戦場に落ちる光は 1
※キアラ視点に戻ります
クレディアス子爵が連れていたルアイン兵を倒すのは、それほど時間はかからなかった。魔術師が死んだことで、不利を悟ったルアイン兵達がばらばらと逃げて行ったからだ。
私達は逃げて行く兵に構わず、急いでファルジアの本軍に合流するため、先を急いだ。
途中で邪魔する気概のあるルアイン兵もいたが、全て一緒に並走させた土人形になぎ倒させて阻止した。
でも走りながらというのは結構辛い。途中で土人形はくずした。
「無理しないで」
私が息を切らせていたからだろう、隣を走るレジーが心配してくれた。
「大丈夫」
でも笑顔で答えることができる。
クレディアス子爵のせいで制限され通しだったせいか、体がとても軽い。でも魔力が安定してないのも確かで、少し熱っぽいままだ。
だから加減はしているし、土人形も続けて使うのは止めたのだ。
アラン達ファルジアの本軍は、その間も戦い続けている。
私達がクレディアス子爵と戦っている間に、予め別に賞金をつけて募集した兵士に氷狐の氷の剣を持たせて突入させていた。
普通の剣とは違う威力に、ルアイン兵も二の足を踏んでいる。そのまま完全にルアインとサレハルドを分断できたようだ。
そこを避けるように、ルアインは前に進んでくる。魔術師くずれを使って、私が先に作っていた柵を壊したのだろう、そこから大量のルアイン兵が流入しようとしていた。
一番私達に近い右翼側を守っていたジェロームさんが、勢いに押されたように兵を後退させる。
それにつられて突撃して行ったルアイン兵が、いくつかの穴に落ちていった。やや深い穴だったけれど大きくはないので、止まり切れなかった兵士達が何人か折り重なると、後方の兵士を足止めする障害になった。
……これは私が、ジェロームさんからの依頼で作製しておいたものだ。
ファルジアの兵には、ちゃんと避けるように言って目印をつけておいたのだけど、ルアイン兵はそんなこと知らないし、戦場では万が一に備えて足下を気にしながら前へ進むような余裕のある人は少ない。
進みが緩んだところで、中央後方にいたエニステル伯爵の軍が移動してきて、ジェロームさんの軍とともに攻撃を加える。
けれどルアイン軍もそれだけで引かなかった。
魔術師くずれを再び量産したのだ。
しかも、負傷したファルジア兵を利用して。
味方の青いマントを来た兵士から攻撃されて、さすがにファルジアの兵達も混乱した。
攻撃がゆるんだところでルアインは態勢を整えていく。
「ルアインはどれだけ契約の石を持ってるの!?」
「わからんが、無差別にばら撒けるほどにどこからか掘り出してきたようじゃな、ヒッヒッヒ。このままではヤバそうじゃ。兵の動揺が一番厄介だからの」
師匠の言う通りだ。
デルフィオンでの戦いでは、元デルフィオン男爵がルアインから離反して加わったものの、疑心暗鬼のせいで私の魔術を使っても、敵味方を引き離すのでやっとだった。
このままじゃ被害が大きくなる。
「キアラ止まって。誰か弓を!」
同じように状況を把握したレジーが指示する。
足を止めると、私にもレジーの考えを耳打ちしてきた。うなずいて、私は弓を持って来た兵士さんに銅鉱石を渡す。
兵士さんは素早くレジーが指定した場所へと矢を打ち込んだ。
私は地面に手を突き、鉱石の場所を元に、その左右に広がるように土を隆起させる。ファルジアの兵がいない場所といるだろう場所をそれで分断した。
「キアラ!」
レジーに手を引かれて立ち上がった私が彼の肩に手を置き、レジーの持つ剣の先から雷がほとばしった。
雷鳴を響かせて、雷はレジーが思う場所へとその体を伸ばす。瞬時に空高く上り、一気に落ちて行く。
私が土の壁で区切った、ルアイン兵だけがいるだろう場所へ。
地響きが耳に、足に届く。
絶叫の多さに、沢山のルアイン兵を倒したんだとがわかる。自分で手を下さない分だけ必死さがないからか、その声が胸に突き刺さる。でもいつもより怖くないのは、レジーが主導権を握っているからだろうか。
そんな気持ちを感じたように、剣を降ろしたレジーが、右手を肩に触れていた私の手に重ねる。
「大丈夫だよ。一緒にいるから」
戦うことも、誰かを殺さなければならない時も。辛くても傍にいてくれる人がいると思うと、それだけで救われた気持ちになる。
「悼みすぎないで。戦う相手は堂々としていてくれた方が、諦めがつくものだから。勝った相手に謝られたら、気持ちよく恨めないだろう?」
「……う、そんな気もする、かも?」
確かに、殴ってきた相手が即土下座してきたら、どうすればいいのか困ってもやもやするかもしれない。命のやりとりでもそう考えていいものだろうか。
ゆっくり考える間もなく、ルアイン軍が混乱する中、私達はさらにファルジアの陣営へ走る。
その間、レジーは「ルアインの魔術師は死んだ! 魔術師くずれもファルジアの魔術師の敵ではない!」と兵士達に喧伝させながら走った。
これが結構、ルアイン兵に効いたみたいだった。
後からわかったことだけど、ルアイン兵は魔術師くずれの力に頼る気持ちがとても強かったみたいだ。
いつかレジーが、私に兵が頼り切りになるのを危惧していたけれど、それが実際に起こっていたらしい。
ただルアイン兵が『魔術師くずれ』に依存した考え方になったのは原因があった。
まだ前回の戦いでクレディアス子爵が私にばかりかまけていたことから、対策として各将軍に契約の石の砂が配られていた。それぞれが、望んだタイミングで作れるように。
でもそれを使うためには、どうしても生贄が必要になる。
それまでのルアイン軍では、規律に反すると生贄にしていた。最初は金品を盗んで逃亡した者だけだった。
けれど脱走兵だけでは足りない。生贄にされることがわかると、恐ろしさのあまり、兵達は脱走する者をお互いに見逃し合うようになり、脱走者を捕まえられなくなっていたからだ。
そこで今回の戦いに先だって、ルアイン軍の将軍達は監視を強化した上で、魔術師くずれがいれば勝てるのだと言い続けた。
逃げることも難しくなったルアイン兵達はその言葉に縋って、自分達が生き残るために仲間を見捨てるようになったのだ。
後ろ暗い思いが依存を強めたけれど、その頼みの綱が倒されてしまえば彼らを止めるものなどない。
ルアイン兵の端にいた者がばらばらと逃げ始めた。
ここまでルアイン軍を切り崩せば、もうサレハルドも無理に戦いはしないだろう。
イサーク達は上手く追い込まれたふりをして、白旗を上げると思いながら、私達はファルジア軍の前にたどり着いた。