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私は敵になりません!  作者: 奏多


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閑話~言えなかったのは~

 キアラを見送った後、ジナは外で過ごすしかないリーラに付き添っていた。

 大きな動物に抱きついて癒されたいと、兵士達がわくわくしながら寄って来るからだ。

 巨大化してからリーラはより人気者になってしまったのだ。

 

 ジナとしては、あり得ない変化を起こした魔獣なのだから、怖がられて忌避されるのではないかと心配していた。けれどファルジアの人達は予想外に、頼もしいとか、大きな毛玉と言ってうっとりとリーラのことを見ている。


 そういえばギルシュのことも、ファルジアの人は慣れるのが早かったなと思い出す。

 メイナール市で交流があった人達も、子供が懐いていたから慣れが早かったけれど、そうじゃなければ遠巻きにされ続けるのに。

 そんなことを考えながら、ジナは近くで厳格そうな顔をしながら数を数えていた兵士が「300!」と言うのを聞いて立ち上がった。


「はい、そろそろ終わりですよ~」

「うううぅぅ」


 ジナに促されると、リーラをひとしきり撫でていた兵士は苦悶の表情をしていたが、周囲の兵士に肩を叩かれて離れる。

 どうも『リーラを愛でる会』なるものがあり、リーラに負担をかけないように飼い主の言うことを聞くべし、という取り決めを自主的にしているらしい。

 数を数えていた兵士もその一人だ。抜け駆け禁止、ということらしい。


 ただその結成時に、微妙にギルシュが手を回していたりするのを、ジナは気づいていた。

 氷狐達はジナやギルシュにとっての武器であり、命綱でもある。彼らがむやみに傷つけられ……るというより、怒らせて魔獣らしさをむき出しにして兵士を襲っては、ジナ達は困ってしまうことになるのだ。

 そういう思惑もあって、ギルシュは自治組織を上手く煽って作らせて、それに参加していない人にまで「リーラが可愛いなら周りの子も上手く収めてねん?」と誘導しているのだ。


 とりあえずこれで、今日のリーラとのふれあい時間は終わった。

 リーラは外にいるしかないので、リーラを愛でる会の人と一緒に、門の側に行ってもらう。彼らは、リーラを愛でる時間が終わるとむやみに干渉しないようにしつつ、保護しながら餌もぬかりなく手配してくれる。


 さて自分も休むかとジナが砦の中に向かおうとしたところで、キアラを送って行ったはずのカインの姿が見えた。彼はこちらに向かって来た。

 ジナに用があるとしたら、キアラに何かがあったかキアラが呼んでいるかのどちらかだろう。

 そう思ったジナは、ごく普通に「キアラちゃんが呼んでるの?」と尋ねたのだが。


「いや、君に用がある」

「わたし?」


 思わず自分を指さしてしまうと、カインにうなずかれた。


「何か変なことしたかしら?」


 ジナとしてはそういう方向でしか、理由が思いつかない。


「サレハルドとの戦のことで、キアラさんに何かを話そうとして止めただろう? それが気になった」

「ああ……」


 なるほど、とジナは思う。

 キアラに何か関係があることを、ジナが言えずにいたようだと思ったのだろう。確かにそうなのだが。


「キアラちゃんには言わない方がいいかと、思いなおしたから……」


 でも口に出しそうになったのは、たぶん救って欲しいと思ってしまうからだ。

 だってキアラは、捕らわれてお兄さんのように慕っていたカインを殺されかけてもまだ、心の底から憎んだりしていない。それならもしかして、と思ってしまった。

 何より彼女でなければ、そんな奇跡みたいなことは起こせない。


 でもキアラはまだ16歳の女の子だ。危険な目に遭って傷ついているのに、今この時に負担になりそうなお願いをすることはできない。


「キアラさんには言えないとは……サレハルド内部のことですか?」


 カインはそこで「いや」と自分の言葉を否定した。


「キアラさんに貴方が頼むというのなら、個人的なことか? イサークというサレハルドの国王のこととか」


 カインはやや顔をしかめながらそう続けた。

 重傷を負わされた相手のことを話すのだから、多少嫌そうな表情をするのは当然だろう。

 むしろ、殺されかけていながら冷静に名前を口にすることができるのだから、彼なら……この話を聞くべき相手に運んでくれるかもしれない、という気がした。

 例えば、レジナルド王子とかに。


「多分キアラちゃんには、話すだけでも負担をかけさせることになるかもしれないと思ったの。貴方なら心配なさそうだけど、キアラちゃんには黙っていてね」

「……俺が殺されかけたからか」

「ええ。そんな相手には同情しないでしょう?」


 カインがやや困惑した表情になる。それもそうだとジナは思う。

 普通はそうだ。キアラが変わっているだけなんだろう。

 彼女なら敵でもわかってくれるかもしれないと思ってしまうのは、実際に敵になった相手にも憎しみを感じないどころか、ジナに対してもやや庇うような発言をしていたからだ。

 お人好しというか……よほどのことがない限り、人を憎めないのだろう。

 だから頼りたくなってしまう。

 そんな気持ちを振り切って、ジナはカインをまっすぐに見つめた。


「貴方達は知っていた方がいいかもしれないから、言うわ。その後のことも、できればあの殿下と打ち合わせるなりしておいてほしいし……後でキアラちゃんがとても傷つくかもしれないから」

