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リアドナ砦へ戻って 1

 目を閉じて眠ったら場面が切り変わったら良かったんだけど、現実はそうもいかない。

 速やかに迎えが来るまでの間、私はレジーと一緒に川辺でじっとしていなければならなかった。


 ……気まずかった。

 だって告白されたばっかりなんですよ。しかも私がしり込みしたせいで、レジーは回答を保留にしてくれたんだけど。


 私は恋愛だと意識したら、急に距離が掴めなくなってしまった。

 好きだという気持ちに寄りかかって甘えるのは申し訳ない。

 捨てられるのが怖くて、お友達か家族枠の方が怖くないかもと思ったのは私の方なんだから。だけどそのつもりで話していいのかな。告白したレジーの方は嫌がらない?


 ああでもキスを拒否しなかったんだ私。

 抱きしめられるのが居心地よくて離れにくいのは、前からだけど。これはやっぱり、保護者だと思って安心してたからってわけじゃなかった……の?

 意識すると恥ずかしくなってくるけれど、寂しかった反動か、離れるのが辛くて泣きそうになるのでじっとしていた。

 やがてレジーが言った。


「寒くないかい?」


 薄着だから、少し涼しすぎる気はする。もう夏を過ぎてしまったから、夜は気温が下がるから。でもレジーにくっついている所はあったかい。


「そんなに寒くないよ」


 そう答えたのに「一度立ってもらえる?」と言われて、はっとする。


「あの、ごめんなさい。重かったでしょう?」


 長いこと重たいものを膝の上に乗せていたら、さぞ血行も悪くなるはずだ。小学生のころ、ずっとお父さんの膝の上に座っていたら、足がしびれたせいで困った顔をされたことを思い出して、私は急いで飛び降りた。


「キアラなんて軽いものだよ。どうせ捕まった直後は寝込んだりして、まともに食べていないんだろう? 前より痩せてしまったんじゃないのかな」


 重くないよと言われたら、お世辞でもうれしいと思ったんだろうけど、心配そうに言われるとなんだか恥ずかしくなる。


「でも寝込んだこと、なんで知ってるの?」

「君がいつもより魔術を使っているとわかっていたからね。フェリックスを治療してくれただけでも、消耗してる様子だったと聞いてる。その後に魔術師くずれと子爵と戦って、あげくウェントワースの治療だ。……心配してたんだよ」

「うん、ごめんなさい」


 どうしようもない状況だった。何度同じ目にあっても、やっぱり私は戦うだろうし、二人を治しただろう。だけどレジーを不安にさせていたと思うと、何もかも言い訳になりそうで、ただ謝ってしまう。


