた彼を、止めようとしてくれたのだという。
するとカインさんが小さく苦笑いした。
「貴女のためですよ」
「私?」
「貴女が悲しむと思ったからでしょう。敵でさえ殺すのを嫌がる貴女なら、見知った相手に死なれたらどんな衝撃を受けるか……」
レジーはそうまでして、私を色んなものから守ろうとしてくれたんだ。申し訳なくてたまらない。
「私も約束を違えて黙っていたのは、貴女が戦う妨げになると思ったからです。あの子爵のことだけでもいっぱいいっぱいだったでしょう? 魔術師に対抗するだけで、あなたが消耗することはわかっていましたからね」
私はクレディアス子爵と戦う前の、レジーとカインさんの会話を思い出した。
このことか、と。
無事に終われば話せる。けれど、私が消耗して倒れていたりしたら、イサークが死んでからそのことを知らされていたんだろう。
私は唇を噛みしめる。
でもまだイサークは生きてる。まだ何かできるかもしれない。
ただ国同士のことなんて私にはわからない。けどイサークが国や次の王になるお兄さんが辛くないよう、守りたくてやってることはわかる。それを邪魔していいのか、迷う。
その時、後方にリーラ達と下がっていたジナさん達が目にとまった。
走って行ったレジー達の一隊を見つめるジナさんは、泣くのをこらえるような表情でぐっと口引き結ぶのを見た瞬間、私の心がするりと一つの決断に傾いた。
衝動的に、馬から降りる。
「キアラさん!?」
「ごめん、通して!」
私はジナさんの元へ向かって走った。
「キアラちゃん!?」
「一人で来たのん?」
驚くジナさんとギルシュさんに、私は言った。
「行こう、ジナさん!」
私はジナさんの手を掴む。ジナさんが戸惑った。
「ど、どこに?」
「イサークを止めるの」
ジナさんが息を飲んで、申し訳なさそうな表情に変わる。
「……聞いたの?」
「ついさっき。だけど私は納得できない。ジナさんも納得してないんでしょう? だから止めましょう。止めるのを手伝ってほしいんです」
手伝ってほしいということばに、ジナさんとギルシュさんの表情がさっと変わる。
「何をすればいいのん? 何でも言ってちょうだい」
「私が手伝えるってことは、ルナール達を使うのかしら。どうすればいい?」
すぐにやることを教えてくれと言った二人に、私はほっとした。
「ありがとうございます。まずはサレハルドが止まれるよう、ルアインの援軍を倒したいの。そのためにルナール達を貸してください」
「ルナール達を?」
私はうなずく。
「あと、それまでの時間稼ぎをしてもらわなくちゃいけないんですけど……」
「アラン様に依頼してきますよ」
私に追いついてきたカインさんが、そう言ってくれた。
「だいたい貴女のしようとしていることがわかりました。お二人ともに負担だろうと思っていましたが、キアラさんができるというのならお任せします」
カインさんが素早く立ち去る。
その間にもサレハルド軍へ向かったレジーを引き戻すため、私はジナさん達と一緒に走った。
「殿下を呼ぶのは任せてちょうだい!」
前線の手前で、ギルシュさんが私達を止めて中へ踊り込んで行く。
恐ろしい勢いで剣を振り回すギルシュさんは、サレハルドの兵士を叩き飛ばすようにして道を作り出し始める。そこにファルジアの兵が群がって、姿が見えなくなった。
ややあって、そこからギルシュさんが走り出てくる。後ろにレジーと騎士達を連れて。
「呼び出し完了よん!」
ひとっ走りしてきただけのように清々しい笑顔で言ったギルシュさんは、額の汗を拭っている。
あんなことして、それだけで済むギルシュさんがすごい。
「キアラ呼んだって聞いたけど」
「まずルアインの援軍を倒そうレジー。負担については、どうにかできるから、ちょっと確認させて」
私はルナールに頼む。
「お願いルナール、レジーに触れてみてくれる?」
私の魔力の荒れが治まるなら、レジーにだって有効なはずだ。それを察したレジーが、ルナールに手を差し出す。するとルナールは、はむっとレジーの手を噛んだ。
目を丸くしたレジーが、くすくす笑った。
「痛くないの?」
「甘噛みだよ。文字通り食べるつもりなんだろうね……。うん、だいたいキアラの言いたいことがわかった」
どうやらレジーも、魔力の熱が引くのを感じられたらしい。これならいける。
「わかった。じゃあお願い!」
「君の頼みなら、いつでも」
レジーはすんなりとそう言って微笑んでくれる。彼が認めてくれるだけで、頑張れる気がして不安が少なくなっていく。
よし、と気合いを入れて、まずはサレハルドを止めるためにもう一つしなければならないことがある。アラン達が『待つ』間にも双方の損害を抑えておきたい。
「師匠、また土人形任せていいですか?」
「ケケッ。またあやつらを逃げ惑わせればいいんじゃろ? せっせと夜中に徘徊した労力を、二度も利用できると思えば楽しいもんじゃ。ウッヒッヒッヒ」
快諾してくれた師匠を、いつかのように銅鉱石でコーティングして補強。それから私は陣の外まで出て、師匠入りの巨大土人形を作成した。
もちろん、師匠を呪いの人形と思っているサレハルドの兵士を脅かすため、師匠の姿をかたどった土人形だ。
「お願いします!」
言うと、師匠はのっしのっしと戦場の外縁を通って、サレハルドの軍を目指した。
既に悲鳴が聞こえてきているのを耳にしながら、私はレジーやジナさん達を連れて、湖に近い場所へ移動した。




