伸ばされた茨 1
眠ってから、どれくらい経ったのか。
「起きて下さい」
柔らかな声と、肩をゆすられて目を覚ました。
目を開けるとミハイル君がいた。部屋の中は薄暗くなりつつある。もう夕暮れ時なのかもしれない。
「もう少し安全な場所に移動します。眠っていると動かしにくいので、できれば起きていてください」
言われて私はうなずく。
クレディアス子爵を避けるための移動をする、と寝入る前に話していたはずだ。イサークのことがどんなに憎らしくても、確かに子爵よりは身の危険は少ないので、ついていくしかない。
それにしても、と思う。
イサークがなんだか変なことを言ってた。
自分を滅ぼす相手は、ってどういうことだろう。
殺しても死ななさそうな人なのに……。それともイサークって、実は何かポエム的なことを言うのが好きな人なんだろうか? まさかね。
三日も寝たきりだった私は、体に力が入りにくくなっている。だからミハイル君と一緒にいた体格のいい兵士が私を上掛けでくるんで抱き上げた。
サレハルドの人だと思うだけで、触れられると怖い。
肩を縮める私に、その兵士は首に掴まるように促した。落とされたくないので、従うことにした。
「あの、師匠は……」
「先に私達が寝泊まりしている場所へ移動しています。一応は人質ですので、別行動にさせていただいてます」
一緒に移動しないのかと思って聞けば、既に師匠は移動済みのようだ。
ほっとした私を連れて、移動が始まる。
部屋を出ると、短い板の廊下と木の階段が見えた。階下に降りると小さな玄関に着き、そこで一度周囲を確認してから外へ出る。
今までいたのは、やや大きな民家だったようだ。
「イサーク陛下がいるのは、リアドナの町長の家です。近くの建物にルアインの人達がいますが、場所がわかってしまうなら陛下の側の方が安全ですので、これから陛下の隣室に入っていただきます」
「イサークの隣……」
首を食いちぎられて殺されるんじゃないかという恐怖を思い出して、背筋がぞわっとする。とても落ち着かなさそうだけど、身の安全に代えられない。
なんにせよイサークは約束を守ってくれているし、子爵にそれは望めないんだから。
私を隠すつもりだったからだろう、狭い道の途中にあるその家からの道は、何度も角を曲がっていくものだった。相手が魔術師でなければ、普通に追跡を撒くつもりならこれで良かったんだろう。
たぶん、それが仇になったんだと思う。
道の前を遮ろうとする集団が現れた。
でもミハイル君はそれを予想はしていた。
「来た」
ミハイル君が指示をすると、私を移送していた集団が二手に分かれる。一方が前の集団に対応し、私を連れたもう一方が横道に入る。
そうして間もなく、大きな道に出るところには、他の緑のマントを身に着けた集団がいた。万が一のため、援助の部隊を置いていたようだ。
ミハイル君が手を振ると、すぐさま私達の元に掛けつけようとしたが。
横殴りの、緑の風に見えた。
恐ろしい速さで伸びる木や草や花が、待機していた兵士達をなぎ倒す。
「ちっ。魔術師くずれまで出してくるだなんて!」
舌打ちしたミハイル君が、別な道を指示しようとするが、路地にまで繁茂する植物の蔓が伸びて来た。
「あの娘を捕えろ」
その声に操られるように、姿を現した手足に植物を生やした兵士が、植物たちを操る。
剣で斬り裂こうとする兵士達を力押しで突き飛ばした。
視界の端で、ミハイル君も植物の蔓に巻きつかれて倒れている。
私を連れていた兵士も、魔術の攻撃には対応できずに倒され、なんとか私を下にしないように受け身をとってくれたけど、それ以上はどうしようもなかった。
蔓が絡みついて私を引きずるように兵士から離していく。
そうして大きな魔術師くずれの傍まで来た時、絶対に関わりたくなかった人物に抱え上げられた。
息をのむことしかできない。
恐ろしさで声を出すことも無意識に押さえた。
意外に大きな手が、背中と足に触れていることが気持ち悪くて仕方ない。衣服から漂う樟脳に似た匂いに、よけいにその人物に抱えられているということを印象づけられる。
「安心するがいい、落としはしない。……くくっ。石畳になど触れさせては、何をするかわからないからな。おい、連れて行け」
間近でやや歪んだ笑みを見せ、クレディアス子爵は別な兵士に私を渡した。
兵士は上掛けにくるまれたままだった私を荷物のように担ぎ、歩き出す。
既に行先は決まっているようだ。
クレディアス子爵から離れて、ようやく頭が回り始める。
どうしよう。土魔術の特性は、子爵に知られてる。
石どころか、この兵士が鎧を着ていないのは、金属を私が利用すると思ったからじゃないだろうか。
そんなにも慎重なのに、これから行く先でも石などの利用できそうな物が手元にあるようには思えない。
脱出するためには、非力な私では魔術を使うしかないのに。
「キアラ様!」
遠くから、呼ぶ声がする。
抱えられていて、振り向くことができない。でもミハイル君の声だ。
声を出せるということは、彼はまだ生きているってことだけど、怪我をしているかもしれない。
でも今の私には、どうすることもできなかった。
私はただ運ばれて行く。周囲にも数人の兵がいて、クレディアス子爵は私の後を追いかけて来ていた。
そしてこちらもしばらく進んだ後で路地に入る。
やがて川の音が聞こえると思った場所にある、一軒家の庭に作られた小屋。周囲も建て増しをした住宅ばかりで、軍の関係者などはいなさそうなこじんまりとした場所だ。
小屋自体も茨が周りを這い、緑の中に半ば隠されたような格好になっている。
その中に私は入れられた。
私を置くと、兵士は立ち去り……クレディアス子爵だけが中に入って来た。
「ああ、やはりお前はアンナマリーに似ている」
そう言いながら、クレディアス子爵は側に膝をつくと、私をくるんでいた上掛けをはぎとろうとした。
私は思わず上掛けを精いっぱい握りしめた。
途中になりましたので、明日にでも続きを更新します。




