閑話~未知との遭遇 イサーク
※話の最後に今回の戦闘地域の図解を入れました。
キアラやレジー、イサークがどう移動したのか、どこにいるのかが少しは分かりやすくなるかと思います。
※以前の記述と齟齬がありましたので、一部修正しております。ご容赦下さい。
「おいキアラ! 返事しろこら!」
慌てた声で呼びかけながら抱えたキアラを揺さぶるのは、ホレスの弟子が顔と名前を知っているらしい男だ。
前に会ったのは、イニオン砦だったか。
あそこでは商人だと言っていたが、それ以前にも会っていてお互いにある程度は相手のことを知っているらしい、というのはホレスにもわかっている。
そして何かの拍子に、キアラがイサークをサレハルドの王だということに気づいたらしいということも。
だから色々と酷なことを言っておきながら、気絶したらしい弟子を気にしているらしいことはわかるのだが……。
おいおい、それではますます具合を悪くして起きんだろうが!
「このバカモノ! 揺らし過ぎじゃ!」
「…………」
ホレスの声を聞いた赤髪のイサークという青年は、一瞬動きを止めてじーっとキアラの顔を見る。
どうせ口を動かしたわけでもないのにと、不思議がっているのだろう。
「わしはこっちじゃ!」
とりあえず話が通じなければどうしようもないので、カチャカチャと腕と足を振り回して主張してみると、イサークも周囲に集まっていた騎兵達もひいっと息を飲んだ。
「人形が! 人形が勝手に動いている!」
「魔術師の呪いの人形!?」
「俺たち殺される!」
そう言って騎兵達はイサークからじりじりと離れていく。
「ちょっ、お前ら薄情すぎんだろ……」
「だって陛下、呪われて死ぬとか嫌ですよ!」
「戦場で戦って死ぬならともかく、呪い殺されたなんて知られたら、うちの嫁が周囲からつまはじきにされてしまいます!」
それを聞きながら、なるほど偽装ではなく、この男達が間違いなくサレハルド出身者だとホレスは納得した。北国で少々環境が厳しいせいなのか、あの国の人間は少々信心深い。特に呪いの類を恐れるのだ。
思えばこのイサークという男も、最初は呪いだのなんだのと言っていたか。
……だからこそ、まだルアインに囚われるよりはマシだなと考えた。
そして陛下と呼ばれているのだから、イサークは間違いなくサレハルドの王なのだろう。
一体どうしてそんな人間とキアラが知り合ったのか。
わからないながらも、それならキアラが必死に騎士を逃がした理由も理解できた。
キアラに対して魔術師としての価値以外にも、ある程度話が通じる素地がある。しかも王なのだから、ファルジア貴族のクレディアス子爵が抗議したところで引き渡すわけもない。
騎士ならば囚われても危険だが、キアラは生き残れる確率が高いのだ。
ならば乗るまで、とホレスは考える。
「呪いではないわい。失礼なことを言うでない、小童どもめ。ヒヒヒヒッ」
自分の笑い声が不気味に聞こえるのをわかっていて、わざと笑えば、一番近くにいるイサークがため息をついた。
「それでお前は一体何なんだ? キアラの師だとか前は言ってたが」
「わしのことはホレスと呼べ。わしこそがこの娘の魔術の師だ。とりあえずわしのことよりもな、うちの弟子が死にかけておるからなんとかせよ」
「死にかけ……?」
「弟子の左手を見よ」
イサークは、ただ怪我をしているだけだと思っていたのだろう。
言われてキアラのだらりと垂れ下がった左手を見て、最初はわけがわからないという表情をしていた。
しかしホレスに怯えていなかった唯一の部下……まだ少年の金の髪の兵士が騎兵達の前出てきて、じっと観察して言った。
「傷が広がってる……? これも魔術?」
「魔術の使いすぎと、お前たちの仲間にいる魔術師のせいじゃ。このままじゃと手から砂になって死ぬじゃろ」
ホレスの言葉に「おいおい」とやや焦った声を出したのはイサークだ。
「魔術が原因って、俺たちに何ができるっていうんだよ?」
「まず傷口を塞げ、それから急いで西へ行け。あのカエルのような魔術師から遠ざかれば大分状況は安定するだろう。同時にお前たちが魔術師を捕まえ、死にかけていることも知らせるがいい。……あの魔術師もうちの弟子を嬲りたいのなら、殺すような真似はしなくなるじゃろうな」
ホレスの説明を聞いたイサークは、三秒だけ考えてすぐに指示を出した。
「ミハイル、傷の手当をしろ。そっちは俺の馬を連れて来い」
イサークの指示通り、周囲の人間が動き始める。
「本当に傷が……」
怪我の手当をしたミハイルが、表情をゆがめた。どう治療していいのかわからなかったのだろう。
血を拭って広範囲に薬を塗った後、包帯を巻いて行く。
白い布で覆われたキアラの手は、それでもじわりと血をにじませてくる。それでも手当をしないよりはマシだ。
後は一刻も早く移動するしかない。
「早くせんかい。ほれほれ」
「一国の王が人形に急かされるなんてな……」
イサークはぼやきながらも連れてこられた自分の馬に近寄る。
ホレスは今のうちにと、そんな彼に言い沿えた。
「先に言っておくが。うちの弟子を従わせたいのなら、わしを人質にしておけ。それだけでこやつは逃げたりもできなくなるじゃろ」
言われたイサークは、ふうんと意味深そうな笑みを口元に見せた。
「そんなに弟子が大事か」
「年頃の娘じゃ。粗雑な扱いに耐えられんじゃろ。どうしてもというなら、あと五十年は待つんじゃな」
「……干物にならなきゃ脅しも不可ってか?」
イサークは近くにいた騎兵にキアラを渡す。
「脅さなくては小娘すら言いなりにできん男が何を言う」
内心で少し煽りすぎたかと思ったが、イサークは無言で騎乗し、一度他者に預けていたキアラを抱え直した。
「とりあえず、効果を確認してからだな。……確認できるように、回復できればいいが」
それについてはホレスとしても懸念していることだったので。
「……回復させられなければ、呪ってやるがな」
「え?」
イサークが限界まで目を見開いて、ぎょっとしていた。
顔の良い男が間抜けヅラをしている姿というのは、スカッとするなと思うホレスは、イッヒッヒと笑い声をたてたのだった。




