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リアドナ砦へ戻って 3

 私はエメラインさんとジナさんに、サレハルドに捕らわれた時に、クレディアス子爵に襲われかけたけどエイダさんに助けてもらったことを話した。

 二人はほっとしたように肩の力を抜いてくれた。


「キアラさんが心身ともにボロボロになっていたら、どうしようかと。私、デルフィオンで療養もできるよう手配してました」

「さすがに敵地でしょ。サレハルドが捕えたって言っても、ルアインに対して元々立場が弱いこともあったし、キアラちゃんの引き渡しを要求されて拒否できずに……色々辛い目にあったかもしれないって思ったわ。良かったわー」

「心配してくれてありがとうございます。基本的には、サレハルドの王の保護下ってことになってたんだけど、子爵の方は執着があったみたいで」


 そうして毛布の装備を外し、一端衣服を脱いだり清拭したり、身支度をととのえながら、二人にここ数日の大まかな概要も語った。

 とはいっても話しにくいこともある。

 子爵をかわすために、イサークが私に噛みついたり、衣服を脱がせたこととか。

 イサークに口づけられたこととか……特にジナさんには言いにくい。

 口にできないので、その辺は誤魔化した。

 けどクレディアス子爵に掴まった下りは、食べる気力があるなら夕食をと言われて、三人で小さなテーブルを囲んでパンやスープを口にしながら、詳細に聞き出されてしまった。


「エイダさんが……。キアラさんやフェリックス様とは何かと関わりが多かったせいかしら。彼女、リアドナの町でもキアラさんを見たとたんに逃げてしまったと聞きました」


 エメラインさんの言葉に、ジナさんは複雑そうな表情をしていた。


「でも彼女、アズール侯爵は殺したんでしょ? 関わるっていうなら、アズール侯爵達も随分彼女に配慮していたはずなのに」


 ジナさんはなんの違いがあったのかと眉間にしわを寄せていた。

 するとエメラインさんがつぶやいた。


「キアラさんの場合は同じ魔術師だから、何か思う所があったとして、フェリックス様の場合は……恋かしら?」

「こい?」

「え、殿下にじゃなくて?」


 問い返すジナさんに、エメラインさんは「推測ですけど」と話す。


「殿下に執着していたのは間違いないけれど、やはり自分に振り向かないとわかった相手よりも、気にかけてくれる相手の方に心が傾くのではないかしら」


 レジーの代わりに応対したり、接触が多かったのはフェリックスさんだからだという。


「でもこのままだと……エイダさんとも戦わなくちゃいけないんですよね」


 敵だったけれど、でも私を助けてくれた人。

 レジーに拒絶された時に、我慢していたんですよねと言ったら呆然としていて。だから望んでルアイン側についているわけじゃない。しかもクレディアス子爵の妻にされているとなれば、


「エイダさんは、そうなるかもしれなかった私なのに」

「どういうこと?」


 ジナさんが首をかしげる。

 だから私は説明した。転生のことは言えないけど、私が結婚させられそうになっていたクレディアス子爵から逃げ出して、その後エイダさんが子爵の妻にさせられていたこと。

 話を聞いたエメラインさんは表情を曇らせ、事情を詳しく知らないジナさんに、子爵の評判について話してくれた。


「それにしても、エイダさんがご結婚なさっていただなんて……。教会学校を離れた後は、王都に行く機会もないから、全く情報が得られないのよね」


 新聞なんてものがない世界だから、行商人や旅芸人が来なければ王都の噂話などは流れて来ないのだ。

 貴族同士ならやりとりや人を散らして情報を集めるのでずっと情報に触れることができるけど、分家のエメラインさんには難しかっただろう。


「エイダさんが行動していたのは、強要されてのことだと思うんです。だから助けられるものなら……」

「でもアズール侯爵を殺した件があるから、殿下に願ったとしても了承してもらえるかはわからないわ。軍内の兵士やアズール家の人から反感を買ってしまったら、ルアインと戦うのにも何か支障が出るかもしれないのだし」


