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私は敵になりません!  作者: 奏多


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流れつく場所は 3

※イサーク視点にて続きです

「お前さ……あいつに考えさせすぎなんじゃないか? だから戦争で戦うだなんて理由一つでつまずいたんだろ」


 イサークの言葉に、レジナルドも思い当たる節はあったんだろう。


「それでも、私は彼女に何かを強要したくないんだよ。彼女を追い詰めたくないんだ」

「追い詰める……?」

「キアラは小さい頃から物みたいに思われてきたから、自分を守るために辛いことは全部夢だったと思いたがる癖があるんだ。追い詰めると、完全に夢の中に逃げ込んでしまうかもしれない」

「夢って……」



 何か事情がありそうだが、そこまで踏みこむ時間はイサークにはない。

 だから言葉をそれ以上続けることはなく、話を終わらせて、お互いにさっさと自分の陣営に戻ったのだが。


 ただ、イサークは言おうか言うまいか迷ったことを、今になって思い出す。


『王子のことに関しては、キアラも目を背けて逃げられなくなったんじゃないか?』と。


「それぐらいは意識してくれないと、骨を折った甲斐がないよなぁ……」

「何ぶつぶつ言ってるんですか! ルアインがとうとうやっちゃいましたよ!」


 側にいるミハイルが指さす方向を見れば、二方向から攻められる形になったルアインが、最後の手段を出してきていた。

 後方から十数人の鞭打たれた兵士達を引きずってくると、彼らを全員魔術師くずれにしたのだ。

 前回は、クレディアス子爵がファルジアの魔術師にかかりきりになり、そのためルアイン軍の損害が大きくなった。今回もファルジアの魔術師を倒すことに執心するだろうし、魔術師を倒してもらわねばならないから、クレディアス子爵を他の場所へ向かわせることもできない。

 しかしファルジアには魔獣もいる。対抗するため、魔術師くずれを作り出す砂を、アーリング伯爵がクレディアス子爵に要求していたのだ。


 魔術師くずれ達は無差別に辺りを破壊しはじめ、その副産物として、ファルジアがキアラに作られせたのだろう柵を三分の一ほど破壊していく。

 何もしないわけにいかないサレハルドも、これに乗じて、中央に突出したファルジアの部隊を攻撃した。


 ただ、ファルジアから温情を引きだしたいのなら、やりすぎないことだ。

 それでいて、ルアインにはこちらも必死に戦っていると思わせなければならない。

 微妙なかじ取りが必要だが、こんな飛んで火にいる夏の虫は殲滅しなければ、はたから見ても疑わしいと思われかねないだろう。

 なのでファルジアの兵士達を殺し尽くせと命じたイサークだったが、そこにファルジアも切り札の一つを投げて来た。


 ジナと氷狐達だ。

 特に巨大化したリーラの魔力は強く、突出した部隊の近くにいた魔術師くずれの一部とルアイン兵達は、体のあちこちを固められて動きにくくなる。

 そうしている間に救援部隊に割り込まれ、取り残されていたファルジアの部隊は逃げて行った。

 それでも魔術師くずれたちによって、ファルジアの柵がかなり破壊されてしまう。

 サレハルドも何もしないわけにはいかないので、松明を持たせた兵士をリーラ達氷孤に向けて送り出していた。魔力が切れなければ暑さも平気な氷狐達だが、炎を向けられると魔力の消耗が激しくなるので嫌がるのだ。


 おかげでジナ達も氷狐も向かって来られなくなる。

 その間に、ルアインはそこから一気にファルジアへ突撃していく。魔術師くずれがいなくとも、数の優位はまだある。ただでさえクレディアス子爵達の方にキアラと共に二千ほどの兵を集中させているのだから、ファルジアはさらに数が少ないのだ。

 今でなければファルジアを劣勢に追い込めない。


 だがファルジア軍へ向かって、丘を降りてくる一軍がいる。

 日の光を反射する剣と青いマントの群れが見えた。

 数は四千ほどだ。十分に数の優位を埋められる。そのうちキアラ達が戻れば、戦はすぐに終わるだろう。

 粛々と行進し、ファルジアに合流する一軍を見ながらイサークはつぶやいた。


「そろそろ決着がつくな……」


 間もなくルアイン軍は後退するだろう。その背後を守るような形で動いた上で、ファルジアといくらか打ち合えばいい。

 それで終われる。

 するとミハイルが呼びかけてきた。


「殿下」

「おい、陛下って言えよ」


 いつも通り返したが、ミハイルは何かを我慢するような表情で言った。


「本当は、貴方を王にしなくても良かったのかもしれないと思っています。エルフレイム殿下でも、同じことができたはずなんです。……何より、貴方みたいにほっつき歩いて、敵と情を通じて辛い思いをせずに済んだのにと、今になって思います」


 言った後に唇を噛みしめるミハイルに、イサークは笑った。

 これが最後だから、そんなことを言いたくなったのだろう。


「俺がやるって決めたことだろ。そしてお前は、恩人の兄貴を助けたかった。それに兄貴じゃ、ルアインに恭順してみせるために結婚は拒否できなかっただろ。あれ以上ジナイーダを泣かせるわけにもいかなかったからな」


 小さい頃から知っているジナイーダ。

 人前ではなんとか大人しそうなふりをしていたが、人目を避けるために木に登り、いつか元の場所に帰るためにも剣の腕は落とせないからと言って、こっそり剣の練習も続けていた破天荒な娘だった。

 だから興味を持った。


 けれど彼女は兄のことが好きで。まだ軽い気持ちだったイサークは、すぐに妹という場所に彼女のことを置き直すことができたけれど。婚約者にする時に、ほんの少しだけ昔の淡い気持ちを思い出さなかったわけでもない。


「……なんだかな。俺、男を殴ったり蹴ったりする女ばっかり好きになるのな」

「ご趣味は悪くないと思いますよ。どちらも貴族女性の枠に収めるのは難しそうですけれど」

「仕方ないだろ。俺も王や王子の枠には合わないんだからな。……おい、左開いてるだろ! 後ろの奴をそこに回しとけ! だが少しずつ下がれ!」


 話しながらも、イサークは指示を飛ばす。


「王様の枠は、たぶん一番似合ってましたよ」


 そんな彼にぽつりとつぶやかれた言葉は、騒がしい中でも不思議と耳に届いた。イサークは苦笑いしてそんなミハイルの頭を撫でる。


「後は任せた。計画通りにな」

「……承りました、陛下」


 答えたミハイルに満足げに笑ってみせたイサークだったが。

 ――それを視界の端に見つけて、表情を変えた。


「まず……。もうちょい長引きそうだ。おい、全軍後退中止!」


 ミハイルも同じものに気づいたように、顔を青ざめさせていた。

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