戦場に落ちる光は 2
「戦況は?」
短く尋ねるレジーに、馬上から戦場を見渡していたアランが渋い表情で言った。
「見ての通り、こっちの優勢で進んでる。お前の騎士ディオルに呼ばせてた、あいつの実家のタリナハイアから増援が来たからな。ルアインを片付けるのも時間の問題だが……サレハルドが」
氷狐達の攻撃で頼みの魔術師くずれがうまく使えず、ルアイン軍は浮足立っていた。なのに、サレハルドが後退していかない。
「とりあえずルアインを壊滅させよう、何かが足りないのかもしれない。あと、サレハルドにも少し揺さぶりをかけたいけど、ジナ達は?」
「サレハルドの方が氷狐への対処を知っているせいで、あっちは攻めあぐねてる」
「じゃ、ルアインの方に集中させて……」
「わかった。お前は少しそこで眺めてろレジー。顔色が悪い」
アランに肩を押されたレジーは、ふいをつかれたせいなのか珍しいことによろけた。側にいたグロウルさんが慌ててレジーを支える。
「殿下、お加減が……」
「ちょっとさっきの負担が来ただけだよ」
クレディアス子爵との戦闘で、レジーは何度も魔力を使った。あげく、クレディアス子爵がレジーを殺そうと思って魔力を放出したのを、一度は受け止めることになったんだ。予想外の負担だったはずだ。
「レジー、少し診せて」
グロウルさんと一緒にレジーを一度後方に引っ張って行き、座らせる。
それなりに辛かったんだろう。いつもより無抵抗のレジーの手首を掴めば、喉の奥がざらつくような魔力の荒れを感じた。
走るのも大変だったんじゃないかな。私のことを気にしてる場合じゃなかっただろうに……。いや、レジーは魔術を使い始めたばかりだ。私が気をつけて見ていなかったからだ。
「ごめん、気づけば良かった」
二度も魔術を使えば、こうなってもおかしくなかったのに。やっぱりクレディアス子爵との戦いが終わったからか、気が抜けて周囲に気を配れなくなってたみたいだ。
「気にしないでキアラ。どっちにしろここまで来なければ、休むわけにはいかなかっただろう?」
レジーはそう言うけれど、魔力がじわじわと治まっていくと、ほっとしたように息をついていた。
こんなに無理をしてまで、私を助けようとしてくれたんだ。そう思うと泣きたくなる。嬉しいけど、辛い思いをしてほしくない気持ちは変わらないから。
「キアラの方は?」
「これぐらいならまだ大丈夫。クレディアス子爵がいない分だけ、気も楽だから」
まだ戦える。というか、せっかくルアイン側の魔術師を倒した利点を生かさなければ。ファルジアの兵を守るためにも。
「行って来る!」
だから私はレジーから離れて、アランの方へ戻った。
「アラン、私はいつでも魔術を使えるけど、何かすることはある?」
声をかけられたアランは、真っ直ぐにサレハルドの方を指さす。
「リーラが立ち往生したままだ。サレハルドの抑止にもなってはいるが、そろそろ解放してやらないとマズイ」
兵士の人垣に遮られてよく見えないので、馬を連れてきてくれたカインさんの前に乗せてもらい、高い場所から確認した。
確かにリーラ達が立ち往生しているようだ。
あちらの方がやや低い場所なので、大きなリーラと周囲の騎馬の様子、それを囲むたいまつを持った兵士の姿が見えた。
リーラ達氷狐も、熱さは苦手だ。夏でも平気で歩いていたのは魔力があったからで、今回のように熱を近づけられると、熱さを避けるために魔力を使う。
そのせいか、昨日よりもリーラが一回り小さくなったような気がしなくもない。でも小さくなるまでちょうどよく魔力を使えるとも限らないし、体に悪影響がないかどうかも心配だ。
もちろんリーラ達も反撃しているが、サレハルドがいずれ撤退するとわかっているせいか、吹雪を起こすような弱いものしか使っていない。
「カインさんお願いします」
「わかりました」
カインさんが、リーラ達の方へ馬で近づいてくれた。
その周辺にいたのはエヴラールの兵だ。サレハルドの降伏のことはアランまでしか伝わっていない。なのでサレハルドが白旗を上げて来た時のために、すぐこちらの攻撃を押さえられるように直下の兵に任せたんだろう。
私が馬から降りると、カインさんが目の前に道を開けるように指示した。
魔術師が何かするんだとわかった兵士達は、すぐに従ってくれる。おかげで地面に手をついたままでも、少し離れた場所のリーラ達の姿がよく見えた。
「氷狐の周囲の地面を浮かせます! 備えて下さい!」
声をかけ、最前まで伝わる頃を見計らって私は魔術を使った。
ちょうど半円を描くようにサレハルドがリーラ達を囲んでいたけれど、その足下から地面が隆起する。
驚いて尻もちをついたり、避けようとして後ろにぶつかるサレハルド兵達の姿が、地面が斜めにせり上がったことで見えなくなる。
そして坂道を下るように、ジナさんと氷狐達がファルジア側へ避難した。
私は隆起した場所を避けて追いかけて来ようとするサレハルドの兵を防ぐため、土の壁を横に築いていく。
エヴラールの兵が逃げられるよう、2メル毎の長方形の土壁を重ねて行くようにした。……ちょっと息が切れた。負担が重くなってきたかもしれない。
「そこまでだ弟子。お前も少し休め」
荒れを感じ取ったらしい師匠が止めてきたので、うなずく。
エヴラールも前線の視界を確保するために後方に下がってきている。攻めにくくなったはずだから、サレハルドも一度下がるだろう。……そう思ったのに。
サレハルドは迂回してきた。
不必要に戦わなくても済むはずなのに。なんでまだ向かってくるの!?
