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エイルレーンに流れる血 2

 この戦で一番の問題が、クレディアス子爵が統率する魔術師くずれ達だ。

 暴れて自壊するわけではなく、標的を定めて襲いかかられたらこちらはひとたまりもない。

 だからこそのレジーの言葉だった。

 それを受けて、アランが腕を組んだ。


「キアラで釣るのか。でも釣れるか?」


 レジーがうなずく。


「前回の戦で、ファルジアを放置してまで彼女にこだわった。それでも奪われた以上、意地になって取り戻すか決着をつけようとする、と私は予想してる。私達を倒すためにも、魔術師を取り上げるのはとても良い手だからね」


 ただ、とつけ加えた。


「前回はそれでルアイン軍も損害を被った。だからキアラにばかりかまってはいられないだろう。さすがに文句を言われているだろうからね。だから私もそこに配置する。魔術師と一緒に敵の王族も討ち取れるとなれば、他の者も子爵を止めにくくなる」

「確かに、殿下を討ち取ることを優先してくるでしょうが……。殿下の身の安全に不安があります。釣り餌が大きすぎはしませんか?」


 ジェローム将軍は心配そうだった。

 将軍格の人にはレジーの魔術について簡単に説明してある。それでも釣り餌が大きければ、私とレジーの方に殺到することも考えられるから、懸念があるのだろう。


「ルアインやサレハルドの側だって、魔術師同士の戦闘に巻き込まれるのは厄介だと知っていると思うよ。いたずらに同士討ちされるぐらいなら、兵は本隊を叩く方に振り分けるはずだ」


 レジーの答えに、エニステル伯爵も「よろしいでしょうかな」と意見をした。


「もし件の子爵めが、魔術師殿と殿下の方へ集中しなかった場合の対策について、お考えをお聞かせ願えれば」

「氷狐達を配置する。後は移動中に何度か、魔術師の土人形と戦闘訓練を受けさせただろう? 各領地の軍の騎士を選んで行ったから、ある程度魔術を使う相手への備えになっていると思う。それで対応しきれない想定外のことについては、アランに一任しているし、こちらでも手を尽くすよ。だけど、まず子爵がこちらに来ないわけはないと思っている」


 レジーは言わなかったけれど、子爵がこちらを狙うだろう理由は他にもある。

 クレディアス子爵は契約の石の関係で、自分の方が私よりも有利だと信じているはずだ。前々回、私がそれで追い詰められて、イサークに捕まったから。

 前回もまだ、私を捕まえられる余裕があると思ったんだろう。それほど子爵からの影響はキツくはなかった。

 レジーの返事を飲みこむように時間を置いて、ジェローム将軍が再び口を開いた。


「サレハルドへの対応について、殿下のお心の中でご方針が決まっていればお聞かせください」

「あちらも厄介だと考えているよ。前々回の様子と魔術師の報告から、サレハルドの作戦立案者は今までにない考え方をしているようだから。前々回のように、分離独立させて各個撃破を狙われるときつい。けれど魔術師くずれを上手く使って、こちらが動かざるをえない状況に置かれる可能性もある」