 エメラインさんは難しい表情でそう言った。

 どんなに可哀想でも、アズール家の人にとっては仇だ。そして他の兵士達にとっても味方を殺した敵でしかない。

 だけど何か、抜け道はないだろうか。


「とにかく今日は休んでキアラさん。お水は寝台脇に置きましたから」

「明日また様子を見に来るね?」


 しばらくの沈黙の後、二人はざっとその場を片づけて持ち、部屋を出て行こうとする。


「あ、そうだジナさん、あのままじゃカインさんが誤解したままかもしれないから、その……壊滅的事態には至っていないってことを」


 焦って変な言い回しになったが、ジナさんはぷっと噴き出して応じてくれた。


「わかったわ、ちゃんと誤解がないように教えておいてあげる。殿下方にもそれとなく話すから、キアラちゃんが後で問い詰められないようにしておくから、安心して」

「ありがとうございます」


 二人を見送り、扉が閉まると息をつく。

 賑やかにしゃべる二人がいなくなると、部屋の中はしんと静まり返った。

 すると寂しさに胃が締め付けられるような気がした。

 助かった。皆も無事だ。

 だけどまだ実感できないんだろうか。お腹もいっぱいになったし、ジナさん達とおしゃべりしたから十分に安心できたはずなのに。


 いや違う。二人にもっと一緒にいてほしかったんだ。

 帰って来たけど心に不安がこびりついていて、それがもう過去のことだって覚えこませるために、もう少しだけ。

 でも甘え過ぎだろう自分。戦闘直後で二人ともそれぞれに役目があるだろうし、私にばかりかまけてはいられない。

 寂しさを紛らわせるために、私は早く眠ってしまおうとした。

 寝台に転がって掛け布の中に潜り込んでみるけれど、なかなか寝つけない。

 目を閉じると、どうしても昼間のことが心の中によみがえってくる。

 そういえば師匠が戻って来ないけど、しばらくアランと一緒にいるのかなと思ったら、扉をノックする音がした。

 エメラインさんかジナさんだろうと思って扉を開けたら、


「師匠!」


 師匠を抱えたレジーがいた。


「奇怪なミノムシから人間に戻りおったか……うひゃっ」

「師匠! そうだ師匠、今回は壊れてない?」


 思わずレジーに駆け寄って、差し出された師匠を抱きしめた。


「あれしきのことでは壊れとらんわいな」

「私が来たことより喜ぶなんて、妬けるね」


 するとレジーに言われて私は慌てる。


「あの、そういうわけじゃなくて。師匠が無事なのは知ってたけど、さっきは話す暇がなかったからつい……」

「そうだね、私とはじっくり話したからね。でも足りないから」


 そう言って手を伸ばされて、髪を撫でられる。


「た、足りないって」


 反芻するように尋ねた私に、レジーは笑顔を浮かべた。


「少し話をしよう」


 言われて手を引かれた瞬間、師匠からぶわっと風が噴き出す。


「ウヒヒヒヒかゆいかゆい」

「ああっ師匠ごめん!」


 どうしようと迷った私に、レジーがここに置けばいいよと言い、それに従っていたらいつの間にか寝台に隣り合って座っていた。

 師匠は寝台の足下側で、こちらを向いているんだけど、にやついてそうな気がするのは目の錯覚だろうか。

 師匠の目が気になるのは、並んで座っているからだけじゃない。私の右に座ったレジーが、握った手を離さないままだからだ。


 今まで、それなりにレジーは接触の多い人だったけど、こんなあからさまにずっとくっついていることはなかったように思う。

 落ち着かずに握られた手を見たり、師匠を振り返ったりしていると、レジーが尋ねて来た。


「私と一緒にいても、怖くはない?」


 怖いと思ったことはなかったので、うなずく。現に助け出された後もただ安心できたのに、どうしたんだろう。


「じゃあこっちを向いてキアラ」


 言われて顔を向けると、レジーが私の頬に手を伸ばしてきていた。

 暖かい手が触れる。頬なら特に問題ないので触れられるままにしていたけれど、不意にレジーが指先を滑らせた。顎下を撫でられるのはくすぐたかったけれど、私が疑問をさしはさむ前に、彼の指が首筋に触れた。


 ……あ、嫌だと思った。

 イサークに噛みつかれた感覚や、子爵に触れられたことを思い出して思わず目をぎゅっと閉じる。

 けれどレジーはカインさんのように手を離してはくれなかった。


「キアラ、私以外の人間が君の首に触れたんだね? それも異性として」


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