「どうして退かないの……?」
「キアラさん、魔術を使わないのなら後ろへ」
あっさりと私を抱えて馬に乗せたカインさんによって、強制的に移動させられる。
振り返れば、カインさんの腕ごしにサレハルド兵とエヴラールの兵がぶつかるのが見えた。
剣や槍で斬り合い、刺し貫き、死体が折り重なる。
相手の人数が多いからか、デルフィオンの兵も駆けつけている。……あ、エニステル伯爵も来てる。
このままじゃ、アランがサレハルドへの攻撃を押さえられない。止めれば不自然になってしまう。
戸惑っているうちに、騎乗したレジー達とすれ違いかけた。
「レジー、これってどうして!?」
止まってくれたレジーが、説明してくれる。
「ルアインの増援が来てるんだ。湖の島々に隠れて進んでたから、気づくのが遅れたんだ。増援のルアイン軍は湖帆船から、小船で兵をサレハルドの後方に送り出してる。だから彼らは退けないんだ」
私達も増援が来る前に、決着をつけるつもりで急いでここまで来たけど、ルアイン側もこちらが動くかもしれないと、動きを早めていたのかもしれない。
「じゃあ、サレハルドとまだ戦うの?」
「そうなるね」
まだ戦わなくちゃいけないのか。まさか、相手が倒れるまで?
そしてレジーが前線へ向かおうとしていることに、不安を感じた。
「私が止めるから、せめてレジーはもう少し後ろにいて」
また穴でも作って時間を稼げば。そう思って言ったけれど、レジーは静かな表情で首を横に振った。
「決着をつけるために、行かなくちゃならない。サレハルドの王も、せっかく剣を打ち合うなら私が相手をしてあげないといけないからね」
「なんで!?」
レジーと戦ったら、余計にファルジアの兵士達の注目を集めてしまう。お互いに手を抜いて、手打ちができなくなるのに。
予想外の方向に状況が流れていっていると感じて、背筋がぞくりとする。
そんな私にレジーが告げた。
「ねえキアラ。いずれ降伏するつもりなら、密かにファルジア側に下ればいい。理由づけなんていくらでもできる。そう思わなかった?」
……ジナさんから話を聞いた時、少し思った。
戦ってみせなければルアインに疑われるというのは納得できたけど、トリスフィードも落として、ファルジアとも交戦したのだから十分ではないのかと。
けど私は政治的なこととかに疎いから、そうしなくちゃいけないルールみたいなものがあるんだろうと思っていたんだ。
「正直、トリスフィードを侵略して領主を殺した件から言っても、このまま降伏した場合はかなりサレハルドから取り立てなくては示しがつかない。そのまま許すことなんてできないんだ」
わかるだろう? とレジーが諭す。
「だけど全ての責任を王が被って死ねば、彼の国の次代の王は、責任を問いにくい。国としても、彼一人を国を乱す決定をした悪者に仕立て上げれば、敗戦に反発する民衆をも押さえることができる。そして禍根になる血筋を持つ自分も、故国から遠ざけられる……彼は合理的な人だから、元から他の結末を望んでいないかったんだよ。死に場所はここにすると言っていた」
「……死に場所って」
どうして死ななくちゃいけないの。
そう思うのは、死ぬのが嫌で、レジー達を死なせたくなくて戦ってきた自分だからで、イサークの価値感は私が理解できないものかもしれなくて。
と、そこで気づいた。
「え、レジー。イサークと話したの?」
まるで話し合ったような言い方だったからそう尋ねたのだけど、レジーはうなずいた。
「話し合った末に、私は彼の決定は妨げにくいと思ったから、せめて討ち取るのは自分であろうと思ったんだ。……どうするキアラ?」
レジーはなぞかけのようにそう言って、馬を走らせて行ってしまう。
私は呆然として、引き止めることもできずにいた。
※活動報告に書籍の番外編SSを置いています。