 だからこそ、とレジーは強調した。


「クレディアス子爵を急いで潰すことだ。それで魔術師が今まで通り動けるようになる。急がなければ王領地から援軍が来てしまうから、こちらも全力を尽くすよ」


 私さえ問題なく魔術が使えれば、どんな状況も覆せる。それまで各領地の軍は耐えるようにとレジーは命じた。

 現状、それ以上の策などないと考えたのだろう。将軍達はレジーの命令を粛々と受け入れた。

 兵同士のぶつかり合いに関する戦略は、アランに一任された。



 そして今、こちらの予想通りにクレディアス子爵が向かってきていた。

 周囲を固めるカインさんやレジーの騎士達、レジーが率いるエヴラールの兵とアズールの兵も緊張で表情を険しくする。

 なにせ魔術師くずれの数が多すぎた。


「十人ぐらいならと思ったんですが……」

「想定数上限も、かなり多めに盛ったと私は思っていましたが、それ以上ですね」


 グロウルさんの苦々しい声に、カインさんが応じている。

 私とカインさんをリアドナで追い詰めた魔術師くずれが十人ほど。それに足してくるかもしれないと、二十人を予想していた。


 けれどクレディアス子爵は三十人近い魔術師くずれを連れていた。一見すると、ゾンビの群れを引き連れて進む悪魔のような集団だ。

 魔術師くずれではないルアイン兵も千ほどついてきているが、巻き込まれるのが怖いのか、巻き込まれるから下がれと言われたのか、後方に固まっている。

 そんな中で、レジーが柔らかな声で言った。


「ルアイン軍内の状況は、こっちが思うより悪くなっていそうなのが、こっちにとっては唯一良い材料かな」

「良い材料?」

「元々、ルアインは懲罰の代わりに兵士を魔術師くずれにしてた。けどあれだけの数を揃えるなら、今まで手を出さなかった軽い懲罰対象の兵士も、範囲に含めてるんじゃないのかな。ほとんど死刑みたいな処分だし、ルアイン兵士の戦意が落ちているだろう。なら、アラン達も戦いやすいし、少しでも劣勢になったら離反して逃げる兵が増えるだろう」

「……私達が、逃げるように仕向けられれば」


 ルアイン軍は瓦解する。


「そういうこと」


 レジーがうなずき、私の顔を覗き込む。


「厳しくなったら言って、キアラ」

「まだ大丈夫……これがあるからかも」


 レジーが茨姫から渡されたという契約の石。それを首から下げているんだけど、なんとなく体の中の魔力が荒れそうになると、石が冷たく感じる。そうしてふと気づけば、魔力を落ち着かせてくれた。


 たぶんこれは、茨姫に最初に渡された石と同じものなんだろうと思う。

 私が魔術師になるために使ったものと一緒だから、より強く作用して、クレディアス子爵からの影響を軽くしてくれているんだ。

 それでも熱っぽくなっていく感覚も、だんだんと治まらなくなっていく。

 たぶん、クレディアス子爵も今回こそは私を全力で抑え込もうとしているんだろう。


 あともう少し。

 こちらが引きこみたい範囲へ誘い込むために、私は再び土人形を作りだした。

 それにすがるつもりだと見せかけるため、土人形を私達の盾にするような位置へ移動させた。


「キアラ、あともう少し」


 レジーにうなずく。

 タイミングは彼が教えてくれる。任せていいと思えると、一緒に戦っていると実感できて、苦しい中でも勇気が湧いてきた。


 残り五百メル、四百五十メル……。

 進んでくる魔術師くずれが放つ風に、騎兵達が姿勢を低くする。

 風にあおられて手を伸ばす火を、土人形を前側に倒すように崩して押し消した。

 その間に、魔術師くずれ達は走り出していた。


「キアラ」


 声に答えるように、私は地面に手をついた。

 血の気が引くような感覚に、その場に座り込む。

 代わりに、大地から伸びあがるように土がうごめいた。土の手は、走る魔術師くずれ達と後方についた兵の足を捕える。


 クレディアス子爵は、制約がかかった中で私が大きな術を使えるとは思わなかったのだろう。驚きながらも、自分だけは影響を免れているためその場から引こうとする。

 けれどそのせいで、魔術師くずれ達の統制が崩れた。

 闇雲に魔術をまき散らす彼らに近づくのが難しいが、代わりに隙が生まれる。


「行け!」


 グロウルさんの号令で、前列にいたこのために選ばれていた兵達が槍を投げる。

 足止めされている魔術師崩れたちが、次々に串刺しになっていく。丘の上に陣取ったのは、彼らの槍の命中率を上げるためだ。上から投げ下ろした方が距離も威力も上がるから。

 それでも風や炎に遮られて、無傷の魔術師くずれも多い。


 一斉に騎兵達が突入した。

 前衛に立つのは、魔術師くずれに慣れたエヴラールの兵士と、先だってエニステル伯爵の側で対応して生き残った人達。そしてエイダさんの魔術を見ていたアズール侯爵領の兵士達だ。

 魔術による広範囲の攻撃を考慮して、なるべく離れるようにして戦っている。


 魔術師くずれと接近するのは危険なので、皆槍を持っていて、一人が気を引いているうちに、他が突き刺す者が多い。

 どうしても近づけなければ、距離を離して槍を投げていた。

 魔術師くずれを私が拘束しているので、それで一気に十人ほどを倒すことができていた。


 けれど統制を取り戻そうとするクレディアス子爵のせいで、魔術師くずれの動きも組織だったものになる。

 一人が自分を顧みず、近くの魔術師くずれを囲む兵士達を焼きつくそうとする。

 他の一人は、中心にいる魔術師くずれをも巻き込む形で、凍り付かせてしまおうとした。

 あちこちへ拡散していかないだけ、まだマシな状態ではあるけど。


「じゃあ行くよ」


 レジーは近くまで出かけるような口調で言うと、小さな笑みをひらめかせて歩き始めた。


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