「ところで聞きたかったんだけど」


 レジーが話題を変えた。


「どうしてこんな格好を?」

「普通の女の子は、寝間着姿なら逃亡しないからって」

「手を縛っていたのに、それでも君が止まらないと相手はわかっていたわけだ」


 そう言うレジーの声が、やや低くなる。


「動かないでキアラ」


 そう言って、レジーはまず私を羽織っていた緑のマントで厳重にくるんだ。

 しかも長さがたりなくて、足先まで包めないことが非情に不満そうだったが、その状態でもう一度レジーは私を抱えて座ってしまう。

 どうやら立ち上がって欲しいと言ったのは、こうするためだったらしい。


「足を人に見せて歩くなんて……。本当はこの緑を見るのも嫌なんだけど、君が風邪を引いてはいけないから、我慢するしかないね」


 ため息をつく。


「え、でも。さっき戦場でどうせ足晒してたし」


 寝間着代わりの白い服は、ふくらはぎあたりまでの長さしかなかった。あげく担がれたり小脇に抱えられたりしてたので、ひざ下を晒すことになってしまっていた。

 それを思い出して、気にするようなことじゃないと言いたかったんだけど。

 正直いってこれは失言だった。


「私にそれを思い出させない方がいいんじゃないかな? グロウル達の記憶を抹消させたくなってしまうから」

「わ、ワカリマシタ」


 レジーの視線が冷たい……。私でも怯えそうになる。

 でも、確かに全部言うと宣言しただけあって、レジーは思ったことを私に伝えるようになったみたいだ。

 黙っていても通じている感じもなんだか心が温かくなったけど、思っていることを話してくれるのも嫌じゃないけど、その目が怖い。


 そうしている間に、お迎えが来てくれた。

 土ねずみが作った出口は決まっていたらしいから、回収部隊も速やかに駆けつけられたんだろう。


「お待たせ致しました、殿下」


 先頭に立って二十騎ほどを率いて来たのは、レジーの騎士ディオルさんだ。彼は空の馬を連れていた。

 私を一人で座らせて少し離れた場所で彼らを出迎えたレジーは、怪我をしていないので、その馬に乗ることにしたらしい。

 が、その前にと、ディオルさん達に言った。


「毛布か何か持ってきていないかい?」

「万が一の担架代わりに積んできましたが」

「ぜひ使わせてもらおう」


 そう言ったレジーは、毛布を受け取るなり私をぐるぐる巻きにした。足の先までしっかりと。もう身動きもできない。梱包された荷物になった気分だ。

 そのままレジーは、荷物状態の私を抱えて砦へ戻った。

 おかげでレジーを出迎えたアラン達は、すごい悲壮な声でレジーに尋ねたのだ。


「おい……まさかレジー。キアラは見せられないような状態に……」

「あんなに元気に、魔術を使っていたみたいなのに」


 一緒にいたらしいエメラインさんの、惜しむような言葉に慌てた。

 ちょと待って、私生きてるよ!?


「いや生きとるじゃろ?」


 師匠がツッコミを入れてくれた。良かった師匠も無事に戻れたんだ。誰かが無事回収してくれていたんだろう。ありがたい。

 そんな中、一番冷静そうな人がいた。


「きっと殿下が見せたくないだけでしょう。少々外聞を気にする格好だったと言いますから」

「……そこまでだよウェントワース。まさかグロウルに聞いたのかい? 誰かちょっとグロウルを呼んで来てくれないか?」


 レジーがやや低めの声でそんなことを言い出すが、私はそれどころではなかった。


「カインさん、カインさんですかっ!」


 ちゃんと顔が見たい。無事だと聞いてたし、声も聞こえるけど、元気な顔を見ないと安心できない。

 だって最後に見たのは、死にかけて気絶した血まみれのカインさんだった。

 怪我は治った? 後遺症とか何もない?

 知りたくてじたばたもがくが、ぐるぐる巻きの毛布で腕が動かせない。しかもレジーがほどいてくれない。顔は見せたって恥ずかしくないのに!


 仕方なくヘッドバンキングの要領で頭を振って「ちょっ、キアラ!?」「妖怪か!?」「芋虫みたいで気味が悪いのぉ」と周囲に言われながらようやく顔を出した。


「カインさん無事でしたか!?」


 夜なので、砦の周囲には篝火が焚かれている。

 赤味の強い光の中に、あきれ顔のアランと並んでカインさんがしっかりと自分の足で立っていた。


「おかげ様で」


 馬上の私を見上げて答えてくれたカインさんは、傷も何もないように見える。以前のままの姿に、私は安堵した。


「キアラさんのおかげで、生き残ることができました。御礼を言うことができて良かった」

「それでも起き上れるようになったのは一昨日なんだからな、お前。もう休めよ。死にかけたんだから」


 しかし師匠を抱っこしてくれているアランが言うと、カインさんは耳に痛いことを聞いたように少しだけ苦笑いする。


「とりあえずキアラをどうにかできるかな、エメライン嬢。服の予備なんかはあるかい?」


 アランの隣にいたエメラインさんがうなずく。


「前回の戦闘でも荷はそれほど失いませんでしたので、予備で持ってきていたものが手元にあります。とりあえず運びましょう。誰か兵士を読んで……」


 エメラインさんの最後の言葉を聞いた瞬間、見知らぬ人に抱えられるかもしれないと思って思わず身を縮めそうになった。

 味方だってわかってる。けど色々ありすぎて、自分が自由に動けない時に触れられるのは怖い。

 するとレジーは、カインさんにミノムシ状態の私を差し出した。


「逃亡防止に、薄手のものしか着ていないんだ。靴もなくて」

「それでこの状態ですか。理由は把握しました」


 受け取ったカインさんは、私のミノムシ姿の理由に納得したようだ。


「いや、靴はあったんだけど、魔術使うのに邪魔で脱いじゃっただけで……」


 思わず説明してしまうと、レジーに額をつつかれた。


「非常事態だったのはわかるけど、実は結構目に毒だったよキアラ」

「どく!?」


 自分の姿が目に毒だと言われた経験なんてほどんどないから、私は呆然としてしまう。


「君のつま先をじっくり見た男が、私以外にもいるなんて、腹立たしかったんだからね?」


 そんな私に追い打ちをかけるようなことを言って、レジーは笑って手を振った。


「じゃ、任せたよ。アラン、戦闘後の状況を知りたいな」

「あ……うん。そう思って将軍たちを集めてある。……けどお前、なんか遠慮が無くなったな」

「吹っ切らせたのは君じゃないか、アラン」


 馬から降りたレジーは、アランと歩いて行ってしまったのだった。

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