茨に刻まれた未来 3
※キアラ視点に戻ります
それは、フェリックスさんの火傷の治療をした後のことだった。
砦の中庭……といってもむき出しの土があるだけの場所なんだけど、そこを突っ切るように歩いていると、門の方がざわついていた。
「敵でしょうか?」
一緒にいたカインさんに尋ねるも、ずっと私と行動をしていたのだからわかるはずもない。
「行きましょうか」
カインさんはそう言って私に左手を差し出してくれる。
私はその袖をちょいと掴む。カインさんはそうされるのをわかっていて、掴みやすいように手を差し出してくれてたのだ。
まだあちこち歩き回るのは不安で、これがジナさんやエメラインさんだったら張りついていたかもしれない。
だけどカインさんにそんなことできない。そして女子二名は今忙しくしている。
迷った末に、マントを引っ掴んだらさすがのカインさんにも困った顔をされたのだ。
手を繋いでは、と言われたけどそれは私的にだめなわけで。
……荷物扱いされたり、必要があって牽引されてる時は別だけど、周囲の人が怖いという理由だけでは、好きな相手を自覚したのに、自分に好意を持ってる人と手を繋ぐのは……。
そんなわけで、袖を掴むことでお互いに妥協したのだ。
大きくない砦とはいえ、移動にはそこそこ時間がかかる。てこてこ歩いていた私に、カインさんがふとつぶやいた。
「なんだか懐かしいですね」
「……?」
「弟も、こんな風に袖を掴んで歩いてたんですよ」
そう言ったカインさんの顔は、前に家族のことを話していた時よりもずっと、穏やかな表情をしていた。のに、
「今度、殿下にも同じことをさせてみようかな」
ぼそりと、なんか不安な言葉がつけ加えられた……。
え、どうしてレジーに子供みたいな真似させるの? 嫌がらせ?
二人の間に何かあったのかと首をかしげながら歩いて行くと、門の近くでアランの騎士チェスターさんを見つけた。カインさんが声をかける前に彼はこちらに気づいた。
「ウェントワース、お前カモの親子みたいなことして遊んでんのか?」
や、これには切実な理由があるんですけど、言うのも恥ずかしいので口をつぐんでおく。
「それより、索敵に何か引っかかったのか?」
カインさんはあっさりと聞き流して質問する。
「お前本当に面白みがないなぁ。敵じゃない。ちょっと殿下が外へ出るって」
「何のために? 殿下が周囲の警戒に出る必要はないだろう」
するとチェスターさんがちょいちょいと手招きして、人から離れた場所へ移動して行く。ついて行くと、こっそりカインさんに耳打ちする声が漏れ聞こえた。
「ディオル……茨……来て……」
それだけで私にもおおよそのことがわかった。
茨姫? 茨姫が来てるの?
人嫌いで小さな子としか会わない茨姫がどうしてと思っていたら、腰に下げてた師匠が「ひょっひょっひょ」と笑い出す。
「返事が来たんだろうのぅ」
「師匠、事情を知ってるの?」
「王子の体調不良の件でのぉ。わしゃ知らんから、聞ける者に連絡をとれとは勧めたかの。せっかくだからお前さんの魔術の参考にも、ついて行って聞けば良い」
「うんそうする! カインさん追いかけたいんですけど!」
早速お願いしてみると、カインさんが渋い表情になる。
「ホレスさん……」
「ひょっひょっひょ」
師匠がまた笑う。
「この娘に隠していいことなんぞないわ、必要があれば真正面から説得するがいい」
ここまで明かされては仕方ないと思ったんだろう、カインさんはため息をつきながら、チェスターさんに兵を数人貸してくれるように話していた。追いかけている途中で、また襲われては困ると思ったからだろう。
私としてもそれは怖いので、大人しく待ってから出発した。
レジーはそれほど離れた場所にいるわけではなかった。砦から数分進んだ林の中で、レジーが連れてきたのだろう兵士達や、レジーの騎士さん達がいる。
というか私を見た瞬間、レジーの騎士茶の長い髪を結んでいるラースさんに「うわ来ちゃったよ」みたいな顔をされてしまった。
申し訳ないけど、レジーが隠そうとするなんてろくでもないことに決まってるので、私は引かないつもりだ。
「すみません、殿下はどこですか?」
「……あちらですよ、魔術師殿」
ラースさんは早々に諦めて木立の先を指さした。
池か泉? その前にレジーと、茨姫が確かにいる。
前と全然姿が変わっていないことに驚いていたら、不意に魔力の波を感じたと思ったら、突然レジーがその場に膝をついた。
「え!?」
今のは何? 茨姫がレジーに何かしたの?
