襲撃と言いそびれたこと
そもそも敵を見分ける方法というのが曖昧なものだ。
ゲームなら画面の敵味方のカラーリングで一目瞭然だ。鎧の色やらを色分けしてくれるし、その範疇にないボスなんかはまぁ、あきらかに他と違うので一目瞭然。
当然、この世界はそれに酷似しているので、マントの色が青だから味方だ、と勘違いした。
けれどゲームの色分けって、ルアイン王国とファルジア王国を別けてるってことでもある。
ならば同じ国の人間が敵だった場合はどうなるのか?
――私のように、味方が来たとほっとしたところで、裏切られた感を味わうことになるのだろう。
同士討ちって、こんな感じで引っかかりやすいのかもしれない。
そう後で反省したものだったが、今現在の私はそれどころではなかった。
「……!」
悲鳴にならない声を上げつつ、このままでは殺されてしまうと焦る。
しかし侍女らしく青のドレスを着ているので、逃げ足は極遅。ナイフすら携帯してない。でもこのままではレジーの邪魔になるのでは!? と思うが、馬を下りたら標的になりそうで怖くてできない。
「グロウル! キアラは馬にしがみついて!」
レジーが騎士に呼びかけるより前に、グロウルと呼ばれた護衛騎士がレジーの前に出る。
私はレジーに押しつけられるようにして、伏せの態勢で鞍の前にしがみついた。
その状態で、視線を前に向ける。
状況を見た私は、思わずゲーム形式で理解をしようとしてしまった。
1ターンに攻撃は一回のみ。それで相手を倒せても、他三回の攻撃をグロウルは避けるか防御をすることしかできない。HPを削られないかどうか冷や冷やする。
しかも敵が1騎、1ターン使ってレジーに迫ってきた。
「ひっ!」
接近してきた1騎が、レジーに向かって剣を振りおろす。
レジーが受け止めるのと同時に、怖くなるような金属音が頭上で起こり、馬にまでその震動が伝わった。
同時に馬が動いた。反転するような動きに振り落とされまいと必死になる間に、敵が落馬していた。
どうやったのか知らないが、レジー、すごい!
けれどそこで驚いていられない。馬が落ちた敵をふみつけるようにして走り始める。
私はもう、その辺りでかなり怯えきっていた。
殺されるかもしれないことも、剣を振り回されるのも、逃げるためには必要だけど相手を傷つけるのもみんな怖い。
しかもそこから自力で逃れる手段を、私は持っていないのだ。
できるのは、ただレジーの邪魔にならないようにすることだけ。本当はそれも辛い。レジーに重荷を負わせてるのだから。
けれど走り出した馬は、すぐに足を止められる。
再びレジーが剣を打ち合う。しかもすぐ劣勢に追い込まれた。もう一人がレジーの左手に回り込んだからだ。
目の前の男が、結びあった剣を離し、一歩馬を引いてレジーに要求してきた。
「その娘を渡してもらおう」
やっぱり標的は私だったようだ。レジーはすかさず彼らに返答する。
「断る」
レジーの言葉を聞いた敵二人が、すぐに剣を構えた。
このままじゃレジーが殺されてしまう。ゲームのレジーが死んだ姿を思い出した私は、慌てて彼を止めようとした。
「だ、だめだよレジー! 死んじゃったらどうするの? 私なんかを助けて……」
レジーは王子だ。世継ぎが死んだら重大な問題になる。
それにこの戦闘は、イレギュラーな事態だ。本来ならば発生するはずのない、私が学校から逃げなかったら起こらなかったはずのもの。だからレジーが死なないでいられるかわからないのに。
「私なんか、なんて言っちゃだめだキアラ」
レジーは敵を見すえながらも、私を支える為に腰に回していた手に力を込めた。
「友達だろう。死んで欲しくないなら、助けるのがあたりまえのことだよ」
レジーの言葉を聞いた私は、息が止まりそうな感覚に陥った。
助けるのが当たり前。
死んでほしくない。
私が呆然としている間に、敵が斬りかかってくる。再び馬にしがみつく私の頭上で、金属音が続いた。
レジーの苦しげな声に心臓がわしづかみにされたような感覚におちいる。
けれど見上げようとしたところで、レジーに援護が入った。
グロウルだ。
護衛のグロウルにかばわれるようにして、レジーは再び馬を駆けさせる。今度は前途を邪魔する者はいなかった。
助けに入れたということは、グロウルも一人か二人は敵を倒せたのだろうか。それでも一人きりでは死んでしまうのではないか。
別な恐怖に囚われ始めた頃、今度こそは助け手が現れた。
「レジー様!」
そう叫びながら馬を走らせてくるのは、ウェントワース達と一緒にいるのを見たことがある騎士達三名だ。
「後ろをグロウルに任せてきた!」
レジーが短く叫んだそれだけで、彼らはすべきことを了解したようだ。
一騎がレジーの側につき、他二騎が走り去る。
これでグロウルも助かるかも知れない。レジーも無事に城まで逃げ帰れる。
ほっとした私は、気が抜けた瞬間に手から力が抜けそうになる。でもここで落ちたら、万が一にも他にも敵がいたら殺されてしまう。
だから城の中までは我慢した。
けれど我慢しすぎたのか、今度は鞍から手が離せなくて、降りられなくなった。
「キアラ、手伝ってあげるよ」
気づいたレジーが、手を添えて一本一本指を開いてくれる。