「一体何を?」


 ジナは唾を飲みこんでから、それを口にした。


「イサークは、死んで決着をつけるつもりなの」


 その言葉は、カインにとっても予想外のものだったのだろう。


「降伏して、主をルアインからファルジアに変えるつもりではなかったのか?」

「それだけじゃ足りない。イサークは、故郷と自分の兄をより完全に守りたいのよ。サレハルドに対する今回の出兵の責任をより軽くするためには、王が命を差し出すしかないでしょう」


 降伏した後は、必ず責任の所在が問われることになる。

 イサークが王として存在し続けたら、サレハルド王国そのものにも責任は重くのしかかる。


「だからイサークの独断でやったことにするの。そのために、イサークが殺したことにして、前国王陛下は自害なさった。兄上は……イサークが無理やり幽閉したのは間違いないけど、ある程度は諦めてるから無理に出てこなかったんだと思う。そしてイサークが無理に王位について独断専行したんだとしたら、幽閉された兄が即位しても……全ての責任を被せるのは心情的にも難しくなるでしょう」


 そんな形で、イサークはサレハルドの負債を自分の死で半減させることを目論んだのだ。


「何よりルアインに対しても、イサークの独断で侵略に手を貸しただけだから、もうその約束を履行する必要がないってつっぱねられるわ」


 キアラにも言えなかった話を吐き出すと、ジナは少しだけ胃が軽くなった気がした。


「しかし死んだからと言って、サレハルドが全ての責を免れるわけではないでしょう」

「だから私とギルシュが来たのよ。サレハルド側に有利な状況を作るために」

「有利?」


「最初、ファルジアには魔術師がいないはずだった。魔術師くずれなんかに対抗するために、ファルジアはかなりの苦戦を強いられたでしょう。そこに私が魔獣を連れて参戦したら? そんな私がイサークを討ち取って、サレハルドに温情を願い出たらどう?」

「拒否できないだろうな。ある程度のことは考慮されるだろう」


 カインが渋い表情のままため息をついた。


「だから君たちは、ファルジアの軍についてきたのか。だが、止めるなら他にも方法はあるだろう。君がサレハルドの王を殺さずにいるとか」

「わたしじゃだめなのよ……」


 ジナは唇を噛みしめた。


「わたしの言葉じゃ、イサークに届かない。たぶんわたしが殺さなかったら、あの人は自害する。殿下や貴方達がそうしようとしても、同じことになると思うの。だからキアラちゃんが無理やり救ってくれたらって、お願いしそうになった。……ごめんなさい」

「なぜ君が私に謝るんだ?」

 

 カインの不思議そうな表情に、ジナは笑いそうになる。


「だってキアラちゃんに無理をさせるところだったのよ。好きな人に妙なことを背負わせられそうになったら、良い気はしなかったでしょう?」

「…………」


 カインは言葉を飲みこんだように黙り込んだ。ジナはそれを肯定の意味だと思った。


「どちらにせよ、私達がファルジアに勝ってほしいことに変わりはないわ。それでサレハルドがルアインに侵略されなくなるのなら。だけどファルジアに占拠されたいわけじゃない。だからイサークを止めることはたぶん、わたしにはできないわ。だからイサークが死ぬことでキアラちゃんが傷つかないようにしてくれたら……。傷ついた時に、慰めてくれたらと思うの。それだけをお願いするわ」


 故郷を救いたい。

 故国を救うことで、ジナには守れる相手が沢山いる。

 ジナを受け入れてくれる傭兵団の人々。今まで優しくしてくれた人。……こじれすぎて、好きだったことも思い出になりつつある人。


 戦友みたいに思えた相手の命を代償にしか、ジナには守れないものばかりだ。それが悔しいから、キアラにすがってしまいたくなったのだと思う。

 そんな自分が申し訳なくて、ついジナが頭を下げてしまったら、なぜかカインがふわりと一撫でしてきた。

 え、と思って顔を上げるが、彼の方は特に何かを考えて行動したわけではなかったようだ。カイン自身も少し驚いたように自分の手をどけた。


「守りたいという気持ちはわかる。……私も、守りたくても守れなかった物があるからな」


 無表情に戻ったカインは、そう約束してジナから離れて行った。


「…………」


 ジナはしばらくぼんやりとして、それからつぶやく。


「あれ? わたしの方が年上よね?」

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