ラースさん達は、それでもレジーに駆け寄ったりしなかった。きっと何があっても来るなと言われているんだろう。レジーの側にいるグロウルさんも、おろおろとしたように腕を上げ下げしたけれど動かない。
だけど私は我慢しきれなかった。
「レジー!」
とうとうカインさんの袖を離して、茨姫たちの所へ走ってしまう。カインさんはラースさんに引き止められている。
レジーの側へ着くと、振り返ったレジーが困ったような顔で微笑んだ。
「こんなにすぐバレるとは思わなかったよ」
やっぱりわざと私やカインさん達に黙って行動したらしい。
「なんで内緒にしたの?」
「契約の石のカケラ」
答えたのは茨姫だった。
「それをどうにかする術を私に尋ねたのよ。だけど除去する方法は私もわからな
いから、多少マシになる方法を使ったの」
さっき魔力の波を感じたのは、そのせいだったようだ。レジーもうなずいているので、茨姫が言ったことは本当だろうけど……。
「レジーの体が、楽になるんですよね?」
「大人しくしていればね」
てことは、大人しくしてないとだめということか。
そこで、ようやく立ち上がったレジーが茨姫に問いかけた。
「一つ聞かせて下さい。あなたはどうして協力してくれるのですか? 気まぐれではないのでしょう? 人嫌いという噂が立つほど他者との接触を避けていたのに、最初から貴方はキアラには積極的だった。契約の石を渡したのも、キアラが、同じ魔術師になる素質があると知っていたからですか?」
すると茨姫は目を眇めて口の端を上げた。
「素質なんて、誰にもわかりはしないわ。ただ……この子の運命を、良しにしろ悪しきにしろ変えたのは、私だから」
「私の、運命?」
「貴方の運命を知っていて、それを変えるために私が手を加えた、ということよ」
どういうことだろう。
運命に手を加える? でも私がアラン達の敵として死ぬ運命を避けたくて逃げたのは、茨姫と会う前のことだ。彼女に責任なんてないのに。
「まだそのことについては話す時期じゃないわ。でも、少しはその端緒になりそうな話をしてあげましょうか」
そうして茨姫は、昔話のように語り出した。
「……ファルジアの王族の傍系に、銀の髪を持って生まれた子供がいたわ。彼女は血が薄れていくことを危惧した王の命令で、いずれ王族の花嫁として捧げられるはずだった」
すらすらと語る茨姫の言葉に、レジーは耳を傾ける。
「けど、王はとある魔術師に協力させる代償として、その少女を引き渡すよう親に命じたの。そうして魔術師にさせられた少女は、同じような目に遭った王族の女性と出会った。その女性は王に排除されたらしいの。邪魔だったから、魔術師に与えられたのよ」
ファルジアの王が魔術師と取引をしていた時期の話だろうか。
レジーに魔術師を探してもらった時も、既につながりが無くなっていたと言っていたから、本当に昔の話なのかもしれない。
そう推測していた私に、レジーがささやいた。
「祖父の代までは、魔術師を使っていた形跡があるんだ。叔父は、代々の国王が魔術師に約束していた代償や魔術師の正体を知らないから戦に利用できなかったんだと思う」
教えてもらって、なるほどと思う。でも、王族の子女を生贄に与えていたというのは……なんだか恐ろしい話だ。
「なぜ、魔術師はファルジアの王族を望んだんですか」
「……ファルジアの王族は、魔術師になりやすいと思われていたのよ。実際は、市井の人々と確率は変わらなかったようだけど。そして王の方は、自分の身内以外を生贄にしたら、すぐに魔術師との取り引きが明るみに出るから、魔術師の思い込みを放置してきた」
答えた茨姫は、ふと息をつく。
「その少女は、魔術師にさせられたその女性の協力で、なんとか逃げ出すことができたの。助けてくれた女性は、利用されることだけは拒否したくて自殺してしまった。けれど逃げた少女だって、師である魔術師に近づいてしまえば逆らえなくなってしまう。だから逃れる方法を探して、森に籠った。そこで森の泉にはあり得ない大きさの契約の石を見つけたの。その傍にいるおかげで、彼女が森にいるとわかっていて近づいた魔術師を退けることができたのよ」
森、と聞いてすぐに私は茨姫自身を連想する。
だから彼女はあの森から出られない? あの森の奥には、大きな契約の石があるの? でも昔の話のはずで。彼女は遥か昔からあそこに住んでいるはずなのに。
混乱してくる私をよそに、茨姫は語り終えてしまったようだ。
「さてお話はここでおしまい。限界が来たわ」
「限界?」
聞き返した私だったけど、茨姫の言う限界は、すぐに私の目にも見え始めた。
茨姫の姿が薄れ始めたのだ。
銀の髪が少しずつ輪郭を失い始める。白い肌や着ている衣服も、その向こうにある池の姿が少しずつ見えるほど透けて行く。
「限界って、茨姫いなくなっちゃうの?」
まさかこのまま完全に消失してしまう? そう思って真っ青になる私に、茨姫が笑う。
「少し違うわ。私はこの一時だけここに移動しただけ。……そうそう、今のうちに言い逃げしておくわね。その王子は私に頼んで、体に入り込んだ契約の石の魔力を使えるようにしたのよ」
「茨姫!」
レジーが厳しい声を出したから、私はそれが本当なのだとわかった。
「何してるのレジー、どうしてそんなこと!?」
レジーを見上げて言えば、彼は私から視線をそらした。その間にも茨姫はどんどん姿を薄れさせて、薄絹に描いた絵のように希薄になっていく。
「それについては、二人で話し合うことね……それじゃ」
「お願い戻して、茨姫!」
「っ……だめよキアラ!」
どこでもいいから掴んで引き止めようとした。そんな私の指が触れたのは濃い霧のような感覚だけだったのだけど。
茨姫が鋭い声で注意をしたとたん――私は、自分の中に流れ込んでくるものを感じた。