ようやく離せたものの、力を込めすぎた手が震える。レジーはそんな私を馬から抱えるように下ろしてくれた。
迷惑ばかりかけてしまっているけれど、初めて巻き込まれた剣での戦闘で、おびえきっていた私には、その手のぬくもりがありがたかった。
「レジー様、お嬢様をお運びしますか?」
一緒についてきた騎士がそう尋ねてくれたが、レジーはそれを断った。
「いや、それより辺境伯を呼んで欲しい。そして周囲を捜索する必要がある。人を集めてくれるよう言ってもらえるかな」
そう伝えたレジーは、私を近い場所にあった花壇の側まで連れて行ってくれる。
抱えられるようにして座ってしまうと、厩舎からは、間仕切りのように植えられている低木のおかげで姿が見えなくなる。
馬からも下り、喧噪からも隔絶された場所に来て、少しずつ手の震えは止まっていった。
「どう、落ち着いた?」
「うん……ありがとう。でも、だめだよレジー」
安心してもまだ震えてしまう声で、私はレジーに言った。
「私を庇っちゃだめだよ。置いて行って、レジーだけでも逃げてね。レジーは王子なんだから、私なんかより自分のことを……」
「それは無理だよキアラ」
自分よりも王子であるレジーの命を優先すべきだ。そう言ったら、彼に却下された。
「言っただろう。友達は助けるのがあたりまえだろう」
「どうして、そこまで」
「……君以上に、私を理解してくれる人がいないと思うから」
レジーの言葉に、私は彼の言いたいことを理解する。
お互いに、理解されにくい思いを持っていたからこそ、通じ合えたと感じたあの瞬間を思い出す。
それを肯定するように、レジーは言った。
「心の奥底にため込んだ、醜い感情が付随するようなことを、聞いても受け入れてくれる人なんてそういないんだよ。だから曖昧に濁して誤魔化すしかない。普通はそうやって口をつぐむんだ。けど君はそれすら見通して私に言っただろう? 『レジーにも優しくない家族がいるんだね』と。僕はそれを聞いて、やっと息ができたような気がしたんだ」
だから、とレジーが続ける。
「そんな君を、失いたくないと思ってはだめなのかい?」
ダメだとは言えなかった。
でも自ら剣をとり戦ってくれたということは、レジーに私を助けるために命をかけさせてしまった、ということだ。
そうまでしてくれた人のために、どうしたら恩を返せるのか。私には、命をかけ返すぐらいのことしか思いつけない。
けれど……怖い。
「でも、私の方は、レジーのために命をかけることができるかどうか、まだ迷ってるのに……」
申し訳なさに、思わず気持ちを吐露してしまう。
「命をかける?」
そのせいで、レジーは何かに気付いたようだ。
「どういうことだい、キアラ。君、今の言い方だと命をかけなきゃいけない事態が起こると思っているように聞こえたよ? どうしてそんなことを言うの?」
レジーが私の顔を覗き込むように尋ねてくる。その表情は優し気でも、目が嘘をつくことを許さないという意思を感じさせた。
言い逃れができない、と感じた。隠そうとしても、レジーは納得できるまで追及してくるだろう。
でも、とその時私はふと思った。
命を賭けることよりも、頭がオカシイのではないかとだマシなのではないだろうか、と。それに、一人で悩むのも苦しくてたまらなくなっていた。
「聞いて、レジー」
私は彼に語った。
「私のこと、教会の熱心な信者とか思ってくれていい。理由は詳しく言えないけど、私が夢のような世界で知ったことを、聞いてほしいの」
「夢?」
「二年後、レジーは多分サレハルドとの交渉で国王の代理人に決まるの。その時にこの城へ来ることになる。交渉をする場所への通過点として、滞在しに。その時に、ルアインの軍が攻め込んでくるの」
「二年後に……ルアインが?」
レジーは理解しきれないというような、驚いた表情をしている。
それを見て怖気づきそうになったが、私はぐっとお腹に力を入れて、続きを語った。
「その時、レジーが殺されてしまうかもしれない。だけど、代理人を断ったからって無事かどうか分からないの。だからルアインと王妃の動向に気を付けて。そしてここへ来て。そうしたら二年後までには……私も覚悟が決まると思うの。レジーを守れるように。でも出来ないかもしれない。怖くて、だから……」
「待ってキアラ。落ち着いて。君は夢を見たの? それが二年後に、私が殺されるかもしれない夢だったんだね?」
私はうなずいた。
それと同時に、私は胃がきゅっと閉まるような重苦しさを感じた。これでレジーは、私が熱心なエレミア聖教信者なんだと思ったに違いない。
エレミア聖教は熱心な信者となれば、司祭の夢占いが神の声のごとく語られるなど、やや夢見がちな側面がある。そういった行き過ぎた人間だと思われたのは確実だ。
けれどレジーの反応を知ることができなかった。
知らせを受けたヴェイン辺境伯とウェントワース達がやってきたのだ。
レジーは私の代わりに事情を話し、ヴェイン辺境伯達は直ちにパトリシエール伯爵の配下を探し出すため、その場を立ち去った。
入れ替わるようにレジーの護衛、グロウルが戻ってきて、レジーは彼とともにパトリシエール伯爵の配下について話すため、辺境伯達を追っていく。
そして私は、全てを言わなくて済んだことにほっとしていた。
 




